第29話

「やっほ、お疲れ様」



「お疲れ様です!何してたんですか?」



「特に何も思いつかなかったから実家に行って瞑想してたよ」



 苦笑する彩香の手を引き、のんびりと彩香の家へと足を進めた。



「お邪魔しまーす。彩香はおかえりなさい」



「はい、ただいまです」



 家に到着し部屋に入ると部屋はかなり片付けてある。



「健太さんが帰ってきたら引っ越す予定でしたからね、ある程度は纏めておいたんですよ。じゃあお願いします」



 彩香の指示に従ってどんどんアイテムボックスにしまっていく。



「ほんと便利ですよねぇ、それ」



 15分ほどかけて荷物を粗方しまったところでそんな風に言われた。



「まあそうだね、嵩張る物だろうが重量物だろうが問題なく運べる上に手ぶらでいられるからね、どこでだって活躍してくれるよ」



 腕を伸ばし、アイテムボックスである指輪を掲げて観察する。

 彩香も釣られるようにアイテムボックスに目を向けた。



「それじゃあ、そろそろ行こうか。忘れ物は無い?」



「大丈夫だと思います!行きましょう!」



 うきうきした様子の彩香と共に部屋を出て新居へ向かう。



「嬉しそうだね」



「はい!健太さんと一緒に暮らす部屋ですからね!まあ、健太さんはあんまり帰って来なさそうですが...」



「ダンジョンにいると時間を忘れちゃうからねぇ」



 にこにこ顔から一転、ジト目になって見てくる彩香に軽く返すと、ぷくーっと頬を膨らませた。

 そんな顔も可愛いなぁとくすりと笑うと、何笑ってるんだと抗議するように繋いでいる手をぶんぶんと振るってくる。



「ほら、もう着くから落ち着いて」



「わかってますっ!まったくもう!!」



「俺に遠慮したりしないで良いからね?わがままだってどんどん言って良いよ」



 ふと、そんなことを言ってみると彩香は真面目な顔で言い返してきた。



「私はダンジョン馬鹿な健太さんを好きになったんです。もっと一緒にいて欲しいって気持ちも当然ありますけどね、健太さんこそ私に遠慮なんてしないで、思うがままにダンジョン探索してください。何度でも言いますよ、私はダンジョン馬鹿な健太さんを好きになったんです!」



「そっかぁ」



 確かに最近は自分の気持ちを抑えて彩香優先で動いている。

 長くても1週間か2週間か、ちょこっと潜るくらいで長期的な探索は止めていた。



「彩香、好きだよ」



 こんな自分を好きになってくれて、理解してくれて、改めて幸せ者だなと思う。



「私も、好きですよ」



 愛情を感じる優しい笑顔に、思わず抱き締めてしまった。



「ちょ、外ですからっ、恥ずかしいですよっ!」



 優しい笑顔から一転、顔を赤くし離れようと暴れる姿に思わず笑い、それを見て何笑ってるんだとさらに顔を赤くする。



「彩香の両親との顔合わせした後さ、ちょっと長めに潜ってくるね」



「はい!私は優雅にタワマンを堪能して待ってます!!だから健太さんもダンジョンを堪能してきてくださいね!」



 強がっている面もあるのだろう。それでも帰って来ると信じ、待っていてくれる存在に、改めて感謝した。



 ×××



 引越してから3日後。

 山村は現在村上の実家に向かっている


 ダンジョンのように力だけではどうしようもない、村上夫妻への挨拶というイベントに柄にも無く緊張していた。



「うーん、緊張する」



「大丈夫ですよ。両親も歓迎してくれてますし、娘はお前にやらんみたいな展開にはなりませんから」



「まあ、嫌われないように頑張るよ」



「んんー、明日からはまた健太さんはダンジョン行っちゃうんですねぇ」



「そうだね、さびしい?」



「さびしいですよ。でもまあ、健太さんから聞くダンジョンの話も好きなので、期待して待ってますからね」



「うん、たくさん土産話持って来るからね。そういえばさ、うちの母親が次いつ彩香は来るんだって聞いてくるんだけど、彩香にはそういう連絡きてる?」



「えーっと、ちょこちょこきますね。いつでも来て良いと言われてますし、健太さんがダンジョン行っちゃって暇なら、泊まりに来ても良いとまで言ってくれてます」



「あの母親はほんとに...まあ暇な日があれば顔出してあげてよ。嫁姑問題とか嫌だし、仲良くなれそうなら仲良くなってくれた方がやっぱ嬉しい」



「はい、わかりました。健太さんのお義母様と一緒に健太さんの愚痴大会でも開きますね!」



「それは盛り上がりそうだね、愛されてる分心配もたくさんさせただろうから、たくさん話しておいで」



「高校生の頃からの健太さんしか知りませんけど、毎日のようにダンジョン来てましたからね、心配もしますよ」



「あ、それと俺のクレジットカード渡しとくから、好きに使って良いよ。うちの両親やそっちの両親連れて食事したり旅行行ったり、俺の分まで親孝行しておいて?」



「できれば健太さんともしたいんですけどねー?」



「それはそのうちね。2人の子供ができたりしたら、俺ももう少し落ち着くかもしれないしさ」



「こ、子供ですか...」



「まあ仮定の話だよ。とりあえずはさ、俺の分までみんなで楽しんで、待っててくれたら良いよ」



「はい。健太さんがずるい、俺も行きたかったって言うような素敵な場所や美味しい物を見つけておきますね」



「それは楽しみだな。彩香のおかげでダンジョン外でも楽しみを見つけられそうだ」



 2人で途切れることなく会話を楽しみ、緊張をほぐしていると、ついに村上家に到着した。



「さあ、健太さん、入りましょう!!」



「うん、さーて、挨拶がんばるかぁ」

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