第19話
年が明けた。
両親に言われなかったらおそらくダンジョン内で年越しをしていたと思う。
卒業してからはほとんどの時間をダンジョンで過ごしている。
武器を手にして、本格的に潜るようになってからは家に帰ることも減り、両親にも一人暮らししてたら家賃が無駄になっていたな、なんてことも言われた。
収入の面で考えたらほとんど無駄になる部屋を借りるくらい問題無いが、たしかに掃除だったりの手間を考えると実家が楽なのは確かだった。
「山村さん!絶対講習の日までに帰ってきてくださいね!忘れてたとかダメですよ!!」
三が日くらいはゆっくりすると伝えたために村上さんも休暇を取っている。
だが元日を自宅で過ごして飽きてしまった。
そのため2日から計画を変更しダンジョンに潜ることにした。
一応村上さんに電話をしたところ、しつこいくらいに念押しされた。
当然のようにうっかり忘れかけたが、10日ほど経ったあたりで思い出して地上に戻った。
「忘れないでくださいって言ったじゃないですか!もう講習会は明日ですよ!!」
「ちゃんと戻ってきたじゃないですか。そんなに怒らないでくださいよ」
「もう!!私も行きますから、今日は東京行って、会場付近のホテルに宿泊ですよ!!」
「え、聞いてないんですけど、そうなんですか?」
「それも伝えたじゃないですかぁ!!なんで話聞いてくれないんですかー!!」
村上さんがとても怒ってる。
東京行ったら美味しい物でもご馳走してあげよう。
「今夜は好きな物奢りますから、許してくださいよ。あんまり怒ると体に良くないですよ」
「それくらいじゃ許しませんからね!とにかく行きますよ!!新幹線もチケット取ってあるんですからね!」
「はいはい、了解です」
×××
「山村さんん、私だって大変なんですよぉ、上の人たちは山村さんのこと、ダンジョン馬鹿とか言って、私に無茶ばっかり言うしぃ、山村さんはぁ、ダンジョンのことばっかりでぇ、私のことほったらかすしぃ...」
なんかすごい酔ってる。
愚痴がとまらない。
美味しいご飯とお高いお酒で、普段我慢してる事が溢れ出しているんだろう。
「村上さん、もうホテル戻りましょう?ほら、明日に響きますよ」
「山村さんんん、抱っこぉ...」
なんか面白いな。
これ酔いが覚めた時覚えてたりするのかな。
「ほら、会計も済ませましたし、ホテル行きますよ」
とりあえずおんぶしてホテルへ戻る。
寝惚けているのか酔いからなのか、首に腕を回して抱き付くように密着してくる。
「村上さんにもこういう面があるんですねぇ、吐かないでくださいね?」
「んんん...」
唸るような返事をしてから、反応が無くなった。
数十分歩いてホテルに到着、エレベーターに乗って部屋の前に着いた。
「ほら、村上さん、部屋着きましたよ、カード出して、開けてください」
「んん...」
「起きないなら俺の部屋行きますよー?」
なんか知らんが首に回る腕の力が強まった。
とりあえず隣り合った自分の部屋に入り、片方のベッドに寝かした。
「飲み過ぎですよ、気を付けてくださいね」
まあそのうち起きるだろうと放置して、脱衣所に向かう。
「あー、明日は講習会か、めんどくさいなぁ、そういうの向いてないんだけどなぁ」
そんな風にぼやきながら風呂に入っていると脱衣所のドアが開く音がした。
「ん?村上さんー?起きたんですかー?」
村上さんの気配はするが返事が無い。
気配はそのまま風呂場の方に近付いてくる。
「村上さんー?なんですかー?」
返事が無いまま風呂場の扉も開けられた。
「ちょ!?村上さん!!?」
そこには服を脱いだ村上さんが立っている。
脱いだら意外とでかいんだなとか、スタイル良いなとか思わなくもないが、どうにも様子がおかしい。
戸惑っている間に接近してきた村上さんは浴槽を跨ぎ、そのまま抱きついてきた。
「え、え?!なんなんですか?!」
すごく柔らかい。
それになんか良い匂いがする。
「山村さん...」
気付くと唇が塞がれていた。
目の前には村上さんの顔、こんなに近くで見たのは初めてだ。
何が起きてるんだろう。
ダンジョンよりも現実味が無い。
「村上さん、酔ってないですよね」
無言だ、ただ声をかけた時びくっと反応したので、多分意識もしっかりしてるのだろう。
「なんでこんなことを?」
まだ返事をくれない。
ただ抱き付く力が強まった。
「...山村さんが悪いんです...」
話したかと思ったら、なんでか俺のせいになっている。
「何がですか?いったん離れませんか?」
離れようとすると腕の力が強まる。
腕力で負けるわけがないのだが、下手に力を入れたら怪我をさせてしまうかもしれない。
なんか駄々をこねる子供みたいだ。
「よしよし」
ちょっと抱きしめて撫でてみた。
ぷるぷると震えてる。
「えっと、ベッド行きます?」
そう聞くと少しの間固まったが、ゆっくりと頷いてまたぎゅっと腕の力が強まった。
「村上さん、軽いですね」
お尻の方に腕を回して片手で抱き上げ、もう片方の手でざっくりと濡れた体を拭いていく。
その間もぷるぷると震えているが離れようとはしない。
「なんでこんなことしたか、教えてもらえますか?」
脱衣所を出て、抱き上げたままベッドに座り、改めて聞いてみた。
「...怒りませんか...?」
小さな声で村上さんが聞いてくる。
「今の所別に怒るようなことはされてませんよ?戸惑うようなことは現在進行形でされてますけど」
薄く笑いながら答えると背中をぺちぺちと叩いてくる。
「...気付いたら...好きになってたんです...ダンジョンに行ってしまう山村さんを見送って...心配で胸が張り裂けそうになって...無事に帰ってきた時は...心配させてって気持ちと...幸せな気持ちでいっぱいになって...」
ゆっくりと、囁くように気持ちを吐露していく村上さん。
なんとなく、抱きしめる力を強めてしまった。
「んぅっ...いっつもいっつも...心配ばっかりかけて...私の気も知らないで...」
「村上さんって、俺のこと好きなんですね」
またびくっとした。
よしよしってしておこう。
「...ダンジョンのことばっかりで...人付き合いもめんどくさがって...面倒事は私に押し付けて...山村さんのダンジョン馬鹿...」
「なんで罵倒されたんです?いや、まあ確かにダンジョンさえあれば良いとは思ってますけど」
「...そんな山村さんに...恋しちゃったんですもん...大好きです...」
告白された。
「付き合ってもダンジョンを優先しますよ?恋人らしいことなんてきっとなんにもできませんよ?」
「...わかってます...そんな山村さんを...好きになっちゃったんですから...」
「そうですか。愛想尽かしたらいつでも言ってくださいね」
また、ぎゅっと力を入れてきた。
下手な言葉よりもずっとわかりやすい。
「俺も、知ってる人の中では1番村上さんのこと好きですよ」
そう言って撫でると、ぷるぷる震えて面白い。
「滅多に帰ってこないでしょうけど、一緒に暮らします?」
きっといろいろ考えているんだろう。
しばらくフリーズしたかと思ったら、弱々しく頷いた。
「じゃあ、講習会終わって、俺がダンジョンから帰ってきたら引っ越しましょうね。部屋は村上さんが決めても良いですよ、それとも一緒に決めますか?」
「...一緒がいい...」
「了解です。うちの両親と、村上さんの御両親に挨拶もしないとですね」
またぷるぷるし始めた。
想像してるのだろうか。可愛い。
「ほら、明日も早いんですから、寝ましょう?」
何故か首を振る。
「...電気...消して...」
まあ、そういうことなのだろう。
電気を消し、2人でベッドに倒れ込んだ。
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