第3話

 週末、山村は朝からダンジョンに訪れる。

 待ちに待った週末、一日中ダンジョンに潜れるとあって、山村はとても機嫌が良かった。



「さーて、今日はどんな特訓をするかな、最近は多少の縛りじゃ物足りないからなぁ」



 今までの特訓内容を思い出しながらどんな縛りを自らに課すか考える山村。



「よし、あれにするかな、あれは今までの特訓の中でもなかなかにハードだし、きっと楽しめる」



 そう呟くと、山村は唐突に目隠しをした。

 彼の行う特訓とは、目隠しだ。


 聴覚で、触覚で、嗅覚で、味覚はあまり関係ないが、とにかく視覚以外の五感で周囲の全てを感じ取り対応できるようにするための特訓。

 思いついた時は、これを極めたらかっこいい!!と思ったが、当然最初は酷いものだった。


 何度も転び、ゴブリンに殴られ、毎日ぼろぼろになった。

 だが山村の成長スピードは驚異的で、一月も経つ頃には目隠しをしていようがしてなかろうが変わりないほどに動けるようになっていた。


 山村はなぜかそこで満足せず、目隠しの次は聴覚、聴覚の次は嗅覚と、順番に封じる五感を増やしていき、半年経つ頃には触覚、つまり全身で感じ取れる肌感覚だけで全てを把握できるようになった。



 ×××



 昼を迎える頃、山村は50層を超えたところで休憩していた。


 もちろん目隠しをしたまま休んでいる。

 何も見えないはずなのに、普通に弁当を取り出し食べ始める。



「なんかもう目隠しもあんま特訓になってない気がするな。なんなら普通に見るよりも詳細に周りのことわかっちゃうし...」



 達人と呼ばれるような人間でも習得できないであろう技能を、一年もかからずに独学で習得しておいてそんなふざけたことを愚痴る山村。



「んー、魔法が使えればそっち方面の特訓もしたいんだけどなぁ。全然使えないからなぁ...」



 周りが引くような強さを持つ山村だが、いくら練習してもライター程度の火すら出せなかった。



「魔力が体内にあるのは感じ取れるんだけどなぁ、なんで使えないのか...」



 本人すらも気付いていないが、魔法適性はしっかりある。

だが山村の持つ魔力は無意識の内に全てが身体強化に使われている。

 魔力を感じ取れるのに魔法を使おうとしても使えないのは、身体強化にリソースの100%を持っていかれているせいだ。

 もし山村がその事に気付けば、さらに人間離れが進むだろう。



「さーて、飯も食ったし、今日は60層くらいまで行くかな!」



 ×××



 結局彼は65層まで探索して帰ってきた。



「お帰りなさい、山村さん。今日もご無事でなによりです」



「ただいま帰りましたよー、査定お願いしまっす!」



「本日は随分と多いですね...」



「なんか知らんけどドロップ率が良かったんですよねー、体感で普段の1.5倍くらい?運が良かったんですかね?」



「どうなんでしょうかね?では査定いたしますので、少々お待ちください。」



 どう見ても普段より多い魔石や素材を若干引きながら受け取り、一つ一つ確認していく受付嬢。


 山村もいつものように待合室でのんびりと呼ばれるのを待った。



「山村さーん、査定が終わりましたよー」



 そんな風に呼ばれて、カウンターへ歩いていく。



「本日の査定価格ですがこちらになります。いつものように振り込みでよろしいでしょうか?あ、それとサインをこちらにお願いします。」



 山村はいつものようによろしいですよーと適当な返事をしつつ受領証にサインをし、追加でサインを求められた書類に対して、ん?と反応した。



「ランクアップに関する承諾書?」



「えっとですね、山村さんがランクアップをあまりする気がないのはわかっているのですが、素材の売却額等から、さすがにEランクは無いだろうってなっちゃいまして...」



「あー、それは考えてなかったです。まあDランクくらいなら指名依頼とか勧誘とかもないですよね?それなら別に問題ないですよ」



「いえ...Dランクではなく、Bランクです...」



「はぁ?!?!」



 完全に不意打ちをくらい大声で反応してしまう山村。



「なんでそんな急に...?流石に上げすぎでは...?」



「山村さんって普段から50層より下まで潜るじゃないですか。今までは山村さんの意向もあるので忖度というか、スルーされてたんですよ。それが上層部の声が大きい人に知られたみたいで、本人の意向とかは無視で優秀な探索者を低ランクで飼い殺しにするなんてよくない!みたいなことを言い出してしまって...」



「ああー、それは、なんというか...」



 山村もこんな初心者はいないという自覚はあったので、自分の意思がスルーされてるという点を除けば言い分に多少正当性はあるなと思った。

 余計な事をしてくれたと恨まずにはいられないが、受付嬢の申し訳なさそうな顔を見ているとしょうがないかと諦め、大人しくサインをした。



「ランクが上がるのは良いですけど、指名依頼とか勧誘はお断りですからね!!」



 これだけは言っておかなければと釘をさす。



「ええ、できる限りはこちらでシャットアウトします。ただ...どうしてもというのがあることも、申し訳ないのですがご了承ください...」



「ほんとに最低限でお願いしますよ!こっちは学生なんですから!」



 そんなこんなで、山村はベテランと呼ばれるBランクになった。

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