真央 ―ハグは日常のあいさつ―

 私『真央』は舜が好きだ。なのでもっぱら抱きついてその感情を表現している。


 登下校の最中、他人からの視線を遮るように舜は前に立って歩く。そして真名はその袖をちょこんと掴んでついて歩くのだ。

 対人恐怖症の真名に人混みは無理だと、高校進学は家からの距離に重点を置いて選んだ。決まった高校は徒歩十分、走れば五分。

 学力的にはまだ上の進学校に行けだはずの舜は当然のように真名と同じ学校を選んだ。


 三者面談の時に担任から進路変更するようにとの催促が凄かったという話だ。

 真名は興味がないようだったがおばさん達が世間話をしているのを聞いてしまった。舜に聞いてもはぐらかすだろう。


「えへへへ」

「またかい? しょうがないな、おいで」

「うん!」


 両手を広げたポーズを見せるとすぐさま私に気付いた舜が両手を広げて向かい入れてくれる。

 その胸に飛び込んでハグする。胸の温もりを感じてハグする腕に力を込めた。


「真央、それくらいにしておいて。それ以上力を込められると折れる。貧弱なんだから気を付けてくれよ」

「えへへ」


 舜の胸板は薄くない。というか細マッチョだ。幼い頃に護身用にと習った空手の練習をいまだに続けているのを知っている。

 恥ずかしいのか、内緒にしたいのか、皆んなが寝静まってから練習しているのだ。

 本当はいざという時に真名を守る為なのも知っている。

 羨ましいなと思う反面、自分も真名だったと思い直す。


 真名は対人恐怖症ゆえに実の母親ですら身体的な接触は苦手である。まして他の人間に触れるのも触れられるのも無理だ。

 その反動、本能として他者との温もりを求めてしまう。その接触欲から生み出されたのが私『真央』だと思っている。

 とにかく触れたい、触れていたい、特に舜に。この感情は愛といっても差し支えないと思う。

 なので今日も遠慮する事なく舜にハグを要求するのだ。


 背後から声を掛けない。

 急に大声を出さない。

 感情的にならない。

 無許可で肌に触れない。

 その他刺激を与える行為を極力排除する。


 普段、真名の目を通して見ている舜は誠実だ。小学校に上がる前から為すべき事を学習して、それを実践している。

 舜が感情を出して怒っているのを真名の前では見た事がない。笑う時ですら控えめだ。

 本当の舜が姿を現すのは私たちの前だけ。結局私たちは似たもの同士なのかもしれない。


 その存在の不完全さゆえに温もりを求め、傷を舐め合う為に今日も抱き合うのだ。

 それがただの身代わりなのだとしても私は構わない――

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