彼氏持ちの幼馴染たちとの付き合い方

青空のら

男性恐怖症の幼馴染に彼氏が出来た

 真名が徹と付き合うことになったと言う。それは突然の出来事で寝耳に水だった。親友の石狩徹と幼馴染の真鍋真名。二人の間を取り持ったのは僕という事になるのか?


 対人恐怖症で特に男性を苦手とする真名が肉親と僕の家族以外で唯一近づく事を許したのは僕の身近にいた親友の徹だった。

 僕と徹がバカ話をしている時に暇を持て余した真名が少しずつ警戒心を解いて歩み寄って来た成果だ。もちろん、徹の人柄は友人である僕が保証する。


「つれないな。僕だって徹に負けない程、真名の事が好きだよ。ついでに言うと、僕の方が出会ってからの付き合いが長いだろ?」

「確かに付き合いは長いよね。腐れ縁といってもいいくらい」

「だったら僕にしておけよ。お買い得なのは知っているだろう?」

「そりゃあ、そうだけど。付き合いが長すぎるせいか、舜にはときめかないもの。やっぱり恋愛にはトキメキが必要でしょう?」

「トキメキか――」


 トキメキが欲しいと言われると何も言えなくなる。対人恐怖症の真名に不用意な刺激を与えないよう細心の注意を払い行動していたその全てが否定されたように感じてしまう。

 我ながら心が狭いなと苦笑いがこぼれた。


「何はともあれ、おめでとう。この調子で男性恐怖症も治していこうぜ」

「ありがとう。そうなるといいんだけど」

「失恋した僕は寂しく一人で帰るよ。熱々のお二人さんはごゆっくりどうぞ。じゃあな」


 真名に右手を振ると一足先に放課後の教室から退出した。

 冷静に努めようとするが僕の頭の中の混乱は収まらない。まさか真名が誰かとつきあうとは思っていなかったのだ。


 このままではと逢えなくなる。今まで感じたことのないような恐怖が僕を襲った。身近に居すぎて離れるという事を考えていなかったのだ。


 幼馴染とはいえ、彼氏が出来た真名に今まで通りに接する訳にもいかないだろう。こちらからも距離を取らなければいけないし、当然あちら側からも距離を取るはず。

 それは即ち、真名の副人格と接する機会も減るということだ。


 幼い頃に父親から虐待を受けた真名は対人恐怖症になった。それどころか解離性同一障害、いわゆる多重人格症も発症したのだ。幸いその事を知る人間は少ない。

 虐待を知った母親が離婚し、父親から引き離した事により症状の悪化が食い止められ、真名自身が幼かった事もあり、コロコロと真名の人格が入れ替わる様子も多少大袈裟な幼児の妄言と周囲に受け止められたのだ。


 落ち着いた環境で子育てしたいと学生時代の親友であった我が両親を頼り親子共にこの街に移り住んだのは真名が五つの時だった。

 初めて会った時の真名の様子は今でも思い出せる。虚な目をした痩せ細った少女だった。

 初めましてと差し出した僕の手に驚き、逃げるように母親の後ろに隠れた。かと思えば次の瞬間にはニコニコした笑顔で『お兄ちゃん誰?』と姿を現す。

 不思議そうにその様子を眺めていた僕に千晴おばさんが語り掛けた。


『臆病だったり、元気だったり、色々な性格の真名がいるけど仲良くしてくれる?そして他のみんなには色んな性格の真名がいる事は内緒にして欲しいの?おばさんと舜君との約束。いいかな?』

『うん、いいよ。女の子には優しくしなさいっていつも言われてるもん』


 いまだにその約束を律儀に守っているけれど、まさか真名本人に自覚がないとはその時は思いもしなかった。

 主人格の真名は他の副人格の存在を知らない。けれども他の副人格はそれぞれの存在を知っており、お互いの行動を把握している。全ては主人格の真名を守る為だ。


 受け入れ難い残酷な現実に直面した瞬間に真名の意識はフェイドアウトし、真名が作り上げた副人格に切り替わるのだ。

 もっとも最近では眠りにつくなど真名が意識を手放した瞬間に彼女たちが自由に現れている。難しい事は分からないのでそういうものなんだと勝手に納得している。


 そして僕が好きなのは真名本人ではなくて真名の副人格の真帆だ。

『真帆』は彼女たち複数の人格を区別する為に僕が名付けた名前。

 センスがない、ダサいと散々非難されたが呼ぶと返事はするので嫌がってないと勝手に思っている。


『他の子と一目で区別つくように身に着けておいてあげるから、縁日のオモチャの指輪でもいいからよこしなさいよ』


 そっぽを向きながらつっけんどんな口調でクリスマスプレゼントとして要求されたのだがその日以降、真帆が姿を現す時には必ず左手の薬指に僕が贈ったオモチャの指輪がはめられている。

 そんなすぐバレる虚勢を張る態度に惚れてしまったのだ。

 我ながら単細胞だと思うし、単細胞同士お似合いだとも思う。


 今ではすっかり彼女たちの存在にも慣れてしまって、言葉使いや些細な仕草から入れ替わっても直ぐに誰なのか判別出来る。

 それを知っていてもなお真帆は頑なに成長して大人びた姿には似合わなくなったオモチャの指輪を指にはめて登場する。

 そんな真帆の姿を見るたびに心の奥底がほんのりと温かくくなり、思わず笑みが溢れてしまうのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る