第5話 落胆



「これ以上何かされるんですか!?」


 十年来の幼馴染に思わず敬語になってしまうほど、私はテンパっていた。

 誰か私の気持ちを察して欲しい。

 心臓が口から飛び出そうなほどには混乱している。


 私の勢いに驚いたのかどうかは知らないけれど、真姫はいきなりもじもじとし出しだして切り出した。


「あの…、星宿さんに色々と教えてもらって試したんだけど…」


 どうやらキューピッド役をする見返りに、真姫側も星宿さんに相談していたことがあるらしい。

 真姫が相談するような事って何だろうか。

 私には相談できない事だったということが、幼馴染としてはなんだか少し妬いちゃう気もする。


「最近やっと…少し大きくなってきたんだよね。その、どうかな。茉莉が触りたいなら……いいかなって…」

「何が!?」


 いきなりスキンシップの天井突き抜けてしまっていませんか。

 あ、でもさっき私だけ、みたいなこと言ってたもんな。


 じゃあいいか。

 ――いいのか?


 幼馴染の距離感を誰か教えて欲しい。

 ついでに女の子同士の距離感の正解も教えて欲しい。


「えっと、取り敢えず、私は胸の大きな女子が好きなわけじゃなくて」


 友達相手に、何故そこから説明しなければならないんだろう。

 ていうかもしかして真姫ってやっぱ女子が好きなのか……?

 いやでも百合好き女子が女子が好きって偏見だし、そんなこと言うとまた加賀美君に怒られる気がする。


 冷や汗を流して固まっている私に向かって、真姫は首を傾げて言う。


「あ、もしかして眺めてたい派? それなら脱いでもいいけど」

「派閥があるの!? ちょ、そんな簡単に脱がないでくれますかね!」


 クラスの男子が、水着姿でちょっとえっちなポーズをした女の人が載っているグラビア雑誌を眺めて談笑するような感じですかね。

 私にはそういうのちょっとよく分かんないです。


「助けて、加賀美君…等々力君…」

「ちょっとなんでいまここで他の男の名前出すのよ!」

「なんで出しちゃだめなんですかね!?」


 そんなやり取りが暫く続き、終始堂々巡りでぎゃあぎゃあと言い合っていたら、とうとう真姫のお母さんがやってきて「近所迷惑だからケンカしないの!あなた達もう高校生になったんだからね!」と怒られた。


 真姫ママに先ほどまでの言動をチクってやろうかとも思ったけれど、元凶の本人はつーんとそっぽを向いて静かにはなったから、そのまま今日は一旦お開きにしようということになった。


 玄関口で靴を履いて立ち上がり、真姫に向き直る。

「……なんか最後は変な感じになっちゃったけどさ、ハンカチ、本当に嬉しかった。素敵なクリスマスプレゼントをありがとね」

「……ん」

 本当に本当に、このプレゼントを選んでくれた真姫の気持ちが嬉しかった。


「――あのさぁ、茉莉」

 目線をさ迷わせながら、真姫が切り出す。

「ん? 何?」

「えっとさ、そういえば、私達がちいさい頃にした約束って、覚えてる?」


 ちいさい頃にした約束とは。

 逡巡して答える。


「約束って何だっけ? 真姫とは何だかんだ付き合い長いから、沢山約束事してきたような気が……」


「――あ、そっ、か。ううん。それならいいや」


 本当に良いんだろうか、何だか凄く、凄く寂しそうな顔なんだけど。

 何とか思い出そうと必死で頭を巡らせる。

 えっと、えっと……。


「あ、ひとつだけ思い出した。約束」

「もういいって……どうせ覚えてないんだから」

「わたしがずっとそばにいるから」

「……」


『まつりちゃん、わたしがずっとそばにいるから。まつりちゃんを守るから』


 まだかなりちいさかった小学校入学前の頃、ふたりで大きな公園に行って怪我をした。

 それは岩場に転落する真姫を庇ったからでもあったんだけど、それでまた私が入院する羽目になった時に病室で真姫が発した言葉だ。


 思えばあの頃から真姫はしっかりした子になったと思う。


「6歳児とは思えない発言だったけど、あの時のひめちゃん、カッコよかったな。約束ってこれのこと?」

「ちが…ぅ、わよ。近いけど……」


 どうやらこの約束とは違うみたいだけれど、近いらしい。

 真姫の顔が真っ赤になっている。

 いま思い出すとまるでプロポーズみたいだ。

 真姫も幼い頃の想い出を思い出して恥ずかしくなったんだろう。


 でもこの年齢周辺でした約束かぁ。

 思い出すだけで一苦労だな。


「なんだ、じゃあまた今度思い出してみるね。じゃあそろそろ、ばいばーい」


 あの頃のことといえば、この世界のことを遠回しに話した時期だ。

 思えばあれも内緒の約束には入るけれど、いまの年齢でそんな話を改めてすると痛い奴だと思われるかもしれない。


 そのうち真姫に探りをいれて正解を導き出してみようと思う。




「――結局、覚えてないんじゃないの」

 玄関のドアが閉まる寸前、真姫が何か言った気がしたけれど、振り返る間にドアが閉じたから、聞き返すことはできなかった。





 第8章おわり

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