第4話 心の準備ができてません


「……ひめちゃん、酔ってる?」

「あ、このタイミングでのひめちゃん呼び、好きかも」


「いや、そういう話じゃなくて。マジでなんかアルコール的なもの摂取しちゃった?」

「んなわきゃないでしょ。こちとら未成年なんだなー。親も警察官だし」


 とんでもねぇ提案をしておきながら、素面しらふとは逆に恐ろしいんだけど。

 しかもプレゼントを貰ったお礼がほっぺにちゅーって、真姫にとって何のメリットがあるんだろう。


「……性欲を持て余している、とか?」

「とても失礼な物言いだとは思うけど、まぁ、そうだと言ったら茉莉はちゅーさせてくれるわけ?」

「いや、ごめん流石に失言だった。でも、えっと……」

「……私とは、いや?」


 ズルい。

 そんな事を言って途端にしょんぼりする天使を前にして、嫌だといえる人がいるだろうか。

 いや、いない。

 それだけでもう自分の気持ちが真姫の提案を受け入れる方に傾きそうになる。


「べ、別に真姫にちゅーされるのが嫌だとかそういうわけじゃ」

「じゃ、させてよ」


 鬼気迫る様子で急に距離を詰めて迫ってくるその様子に若干戸惑いつつ、後ずさる。

 肉食獣に追われる草食獣ってこんな感じなのかな。

 私の方は自分の心臓の音が聞こえそうなくらい、心拍数が凄い事になってるんだけど。


 じりじりと後ずさりながらも、時間稼ぎをするために会話を続ける。

 真姫のその…、欲求を受け入れるにしても、心の準備が必要だ。


「真姫はスキンシップがあんまり好きじゃないんだと思ってた」

 そう、本当に、たまに距離が近いこともあるけれど、真姫自体はそんなにスキンシップは多くない。

 多くはないけど、たまに詰めてくる距離感は結構近い。


 夏祭りの時のことがフラッシュバックする。

 あの時も、流れる動作であっという間に距離を詰められて、頬にキスをされたんだった。

 頬に――。


 そこまで認識して、今更ながらに、かぁっと顔が熱くなる。

「あーまぁ、確かにスキンシップはあんまりしないけど、そういうのが嫌いっていうわけじゃないわよ。むしろ茉莉とはしたい」

「そ、そうなん……だ?」


 あまりにド直球すぎて戸惑うが、どうやら友達とスキンシップをしたいとか、そんな女子っぽい一面もあったらしい。

 いやでもこれは女子っぽいのか?

 これを受け入れたら何だか一線超えちゃうような気がしないでもない気が――。


「なんか混乱してる?」

「当たり前でしょう!」

「いいじゃない。減るもんでもないし、そんな意識しないでさ。百歩譲ってみようよ」

「それってそっち側が使う言葉で合ってる? まぁ、もういいけど……」


 結局は私が折れるのだ。

 渋々承諾すると、ちいさく真姫がガッツポーズをした。


 そんなにしたいのか、ほっぺにちゅー。


 私はというと、全てを諦めて決死の覚悟でその場で正座をする。

 ぎゅっと目を瞑ると、徐々に近づいて来る真姫の息遣いや服が擦れる音がやけに大きく聞こえて、ASMRより生々しくてヤバかった。


「じゃあ……いくよ」

 急にその声が耳元で聞こえて身体がびくりと跳ねる。

 直後、ちゅ、と生温かい温もりが私の頬に触れて、離れた。


「ーーーーーーっ…!!!」

 その感触だけで胸の動悸がカンストしそうなのに、目を開けたら真姫が慈愛に満ちたような笑顔でこちらを眺めていて、それもまた私の羞恥心を煽る。

「茉莉、顔真っ赤だよ」

「なんでそんな嬉しそうなのよ……」


 もうお家に帰りたい……。逃げないとこの子のペースにのせられてしまう。

 草食獣としての危機感に突き動かされ、自分の鞄を置いた位置を視認する。


「まだ終わってないよ」

 にこりと微笑む真姫は、今度は笑っているけど笑っていない、最近よく見る笑みに変わっていた。


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