第2話 置いてきぼり



 何故、朝比奈君と星宿さんが付き合ったのか。


 既に原作ゲームと異なる展開が多々生じているから、これもその一部なのかもしれない。

 にしても攻略対象がヒロイン以外と付き合うって、ストーリーを逸脱し過ぎな気もする。


 これは、今後も思いがけない展開が起こる可能性も――。

「茉莉」

「うぉっ!」

「ふふふ」


 ぐいぐいと顔面に押し付けられたドリンクの冷たさにびくりと身体が跳ねる。

 私にそんな仕打ちをした当の本人は、私の隣で「楽しいね」とにこにこ笑顔で笑っていた。

 天使の様な愛らしい笑みに、つられて「う、うん」と頷いてしまう。


「クリスマスパーティーしようぜ」


 クラスの男子から提案されたその言葉をきっかけに、私達は皆でクリスマス前の休日を利用して、カラオケに来ていた。

 一番大きなパーティールームを貸し切り、みんなで歌を歌ったり、踊ったり、お喋りしたりとそれぞれが薄暗い明かりのなか思い思いに楽しんでいる。


 私の左隣には真姫、右隣には加賀美君が座っていた。

 右隣の方に座る加賀美君をちらりと見る。

 本来なら、クラス会に参加する場合のルートは加賀美ルートだ。

 真姫はこのクラス会の終わり頃に加賀美君と抜け出す、というのがお決まりのシナリオだったりするんだけれども……。


「なんだ、俺の顔に何かついてる?」

 大音量で音楽が鳴っているからか、加賀美君が不思議そうに私の方へ顔を近づけて問いかけてくる。

 ううん、と無言で首を振る。

 お互いに会話はするけれど、そんな雰囲気はないんだよなぁ。


 クラス会に罪はない。

 もうこうなったら今日は私も楽しもう。こういう雰囲気も嫌いじゃないし。

 そう思って頷いていると、ずっと私を見ていた加賀美君が、「長瀬ってほんと見てて飽きないよなぁ」と何やら言い出した。

「ん?」

「いや、ほんとに顔は可愛いのに奇行が目立つというか」

「えー何、聞こえない」


 ちょうどいま歌っている人のサビの部分にあたっているからか、歌と伴奏が大きくて、加賀美君の声が聞こえづらい。

 元々身体を傾けてくれていた彼に、私の方からも顔を寄せて聞き返す。


 ――と、次の瞬間、私の左腕が強めの力でぐいっと加賀美君がいる方とは逆方向に引っ張られた。

「え、なに」

 驚いて真姫の方を振り向くと、「……別に」と少し戸惑った様子の真姫が目を逸らす。

「何にもないなら、腕を離して欲しいのですが」

「……」

 どうやら離す気はないようです。

 加賀美君も加賀美君で、真姫が掴む私の腕を見て、「ワリ。笑いがとまんね……」と口元を手で押さえて笑っている。

 彼の目に私達はどう映っているんだろうか。


 行動の理由を聞くのは諦めて、今度は真姫の方へ向く。

「そういえば、星宿さんと朝比奈君、付き合ったって知ってた?」

「ええ、知ってたわ」

 打って変わったように、凛とした声で返事が返ってきた。


「え、知ってたんだ?」

「ええ、だって相談にのっていたもの」

 初耳だ。

 どうやら、元はただ仲の良いだけだったふたりの間に入り、キューピッド役を務めたのは真姫らしい。

 何それ私よりもその手腕、サポート役に向いているのでは。


「えぇー。何それ、私は最近知ったんだよ? 朝比奈君に彼女ができるなんて全然考えてなかったのに……」

「……朝比奈君のこと、気になっていたの?」

「え、いや、私は別に、一緒に遭難した戦友としか」


 朝比奈君のことを気にして欲しかったのは君なんですけどね。


「……じゃあ、やっぱり星宿さんとか」

「へ? ああ、星宿さん可愛いよね。それも確かに何か残念かも」

「……そう、なの」


 彼女だけは同じサポート役としての親近感があったからなぁ。

 まさかこんなことになるとは……、正直寂しいかも。

 まるで友達と「最後まで一緒に走ろうね」と約束して出た校内マラソン大会で、「ごめんやっぱ先行くわ」とあっけなく序盤で置いて行かれた気分。

 そう、置いてきぼりを食らった気持ちだ。


 今更ながら実感が湧いてきた。

 寂しい。私はとても寂しい。


 少し凹んだ私を気遣ってか、真姫は無言で私の左手に手を重ねる。

 普段、殆どスキンシップなんてしないのに時折見せるこの距離感は、幼馴染だからなんだろうか、なんてぼんやりと思った。




「――あのふたりをくっつけて良かった」

 ボソリと呟いた真姫の声は、やっぱり周りの音に掻き消されてよく聞き取れなかった。

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