第8章
第1話 なんだかんだで時は経ち
夏休みも終わり、林間学校に文化祭と、夏以降盛り沢山だったゲームイベントは大体消化してきた。
そしてその上で、ほとんど進展の様子を見せない真姫と攻略対象との関係性に、私は再び焦りを感じていた。
改めて現状を振り返ると、だ。
私の幼馴染であり、親友である一ノ瀬真姫は、この世界――『桜の誓い ―君と紡ぐ私達の物語―』という乙女ゲームの主人公だ。
7名の攻略対象とともに恋愛して愛を育み、好感度の一番高い対象から卒業式の日に桜の木の下で告白される。
ゲームだとそんなあらすじだ。
そして私、長瀬茉莉は彼女の幼馴染で親友で、更には彼女に助言するサポート役なのである。
もうすぐ暦は12月になる。年が明け、春が来たら2年生だ。
ここまでの間、真姫は誰とも、誰とも!愛を育んでいる様子がない。
加賀美君や等々力君、朝比奈君、乱獅子君は好みではないということなんだろうか。
真姫の好みって何なんだろうか。
もう攻略対象、4名も出たのに。
誰のルートにも入っている様子がない。
それでもまだ諦めるには早い。
今年の残るイベントは、早くもクリスマスのみとなっている。
クリスマスは誰と過ごすのかが重要だ。
本来なら1年生の締めくくりイベントとして、これはヒロインの方からその時一番攻略したい対象に狙いを定めて、自ら誘う事になっている。
でも現状だと真姫が誰かを誘う、ということ自体が生じそうにないから――。
「――と、言う事で、加賀美君、等々力君、ふたりのうちどちらかが真姫をクリスマスデートに誘ってみてよ」
放課後、帰宅前に真姫が席を外している隙を狙い、等々力君と加賀美君をつかまえた私はふたりに協力を仰いだのだった。
「……あのな、長瀬。友達だから言うがあまりにも雑過ぎないか、その提案。俺、一ノ瀬にはっきり断られるかみんなで遊ぶことになる結果しか浮かばないんだけど。あと別に俺、あいつとデートしたいと思って無い……」
加賀美君がそういえば、「俺も、あいつと戦ってはみたいとは思うが、デートしたいとは思わない」と等々力君もそう返す。
ふたりから返って来たのは否定の言葉で、やはり一筋縄ではいかないようだ。
しかもどうやら、ふたりのなかでも真姫に特別な感情を抱いているわけではないらしい。
たまに情緒不安定にはなるが、あんなに可愛い天使みたいな子を意識しないってどうにかしているのではないだろうか。
それにしても等々力君、真姫と戦ってみたいんだね……。
確かに等々力君は、以前から真姫の筋力に興味があるようだったけど……。
でも親睦を深めるために本当に戦わせてしまうと、もはや拳と拳で語り合う少年漫画のようでそれこそジャンル違いだ。
ふむ。
ただ、やっぱり真姫の相手、と考えた時に私が攻略対象の中で一番信頼できるのはこのふたりで。
「でもさ、真姫も君たちには心許してるみたいだしさ。こう、男子のなかでも一番距離感が近い的な?」
「男子のなかでは、だろ。それは俺らがあいつの恋愛対象に入っていないだけだからな」と等々力君が答える。
等々力君は結論を端的に説明するタイプなので、たまに私の理解力ではその返答が謎解きのように思えることがある。
男子のなかで一番仲の良い彼らが恋愛対象に入っていないなら、誰が入るのか。
もしかして真姫が百合作品が好きだということを彼らも知っていて、真姫の恋愛対象をとらえ間違えているのではないだろうか。
「……あと、ちょいちょい牽制されてるしな……」
「ん? 加賀美君何か言った?」
ああ、いや、と加賀美君が顔の前で手を振る。
そうやって少し焦ったような顔も、話し方や声質も、一つ一つの仕草がいちいち格好いい。何より彼は見た目だけではなく性格も良いから信頼できる。
等々力君だって落ち着いていて、がっしりとした体躯から放たれる包容力や安心感はとても大きい。
「もう、ふたりで恋愛対象に入らないなら、誰が対象になるっていうのさ!難しいよ!」
そんな私の心からの叫びを聞いたふたりは目を丸くして、お互いに見つめ合った。
「お前それ…本気で言ってる?」
「え、本気だけど」
はぁ、と溜息交じりに加賀美君が頭を抱え、等々力君が腕を組んで天を仰ぐ。
なにその態度。
私が状況を理解してないみたいで心証が良くないのですが。
「まぁ、取り合えずは、だ。そんなに一ノ瀬に彼氏を作ってやりたいのなら、他のクラスで誰か男子紹介しようか?」
「え? それはいいよ。どこの馬の骨ともわからない男子とうちの大切な真姫を近づかせることはできない」
「それは逆に俺らへの信頼が厚すぎて重たいんだが」
そりゃあだってふたりは、攻略対象だし。
思わず口から出かかった言葉を、慌てて飲み込む。
それに、単なる攻略対象としてじゃなく、それ以上にこのふたりとは私も入学以来一緒に時間を過ごしてきたから、信頼している。
それ以外の男子だと、攻略対象はまだしもどんな相手が来るか分かったもんじゃない。
そんな未知の男子に、私の大切な幼馴染はやれない。
そう、やっぱりここは攻略対象の男の子達との関係を改めて整理してみて――。
「あ、そういえば朝比奈君は最近どうしてる?」
「あぁ、あいつ、彼女できたってよ」
「あ、そうなんだぁ。へぇーー……って、……はぃ?」
「彼女?」
そう聞き返すと。
「そう、彼女」
「あ、俺も聞いた。あの遊んでそうな朝比奈が彼女を作ったってクラスでちょっと噂になってた。まぁ、あいつは根は真面目だからな。付き合った相手を大事にすると思うぞ」
そうやって訳知り顔で等々力君が頷く。
いや、今はそんな話が聞きたいんじゃなくてさ。
「あの、彼女って……」
「相手はあの、星宿ここあだそうだ」
「――は、はぁぁぁぁああ!?」
星宿さんは私と同じサポート役だ。
それが、攻略対象と付き合うって……。
そんなシナリオは無かったはずだ。
あっさりと放たれたその事実に、私は「何でぇーーーーーー!」と、そう叫ぶしかなかったのだった。
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