第4話 肉食系女子



 真姫が、変だ。


 今日の朝、真姫が私の家まで迎えに来た。

 それはいい。これまでにもあった。


 でも、なんだかこう…、上手く言葉に言い表せないが、笑顔から伝わる気迫が凄いのだ。


「筋トレの種類を変えることにしたわ」

 通学路をともに歩きながらそんなことを言い出す真姫のステータスを覗き見る。

 筋力値を含む数値はもう既にどれもカンストに近いので、正直これ以上のトレーニングは必要無い。


 見た目は細身なのに、内面の筋力値はそれはもう凄い。


 そもそも幼少期から武道をやっているのだ。柔道部の等々力君ですら、真姫に対して『あいつ多分、結構強いよな。手合わせしてみたいもんだ』なんて言っていたくらいだし。


 でも馬鹿正直にステータスの話なんてするわけにもいかないので「ダイエット?」とよくある思春期女子特有の話題に変換して聞いてみる。


「違うわ。痩せたいわけじゃないの。むしろ食べる量を増やして脂肪もつけた方がいいとすら思ってるところよ」

「えー…何それ」

「もっとふくよかな身体になるためよ」

「……つまりは何?ボン・キュッ・ボンになるために脂肪をつけつつ、シェイプアップもしたいと?なんのために?」

「あんたのために決まってるじゃない」


 しれっとした顔で『あんたのため』だなんて、当然の様に言われても困る。


 今の文脈だと、まるで私がナイスバディな女の子が好きみたいじゃないか。

 どうしてそうなる。


 というか真姫は真姫のままで良いのであって、別に私の好みに合わせるのもおかしいわけで。


「なにぼーっとしてんのよ。遅刻するわよ。もう、―――おいで」


 やっぱりどこかおかしい。

『おいで』だなんて優しく包み込むような声色で呼びかける真姫も、そのまま私の手を引く真姫も、私のためにボン・キュッ・ボンに肉体改造(?)しようとする真姫も。


 どこかいつものようでそうじゃない。

 いつもより幼馴染みの親密度が増している気がする。

 彼女か。




「っと、あ、ごめん。ちょっと待って」

 そんなこんなで学校につき、私は星宿さんのことを思い出した。

 星宿さんにファンクラブの具体的な活動について聞かないといけないのだ。


「どうしたの?」

「ちょっと星宿さんを探してて」

「ふぅーん……」


 えーと、どこだどこだ、と彼らの教室を覗き込む。

「あっ、いたいた、星宿さぁーん。あっ、真姫は先に教室に行ってて大丈夫だか…ら……?」

 背後から、ぐぃ、と顔を掴まれ強制的に後ろを向かされる。

 振り返ると視界いっぱいに広がる真姫の顔。

 キスができそうなくらいに近くて、心臓が跳ねた。


「良いんだけどさ、あんまり他所見よそみしないでよ。あんたの隣は私なんだから。すぐに戻りなさいよ」


 わかった?と吐息がかかるほどの近さで言われ、コクコクと頷く。

 背後では誰かの悲鳴が聞こえ、それは星宿さんを始めとする数人の女の子達だったんだけど、彼女達の興奮のしようはそれはもう大変だった。


 お陰様で、聞き出したいことが何も聞けなかった。

 それもこれも、急に真姫が変になったせいだ。




「お前等ふたり、付き合うことになったの?」

 体育の時間、雨で男女ともに体育館でバスケットボールの試合をしている最中。

 メンバー交代で休憩していた私に、加賀美君がそう問いかけてきた。


「え、私と真姫が付き合うわけないじゃん」

 至極当然にそう答えると、彼は「付き合うわけないじゃん……か」と苦笑いした。


 加賀美君からしても今日の真姫の行動はやや違和感があるらしい。

「違和感というか、とうとう本気出したのかなって感じだけどな」

 一体何の本気だろうか。


 手掛かりとしてあるのは、昨日の呼び出しに原因があるのではということだけだ。

 真姫との昨日の会話内容を話すと、「なるほど、それだと長瀬は星宿さんに告白されて、しかも長瀬も満更ではない、みたいにとれるぞ」と言われてようやく理解する。


「そっか、真姫は幼馴染みをとられそうで寂しく思っている、と?」

「いや、それはちょっとちが……」

「私が真姫を置いて他の人と付き合うことなんてあり得ないのに」

「お前それ素で言ってる?」


「 それ本人に伝えてやれば良いのに」、と真顔で加賀美君が言うもんだから、「え、いつも伝えてるよ」と首を傾げる。


「……言いたいことは沢山あるが、胸やけしそうだから黙っとくわ」


 今日の加賀美君はどうやら体調がかんばしくないらしい。でも彼のお陰で真姫が何で変な行動を取り始めたのかが腑に落ちた。


 あとは本人に、星宿さんとはそういう関係ではないことをちゃんと伝えるだけだ。





 でも、どう伝えよう。

 やっぱりそれにはファンクラブのことを伝える必要があるわけで、話はやっぱりそこからなのだ。


 そうこうしているうちにロングホームルームの時間になり、今日の授業はこれで終わりだ。


 仕方ないなぁ、今日の放課後にでもまた話すか、と、考えがそこに至った時。

「――はい、それでは、我がクラスの文化祭の出し物は、メイド喫茶で決定です」


 パチパチパチ、といつの間にか決まった文化祭の出し物に、周りに合わせて拍手する。

 全く聞いていなかった。

 これだからいつも真姫にぼーっとしている、と怒られるのだ。


「ん?」

 黒板をよく見ると、担当の割り振りに、『メイド』、『王子』があり、王子役に私ひとりの名前が書かれている。


 メイド喫茶で王子ってなんだ。


「えっと、あのぅ、私、何か担当がおかしい気が」

「え?この間、朝比奈君達に聞かれてOKしてなかったっけ?」

「あーーー……しました。おそらく」


 この間のアレはソレか、とようやく合点がいく。

 ちらり、と真姫の方を見る。

 やや面白くなさそうな顔で、こちらを見ている。

『ぼーっとしてるから』

 と口パクで咎められたのが分かった。


 どうやら私は、文化祭でメイドと王子様、どちらもやることになったらしい。



「……大変そう」

 一か月後の自分を思い、肩を落とした。




(第6章おわり)

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