第3話 要点を掻い摘んで話すことが苦手な人もいるのです


「先に帰ってて良かったのに」

「嫌よ」

 そう言って仏頂面のまま、真姫は私の隣を歩く。



 星宿せいしゅくさんとの話を終えて教室に戻ると、真姫が私の席に座っていた。

 加賀美君は先に帰ったみたいで、私のスマホには『ごめん!!あとの事は宜しく』との謝罪の言葉と土下座のスタンプが送られて来ていた。

 まるで加賀美君が何かやらかしたみたいに。


「待たせてごめんね。帰ろっか」と声を掛け、「ん」と真姫が言葉少なに荷物をまとめ、今に至る。

 ふたり一緒の帰り道で、こんなに静かなのは久しぶりかもしれない。


「……朝比奈君に呼び出されたの?」

 こちらに顔を向けず、前を向いたままで真姫が問う。

 少し緊張を含んだ声色に、少しだけ違和感を感じた。


「まぁ、そうだね。呼び出されたら校舎裏で、何の話だろうって少しびっくりしちゃったよ」

 正確には、朝比奈君はあくまで連絡役というか仲介役だったのだけれど、一応、肯定しておく。


 前を向く真姫の肩がぴくりと揺れる。

「何の用だったの?何かされなかった?」

 矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

 その聞き方にもいつもの歯切れの良さはなく、どこか戸惑っているような、不安そうな聞き方だった。


 私は私で、先ほどまでの事をどう話そうか、考えあぐねていた。


 一言でいうと、星宿さんに私と真姫のファンクラブを作りたいのだと言われ、承諾した。


『ファンクラブって、普通、本人の許可いる!?』と私も返したのだけれど、『私も重々承知しているのですが……』と困った様に話す彼女の説明を聞いて、少しだけ納得した。


 要するに、ファンクラブを作ろう、と星宿さんが朝比奈君とともに画策していたら、それを聞きつけて入会したいと言い出した隠れファンが意外と多かった、ということだ。


 星宿さん達が何をするつもりなのか全容は分からないけれど、大人数でこそこそ活動していたらいつかはバレる。

 それなら今の時点で本人達に聞いてみて、やめてくれと言われたら潔くやめよう、承諾されたら迷惑をかけないように見守ろう、となったらしい。


 この時点である意味統率のとれた集団と化している気がするのだけど、それには気づかないふりをした。


 それに何より、私としては星宿さんとの繋がりが欲しい。

 ゲームでの彼女はストーリー全体での出番は少ないけど、占い枠での的中率は確かだった。

 もうそれだけで私のなかでは信頼に値する。


 できれば真姫の今後を毎日でも占って頂きたいくらいだ。

 ファンクラブが設立されたら、毎日私に真姫の占い結果を流してもらうのもいいかもしれない。


 とまあ、色々考えたのだけど、正直、好かれているのであれば悪い気はしない。


 ということで、『あー、いいよ。でも真姫に迷惑は掛けないようにしてくれるなら』との条件付きで活動を許可したのだ。

 私の許可、いる?と最後まで疑問は拭えなかったけれども。

 真面目なのだろう。ゲームのなかの彼女もそうだった。


 そうしてファンクラブの設立を許可したものの、でもなぁと真姫の方を見る。

「ねぇ、茉莉。朝比奈君からの用事って、何の用だったの…?」

 私が答えることに戸惑っているからか、再び不安そうにそう尋ねてくるこの子は、私がファンクラブをOKしたとなったら「何を勝手に」とブチギレないだろうか。


 何を隠そう、私は意外と真姫の逆鱗が何処にあるのかよく分かっていない。

 注目されるのが嫌…というタイプではないと思う。

 でも何故だかふいにこっぴどく怒られることがあるのだ。


 小学生の時に仲良くなった、同じクラスの男子と放課後ふたりで遊んでいた時しかり、中学校では手作りのチョコケーキを後輩の女子からもらい、お礼に放課後ファストフードに連れて行って奢った時もしかり。


 こうして考えると、だいたい私が怒られるのは私が真姫以外の他の誰かと何かをしている時だったりもするから、そこで何か地雷を踏んでいるのかもしれない。

 ……やっぱり保護者なんですかね?


 それで言うと今回も怒られる気がしてならないのだけれど。


「えっとね。正確には朝比奈君は私を呼びに来てくれただけで、私に用があったのは彼と同じクラスの女の子だったんだ。えーっと、星宿ここあさんっていって、あの、なんか、すごく可愛かった」

「え?」


 よく、説明は簡潔に結論から言いなさい、その後に要点をまとめて補足しなさい、という人がいるけれど、私は要点をまとめて簡潔に話すことが苦手だ。


 だから、もしも結論から言うとなれば、結論そのものしか言えない。そこまでの途中の説明は無理だ。

 最初から順を追って説明しないと、自分のなかでも整理できないからだ。


 それでまずは朝比奈君は仲介役であること、本当に呼び出したのは星宿さんであることを話したのだけれど、星宿さんが可愛かった(結構いい身体だった)ということは不要な情報だったかもしれない。

 本題はそこじゃなくて。


「えーっと、そうじゃなくて、あ、いやでも本当に結構いい感じにふくよかで目がいっちゃって…、違うな。星宿さんは以前から朝比奈君と仲が良くて色々と相談していたみたいで」

「へ、へぇ……?」


「で、私と真姫のことも前から知っていて、でもふたりに迷惑は掛けたくないって思ってずっと陰ながら見守ってくれていたみたいで。でも今回、やっぱり気持ちを抑えきれなくて、取り敢えず私を呼び出したらしいの」

「……茉莉を?」


 どうにもファンクラブの事が言いづらくて、肝心のファンクラブの言葉を抜いて話してしまう。

 でもこれだと正しく伝わるわけもない。

 事実、ぴりりと音が聞こえそうなくらい真姫の周囲の空気に緊張が走ったのが分かる。

 また何かしらの地雷を踏んだ、もしくは踏みかけているのかもしれない。


「あの、さ…茉莉は…、その…こう、豊満な方が好みってこと……?」

「いや、なんのこと!?」

「私も結構、ある方だとは思うのだけど…」

「いや、何と張り合っているの!?」


 駄目だ、やっぱり伝わっていない。

 それもこれも私の説明ベタなせいなのだけど。


「あの、真姫、これは説明すると少し長くなるから……今から私の家来ない?」

 説明するまでに少し時間が欲しい。


 今更だけど、ファンクラブって何だ。

 何と何のファンなんだ。私と真姫のことだけど。

 ふたりの何を応援するんだ。今度星宿さんを捉まえて詳しく聞いてみようと思う。


 いつもなら頼んでもいないのに家に来る真姫は、

「今日はちょっと…やめとこうかな。対応策を練る時間が欲しいの」

 とちいさな声で答えると、足早に歩いて行った。

 気がつけば、いつの間にか私の家と真姫の家までの分かれ道に来ていたのだ。


「対応策って……なに?」

 その背中を見送りながら、もしかして、やらかしたのは加賀美君ではなくて私なのかもしれない、と今更思った。


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