第4話 私だけの王子様に



 私の王子様は、どうやら放っておくと他の人の王子様にもなってしまうみたいだ。




 先日、幼馴染みが山で遭難した。


 長瀬茉莉。

 私の幼馴染みであり、王子様であり、でもある。

 後半のふたつは本人の認識とは齟齬があることは承知している。

 大丈夫、私は冷静だ。たぶん。


 私の幼馴染みは、子どもの頃から危険に遭遇しやすい体質だった。

 外出時、私はいつでも茉莉の身に何らかの想定外の事態が起きても対応できるよう、常々備えるようにしている。


 何事も準備が大事だ。


 普段の外出だけではなく、小学生の頃から自然教室や遠足などの課外授業、学校外ではお互いの家族ぐるみで行くキャンプなどでも、最悪の事態を想定して事前に準備してきた。

 今に始まったことじゃない。


 だから、今回の事にも対応することができた。


 それにしても、あの子はあまりにも事故にあい過ぎやしないだろうか。

 一度お祓いにでもなんでも連れて行こうかしらと思うくらいに。


 そのくせ私のために身体を張ろうとするところがあり、嬉しいのだけれど、コトが起こるたびに毎回、寿命が縮む思いをすることになる。



 林間学校の帰りのバスで、「もしも真姫が遭難したり行方不明になっても、私なら絶対に見つけられるよ」と自信満々に彼女は言った。

 それよりも自身の身をなんとかしてほしい。


 とはいえ、そういえば子どもの頃から、かくれんぼでは私が連戦連敗だったのを思い出す。

 まるで発信機でもつけられているのかと思うくらいに。


 最初は不思議なだけだったその感覚は、やがては心地の良いものになり、茉莉に私が何処で何をしているのか常に把握されているのかもしれないと思うと一種の快感にすらなった。


 ……こんなことを他人に言うと十中八九引かれると思うから誰にも言わないけど。  


 とまぁ、話を戻すと茉莉は今回、本当に遭難しかけたわけで、それは私にとっても衝撃的なことだった。

 つまりはひやりとしたのだ。また。




「……ねぇ、退屈じゃないの?」

 林間学校から戻って最初の土曜日、私は長瀬家にいた。


 勝手知ったる他人の家で、今日も朝からこうして茉莉の部屋に遊びに来ている。

 否、また私の知らないうちに何処かに行ってしまわないか、心配で堪らなくて居ても立っても居られなかったのだ。


 ちいさい頃からお世話になっているため茉莉のパパやママとも良好な関係を築けている。

 今日も事前に遊びに来ることはご両親ふたりには報告して許可を得ていた。

 得ていないのは本人の許可だけだ。


「全然退屈じゃないよ」

 じぃーー、っと茉莉の全身を視界におさめながら話す。

 私は落ち着かないんだけど、と言いながらも漫画を読み始める幼馴染みを、私はずっと眺めている。


『長瀬が守ってくれたからな』


 あの時の朝比奈君の言葉が蘇り、何が『守ってくれた』だといきどおる。

 彼自身は何も悪くない。

 それは分かっている。


 むしろ朝比奈君は、茉莉を追って一緒に山の斜面を転げ落ちたのだ。

 初対面ではとにかく軽い印象が拭えなかったが、今では意外と芯がありそうな気がしている。


 ただ。

 朝比奈君が良い人であればある程に、じりじりと胸の奥が焼かれるような痛みと焦りも生まれた。


「どうしたの?」

「なんでもない」

 笑顔で返すけど、たまに茉莉は私の笑顔を怖がる。

 今も私の笑顔を見て、茉莉の口元が引き攣っていた。


 そりゃそうよね。心では笑って無いもん。私。


 吊り橋効果、という言葉を知っているだろうか。

 吊り橋を渡る時に感じるような恐怖や不安、そのような強い感情を伴う体験をともに経験した相手に、恋愛感情を抱く状況をいうらしい。


 茉莉も朝比奈君に一種の仲間意識というか絆のようなものを感じたらしい。

 一気に打ち解けて林間学校の間もちょこちょこ会話しているのを見た。

 ……その状況を見つけるたびに割り込ませてもらったけれど。


 長瀬茉莉は、私の幼馴染みであり、王子様であり、将来の花嫁でもある。


 悔しいけれど現時点で茉莉と私の共通認識は『幼馴染である』ということだけだし、この子は王子様の話なんて忘れているし、何ならこの子の心を手に入れることが一番難しいことだって分かってる。


 望むだけじゃなくて、どうなりたいのかを具体的に想像して固めていかないといけない。

 外堀も、私の意思も。


 やることは山積みで、焦りだけが大きくなるけれど、この子の手を離すわけにはいかない。


 私だけの王子様めがけ、私は決意を新たにした。




(第5章おわり)

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