第3話 頼もしい幼馴染
――大型動物だと思って身構えていたら、現れたのは鬼気迫った表情の幼馴染でした。
「怪我は?」
草を掻き分け私達のもとへ辿り着いた真姫は、開口一番にそう言った。
背中にはガチ登山のような大きなリュックサック、右手には、アウトドア用の
特に右手に持った鉈で背の高い草や枝を薙ぎ払って来たのだと想像がつくが、本当に用意が良すぎやしないだろうか。
あまりの万全装備にちょっと引くぐらいだ。
実際、役に立ったけど。
「……もしかして、どこか怪我してる?痛い?」
私達ふたりがぽかんとした顔で何も返事を返さないので、彼女は少し不安そうな顔になった。
そうじゃなくて、ふたりともあなたの出で立ちに驚いて言葉を失っているのです。
「だ、大丈夫。ちょっと木の枝や石で切ったり打ったりはしたけど、この程度ならかすり傷だよ」
「そう…、大きな怪我はなくて良かったわ…。あ、朝比奈君の方も怪我は?」
「オレもかすり傷程度だな。あとは、長瀬が守ってくれたから」
その言葉で、さっきまでのやり取りを思い出すと途端に滑稽に思え、朝比奈君とふたりして顔を見合わせ吹き出してしまう。
真姫が来ただけでまだ助かると決まったわけではないのに、安心して力が抜けてしまった。
「………………………そう。ふたりとも、一応手当てするからこっちに来てね」
今の長い間は何?と聞く暇もなく、真姫は背負っていたリュックの中から救急キットを取り出し、私達の手当てを手際よく行ってくれた。
流石は、昔から怪我の多かった私の手当てをしてくれていたこともあり、軽い応急処置自体には慣れている。
「そういえば、よくひとりで探しに来ることを先生達が許したね」
「許可なんて得てないわよ。班の子達に先生を呼びに行くことと、ちょっとした口裏合わせをお願いしたもの」
「「はい?」」
真姫からの話を聞くに、つまりはこうだ。
私と朝比奈君が山の斜面を滑り落ちた後、真姫は同じ班の子達に先生を呼びに行くように指示をした。その中で『長瀬、一ノ瀬、朝比奈の3人が足を滑らせて落ちた』と伝えるようにお願いし、自分はその後自ら下ってきたのだそうだ。
真姫の、いざという時に発揮されるこの行動力は一体何なのだろうか。
ヒロインだけど遭難せずに正しくイベントが発生しなかったから、朝比奈君との接点を持つため、ゲームの強制力が働いたのだろうか?
うーんと唸って考え込んでいるうちに、真姫が「じゃ、そろそろ帰るわよ」と親指で背後の茂みを指し示した。
「迂回して下りてきたから少し時間はかかったけど、傾斜が比較的緩やかで安全そうな道を見つけてきたわ。来た道は草も薙ぎ払ってあるからある程度視界はいいし、所々にロープを括り付けてきたから、それを回収しつつ辿れば戻れるから」
あまりにも頼もし過ぎる発言に、私も朝比奈君も呆気に取られてしまった。
優秀過ぎやしませんか。このヒロイン。
「ん」と目の前に差し出された手に、「え?」と首を傾げる。
「放っておいたらまた何処に行くか分からないから。手、繋ぐのよ」
「え、オレも?」
「……あーごめん、朝比奈君は自分で気を付けてもらえると助かるわ」
私はこの子で手一杯なのよ、との言葉に、りょうかーい、と返す彼は何故か面白がって笑っている。
それを横目に、「で、でも別にもう大丈夫だよ?」とささやかな抵抗を試みるも、無言で圧をかけてくる幼馴染には勝てなかった。
繋いだ手は、ぎゅっ、と痛いくらいに握られた。
これじゃあ歩きにくくないかな?と思って聞いてみても、「あんたを抱きかかえながら歩いてもいいのよ?」とさらりと言われたので黙ることにした。
今の真姫の筋力値なら本当にそれができそうだからだ。
「オレ、一番後ろ歩くよ。そしたらまた誰かが転んだりしても気づけるしさ」
そんなことを言う朝比奈君は、本当に優しい人だなと思う。
「ありがとう」と真姫もようやく笑みを浮かべ、空気が緩む。
「さ、じゃあ、そろそろ本当に戻るわよ。もうオオゴトにはなっているだろうけど」
私達3人は目を見合わせ、真姫が見つけて来た道を戻った。
――それから、途中で救助に訪れた先生方と遭遇し、無事、私達は保護された。
どうやら真姫が気に括りつけていたロープを頼りに彼らも下ってきたらしい。
「滑り落ちていったはずなのに、どうしてこんな迂回ルートを…?しかもロープまで……?」
疑問の声は上がったけれど、「そのロープはたまたま誰かが設置していたものを見つけただけで、私達も一か八かで辿って登って来たんです」と真姫が言えば何とか信じてもらえた。
だいぶ、いやかなり、けっこう、苦しい言い訳だったとは思うけど、そこは普段から教師陣の信頼が厚い彼女の言葉だ。みんな頭にハテナマークを浮かべつつ信じてくれた。
というか、イベント関連だとおかしいところがあっても気にしない、というゲーム特有の補正が働いたのかもしれない。
朝比奈君も、詳細は黙っていてくれるみたいだ。
「オレ達、共犯者みたいだな」
と、なんだか嬉しそうで、これをきっかけに一種の絆みたいなものが出来た気がするので結果オーライかもしれない。
こうして、一件落着。
――と言いたいところだけれど、この林間学校の間、いつにも増して真姫が私の傍を離れなくなってしまったので、少し困惑してしまったのでした。
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