第2話 野生動物VS人間だと圧倒的に野生動物が強いはずで
――打ち身はあるが捻挫などの怪我は無し、と。
自分の身体の関節をぐるぐると動かしてみて怪我の有無を点検する。
斜面を滑り落ちた時、ある程度の受け身はとれたので大きな怪我には繋がらなかったようだ。
『いざという時、受け身が取れた方がいいから柔道も』という親の意向で習っていた幼少期からの習い事が、ここで役に立ったようです。でもあくまで個人の感想なので良い子はマネしないように。
「っと、朝比奈君はどう?怪我はない?」
朝比奈君も私を追って一緒に山の斜面を滑り落ちたのだ、見たところ大丈夫そうだが一応確認しておく。
問いかけると、案の定「大丈夫」との返事が返ってきて、ほっと胸を撫で下ろす。
ぱんぱん、と身体に着いた木の屑や土埃を払う彼の横顔を見る。ジェルやワックスでセットされていたであろう髪は少し乱れ、耳元には一見すると気づきにくいが透明なピアスが見えた。確かに等々力君や加賀美君とは系統が違うなぁと感じる。
「それより長瀬さん、思ったより冷静だね。こういう時、女子ってもっと慌てたり泣いたりするのかと思ってた」
彼自身も悪気なく、純粋にそう思ったのだろう。
私だってこうなることを予測できていなければ慌てふためいていた可能性がある。
それよりも今は、私がトチッたせいで真姫ではなく自分が遭難イベントを発生させたことに対して憤りを感じていた。
真姫が怪我や遭難しなくて良かった、という思いもあるけれど。
「まぁ…ね。これでも内心テンパってるけど。朝比奈君や周りを巻き込んでこんな事になって、ほんとにふがいないとは思ってる。何かあれば私が身代わりにでもなんでもなって守るから安心してね」
ここは素直に考えを伝えておく。攻略対象にここで何かあったら真姫の今後に影響が出る可能性がある。それは避けたい。
私の返答に対して、彼は一瞬虚をつかれたように動きをとめ、やがて笑い出した。
「あはははは」
「え、なに、私何かおかしいこと言った?」
「あ、いや、ごめん。なんか力が抜けちゃってさ。長瀬さんは凄いね。オレさ、元々ボーイスカウトで森や川でのアウトドアの経験はあるんだけど、実は結構ビビっててさ。でも女子がいるならカッコ悪いところ見せられないし、オレがしっかりしなきゃ、って思ってちょっと今気を張ってたんだよね。まさか守ってくれるとは。あははははは!」
「なるほど、朝比奈君もビビってるのか」
「うん、思ったより滑り落ちたみたいだし、実際のところ怖くてたまんない」
なるほど。
ゲームの中で出ていた『オレがなんとかするから、心配すんな』という発言の影には、彼のそんな心情が隠れていたのか。
となると、作中の彼はどれだけ不安と戦っていたんだろう。
チャラついた見た目とこういうところのギャップが女子人気を高めるのかなと思った。
さて、とはいえふたりとも現在進行形で遭難している身である。
きっと間もなく助けが来るとは思うが、何が潜んでいるか分からない森の中は文字通り不安だらけで。
少し動いて開けた場所を探そうか、もしくはこういう時は動かない方がいいのかどうか、と朝比奈君に相談しかけたその時だった。
ガサガサと、大きく草木が擦れる音がした。
ふたりとも、話すことをやめてぴたりと動きを止める。
遠くからやってくるそれは、右へ左へ蛇行しながらも徐々にこちらに近づいてくる気がした。
「朝比奈君、ど、ど、どうしよう」
「い、いや、助けかもしれないし…。でもここ、もしかして熊とか出たり……」
その発言にさぁっと頭から血の気が引く。
そんな猛獣、勝てる気がしない。
そもそも野生動物と戦う気概なんてないけども。
できればお近づきになりたくないお相手だ。
一目散に逃げたいが、いま大きな音を立てると逆に気づかれる可能性もある。
いやでも、探しに来た教員達の可能性もあるし、そうでない場合は大型の野生動物の可能性もある。つまりはよく分からない。
迷って動けないでいるうちに、徐々に、徐々にそれは近づいて来る。
音からして結構大きく、小型動物ではないということが分かる。
それこそ、……熊のような。
「――っ、な、長瀬さん、とにかく今はオレの後ろに……」
「だ、だ、大丈夫。あ、朝比奈君は今後のストーリー展開に必要な人だから、こ、こ、ここはわたしが……」
「ストーリー…なんだって…?」
怪訝そうに朝比奈君が私の言葉を繰り返す。
混乱でパニックになっていると思われているのだろう。
それは9割方正解だ。
正解だけど、1割は正気で言っているわけで。
やがて、音だけでなく視認できる距離で生い茂った草が大きく揺れる。
もしも相手が大型の野生動物だった場合、目が合った時点できっと逃げ切れない。
せめて朝比奈君だけでも逃がさなきゃいけない。
――これも全部、真姫のためだ。
「おい、本当に危ないからオレの後ろに……」
焦った朝比奈君が真剣な顔で私の肩を掴む。
「だめだよ。そんなことしたら朝比奈君が危ない目に…」
私はその手を必死で押しのける。
どちらも譲らず「オレが」「私が」と揉みあいになっていたら――。
「――ちょっとあんた達、何してんのよ!」
草をかき分け歩いてくる大型動物――もとい、必死の形相の幼馴染が全速力で向かってくるところでした。
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