第5章

第1話 ゲームだと大抵の場合、林間学校で遭難者が出る


 聴こえてくるは鳥のさえずり。

 見渡す限りは辺り一面木々ばかり。

 僅かに、近くを川が流れている音もする。


 ピクニックではない。

 私、長瀬茉莉は目下、森の中で遭難中なのだ。


「な、な、なんで私なのぉ〜〜〜!!!」


 本当に、なんで私なのだ。




 遡ること30分前。

 夏休みが終わって暫く経った私達は、学校行事で林間学校に来ていた。貸切バスに揺られること約2時間半。到着したのはとある山奥の宿泊施設だった。


 それから早速必要最低限の荷物を持って集合し、近くの山の山頂を目指す。

 山頂で、持参したお昼ご飯を食べるという行程だった。


「真姫、荷物多くない?」

 一緒に歩きながら、真姫のリュックのあまりの大きさに驚く。ガチの登山をしにきたかのような荷物量にそう問いかけると、「備えあれば憂い無しなのよ」という返事が返ってきた。

「誰かさんが怪我をしたり遭難したりしても一応、対処できるようにね」とまぁその"誰か"が誰なのかはさておき。


 重たい荷物を背負いながら山を登る彼女を見ながら思う。


 ――残念ながら、遭難するのは君なんだよなぁ、と。


 林間学校はこの乙女ゲームの世界――『桜の誓い ―君と紡ぐ私達の物語―』のゲームのなかで発生するイベントだ。


 主人公の一ノ瀬真姫は、この林間学校で今回から登場する攻略対象とともに遭難する。


 前日の雨でやや泥濘んだ細道を行く時に足を滑らし、山の斜面から落ちるのだ。

 それを咄嗟に助けようとして巻き込まれるのが、同じ班になった朝比奈優あさひな ゆう、攻略対象その人だ。


 普段はクラスが違うが、それは学年イベント。クラス間の交流を促す目的で全クラス合同でくじを引き、形成された各班で協力して山頂を目指す。


 そこで同じ班になった朝比奈優は、普段はチャラチャラしているおふざけキャラだが、遭難時には「オレがなんとかするから、心配すんな」と実に頼もしい男気を発揮してくれるギャップのあるキャラでもある。

 攻略対象キャラのなかでも人気はそこそこ高かった。


 なので私がするべきは、遭難するタイミングにふたりが一緒にいるようサポートすること。ふたりがなんとなく仲良くなる流れをつくることだ。


 本当は、真姫が遭難するのも怪我をするのも凄く嫌だけど。

 幸いにして朝比奈君と真姫のふたりの会話は弾んでいるようだ。


 山頂に近づくにつれ、山の斜面は急になり、地面の所々には岩肌が顕になる険しい道になってきた。前日に雨が降っていたため、時折泥濘みに足を取られて滑る生徒も出てきた。


 そろそろかもしれない。


 同じ班の子達と会話しながらも真姫の動向に集中する。

 朝比奈君と真姫が笑い合い、くるりと真姫が振り向いて「ねぇねぇ茉莉!」と話しだした時だった。  


 ずるり、と彼女の足場が滑り身体がゆっくりと傾いた。


 危ない、と思った時には自然と身体が動いていた。 

 滑り落ちる真姫の身体を咄嗟に支えようと思わず、大きく足を踏み出す。


 そんな私の努力も虚しく、真姫は山の斜面を転がり落ち――なかった!

「おーーーっとっと、あぶなっ」

 小声でボソリと呟き、彼女は自力で足を踏ん張り体勢を立て直した。


 大きな荷物を抱え、泥濘んだ険しい道でよろけてもなお踏ん張れる。

 素晴らしい体幹だ。

 何故か林間学校前からまた鍛え始めていたらしく、体力、筋力、素早さなどのステータス値が更に上昇していたのもあるかもしれない。


 と、そんなことを考えている間に。 

「あり?」

 ぐるんと視界が急転する。

 と同時に、私の腕を掴もうと朝比奈君も身を乗り出し、一緒に山の斜面を転がり落ちる。


「茉莉!?」

「長瀬さん!」

「朝比奈君!!」


 ――そうして、何故か私はヒロインの代わりに遭難ルートにハマったのでした。

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