第3話 意外な趣味をお持ちで


 それからの私達は、水族館を思う存分楽しんだ。


 ドーム状につくられた水槽で頭上を見上げ、魚達のお腹を眺めたり。

 床までアクリル板でつくられた部屋では、足下をサメが泳いでいるのを警戒しながらふたりで恐る恐る手を取り合って渡ってみたり。

 大きな水槽の脇で魚達を眺めながらソフトクリームを食べてみたり。

 

 気づけばあっという間に3時間以上が経っていた。


 計画を立てた時に真姫が見たいと言っていたイルカショーはいつの間にか終わっていて、くやしがる彼女に「また来よう」と約束した。


「あーでも、夏休みが終わる前に遠出もしたい!山とか川とか自然があるとこ!」

「夏休み終わったらすぐ林間学校あるじゃん」

「じゃあカラオケにするかー」

「変わり身はやっ。でもいいよ。今度行こ」


 次の約束が当たり前のように増えていく。

 それが私達のいつものやり取りだ。

 

「ね、これ可愛くない?」

 最後のショップコーナーで真姫が指差したのは、アルファベット型のキーホルダーだった。可愛らしいペンギンのマスコットも付属でついている。


「たしかに可愛いね」

「そうだよね。じゃ、買ってくるわ」


 あまりの即決さに、ほんとハッキリした性格してるなと思う。

 レジから戻ってきた真姫は、ラッピングを断ったのかそのままキーホルダーを手に持っていて、「 はい、お揃い」と言うなり私にそれを差し出した。


「あれ?2人分買ったの?」

「そうそう、しかも私達ふたりとも名前のイニシャルは同じMだけど、微妙にデザインが違うもの買ってみた。貰ってよ」


 今日の思い出、と笑う彼女からキーホルダーを受け取る。手のひらにのせると金具が触れ、チャリ、とペンギンのマスコットが音を立てた。

 『お揃い』だなんて、こういうたまに女の子っぽいことをするところも、可愛いな、なんて思う。




 水族館からの帰り道。

 好きな作家の新刊を手に入れたくて、真姫に頼み、ふたりで書店に立ち寄った。


 お目当ての新刊を手に入れ、ついでに文具も買い足しておこうかと、真姫と別れて文具コーナーに移動する。

 暫くしてそこでも目的を果たすと、彼女は何処だろうと店内を見回した。


 街で一番大きな書店に来たので、店内は相応に広い。

 合流する時はスマホで連絡することになっていたけど、探せばいけるだろうとぶらついてみる。どうせあとは帰るだけだ。時間はある。  


 コミック本のコーナーにはいないので、小説かとアタリをつけて棚を覗いてみる。

 文学系の小説の棚にはいなくて、またコミック本の棚まで戻ってくる。

 そうすると、壁際に設置されたライトノベルの本棚スペースの一角に、見慣れた後ろ姿を見つけた。


 そのうち振り向くかなぁ、と思いながらその背中目掛けて歩いていく。

 かなり集中しているのか、私が真後ろに立っても気配に気づいていないようだった。 


「真姫」

 声を掛けると、びくりと派手に肩を揺らして真姫が振り向いた。咄嗟に手に持っていた小説を棚に戻したので、あまりの速さにタイトルは読めなかった。辛うじて認識できたのは『幼馴染の…』という言葉までで、あとは他の本に紛れて分からなくなってしまった。


「な、な、な、合流する時は連絡してって…あの、これは、ちがっ」

「いやいや、動揺しすぎだから、一体どんなの読んでたの――あー…なるほど」

「 やっ…ちがくてっ……その」


 真姫の肩越しにそのコーナーのラインナップを眺めて見ると、どうしてそこまで動揺しているのかが少し理解出来た。


 ほとんどの小説に、女の子と女の子が表紙として描かれている。なかには少し際どく絡み合っているものもあって。


 所謂、百合本コーナーなのだと理解した。  


「んーなるほど?」

「なにがなるほどなのよぅ……」


 こんな設定、あったっけ?


 このゲームをやり込んだ私が知らない設定がまだあった?いやまさかヒロインが百合好きなんです、なんて情報、設定資料集にあるだけで忘れないしSNSでも少しは話題になるはず。


 となるとこれはゲームでは描かれていないこの世界オリジナルの部分で―――。

「 ……茉莉」

 不安そうに真姫が私のワンピースを摘む。

 思えばいまのこの状況は、私が彼女の、他人に知られたくない領域に土足で踏み込んでいる状態で――。


「ごめん。いきなり後ろから声かけられて、嫌だったよね」

 取り敢えずは、謝っておくことにした。

 私が考えなしに声を掛けなければ、真姫が気まずい思いをしなくて済んだだろうし。


「あ、でも別に本のジャンルに関しては誰にも言わないし、だからどうってこともないから!真姫は真姫だし。好きなものは、好きでいいと思う」


 うん。

 因みに『 もしかして、女の子、好き?』と聞いてみたかったが、やめておいた。

 この間も加賀美君に怒られたばかりだ。

 好きなジャンルとその人本人は分けて考えた方がいい。

 でないと、私だけでなく攻略対象の男性達の存在意義ですら危うくなってしまう。


「…へんな子って、思ってない?」

 ちょっと不安そうな顔で真姫が言う。


「真姫は元々、普通…ではないと思うけど」

「そういうことじゃなくて!あの、きもちわるい…とか」

「えっ、私が真姫に対してそんなこと考えるわけないじゃん」


 見くびらないで欲しい。こちとらこの子を全肯定する決意だけは固いのだ。ステータスを上げるには、昔から褒めて伸ばす以外に思いつかなかったからね。

「 子どもの頃から言ってるじゃん。真姫はそのままでいいんだって。それより本、買うの?買わないの?」


 そう聞くと真姫は少し顔を赤らめてうつむくと「 ……買う」と言ってささっと目にも留まらぬ速さで本を手に取ると、レジへ走っていった。行動が速すぎてまたもやタイトルがよく見えなかった。


 その背中を見送りながらまた私は考える。

 ――この書店のどこかにこの世界の設定資料集か攻略本でもあればいいのに、と。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る