第2話 水族館と夏の思い出


 そうえば、水族館はふたりで行きたいのだ、と言われていたと思い出したのは、真姫との待ち合わせ場所に向かうため玄関で靴を履いている時だった。


「デートはふたりでするものでしょう?」という理由はよく分からなかったけれど、幼少期からこんな調子なので「まぁ、じゃあ」と承諾したことを思い出す。


 これは、加賀美君が来なくて正解だったな。


 危ないところだった。

 ご機嫌斜めになった真姫は、とことん機嫌が悪くなるから。

 とはいえ真姫とはいつも一緒なわけで、ふたりきりで遊ぶ特別感なんて、今更な気がしないでもない。


 子どもの頃から一緒なのだ。

 しいて言えば遊ぶ内容がダンゴムシ集めからカラオケやショッピングに変わったくらいで、一緒にいる時のメンタリティはたいして変わらない。


 まぁでも、一緒にいて一番楽しいのは真姫だけど。一番仲が良いし。幼馴染みだし。


 少なくとも私は昔から彼女への接し方はほとんど変わっていない。

 真姫だって変わらない……はずだ。


 そこは正直自信はないけれど。


 高校に入学してから、時折これまでと違う彼女の顔や変化に気づくことがある。

 きっと成長とともに少しずつ背が伸び、姿かたちも大人びていくように、日々の営みのなかで私達の内面も少しずつ変化しているのかもしれない。


『 長瀬は一ノ瀬の挙動、もっとちゃんと見てあげていた方がいいぞ』と加賀美君の言葉が頭を過ぎる。彼に見えていて私に見えていないものはなんだろう。


「 茉莉ー!お待たせー!」

 そんな考えも、私のもとへ笑顔で駆け寄ってくる彼女の姿を見てしまうと、些細な事のように思えてくる。


 今日の真姫は、白いブラウスにベージュのハイウェストのパンツとスニーカーで、動きやすさと甘さを兼ね備えた服装だ。


「可愛いね」と素直にそう伝えると、「あ、ありがとう。……茉莉も可愛いわよ。すごく」とお褒めの言葉を頂けた。最近買ったばかりのワンピースを着てきてよかった。


 前々から思っていたのだけれど、真姫は結構、ツンデレな一面があると思う。


 クラスの子達や周囲の人達に対しては、基本的にとても優しいし、立ち回りもとても上手だ。

 そのお陰でクラスメイトや先生達からの信頼も厚い。流石はヒロインと言わざるおえない。


 でも、私や加賀美君、最近では等々力君など "一定以上"のラインに入る人に対して、たまにツンとデレが出てくるのだ。

 そういうところも友達ながらに可愛くて堪らないし、物語的にもオイシイと思う。


 そんな話を以前コンビニで会った時に、加賀美君にしたら、『俺、一ノ瀬のデレなんて見たことないんだけど……?』と心底不思議そうな顔をされた。

 もしかして、まだ真姫自身が彼らの前でうまくデレを表現できていないのかもしれない。

 これは由々しき問題だ。改善できるよう、うまくサポートしないと。


 私にとってはツンな真姫も、デレる真姫も日常茶飯事なのだから。



「ねぇねぇ、茉莉!みてー!」

 その声に真姫の方を見ると、早速水族館の体験コーナーで海の生物を触ってはしゃいでいる彼女の姿があった。

 よほど楽しみにしていたのか、それとも出会って早々開口一番に『可愛いね』だなんて褒められたのが嬉しかったからなのか、今日はとても機嫌がいいしテンションも高い。

 ゲンキンな性格なのだ。我が姫は。


「あははははははははははは!!」

 でも、声高に笑いながら両手にナマコとヒトデを鷲掴みにしている様子に、周囲も若干、ドン引きしている。ああこらこら、そこの男子、勝手に写真を撮るんじゃない。真姫に気づかれないよう、私自身の身体を割り込ませてカメラから遮る。


当の本人は、未だ夢中になって水槽に手をつっこんでいる。

「ふっ」

 なんだ、結局ダンゴムシを集めていた時と変わらない部分もあるじゃないか。

結局、真姫は真姫だし、私は私だ。

変わらない部分もあれば変わった部分もあるけど、その変化も一緒に受け入れていけばいいかと思った。

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