第4章

第1話 そういうのが好きなわけじゃない


 突き刺すような日差しとアスファルトから反射する輻射熱。

 逃げられない暑さに耐えながら、私はコンビニの前で買ったばかりのアイスを頬張っていた。

 加賀美君とふたりで。


 何故彼と一緒なのかといえば、ゲームの設定上、真姫と加賀美君はお家がご近所さんなわけで。

 そうなると真姫と幼馴染でお家が近所の私と彼も生活圏内がだいたい同じということになる。

 お分かりいただけただろうか。


 というわけで、たまたまコンビニにアイスを買いに行ったら、彼と遭遇したのだ。

 そのまま、ふたりで立ち話をしながらお店の前でアイスを一緒に食べている。

 ただそれだけのことだ。


「俺、この場面をあいつに見られたらシメられる気がする」

「え、誰に?」


 加賀美君は誰かに命を狙われでもしているのだろうか。

 そんなエキサイティングな設定、全年齢で王道乙女ゲームのこの世界にはなかったはずだけど。

 この場にいない誰かのことを考えて、少しそわそわしている彼を見て少し心配になる。


 まぁ、入学して数か月の間にも彼が結構気遣い屋だということは分かったから、私には分からない色々なことが彼には見えているんだろう。今後のためにも、何か加賀美君を癒せるものがあるといいんだけれど。


「あ、そういえば」

「なんだ、どうした」

「今度、真姫と水族館行こうって話してたんだけど、加賀美君もどう?」

「お!いいなそれ!」


 途端に嬉しそうに顔を綻ばせる姿に、私もつられて嬉しくなる。

 私にとっても攻略対象とヒロインのイベントを手助けできて願ったり叶ったりである。

 本来、ゲームにある夏休みの水族館イベントは、ある程度親密度が上がった後に攻略対象が真姫を誘うものなんだけど。


「いや、でも待てよ…?それ、元々お前らふたりで行く予定だったものじゃないのか?」

「うん、そうだけど加賀美君だったら真姫も嫌な気しないと思うし」

「ふぅん……やっぱやめとくわ。ふたりで楽しんで来いよ。俺はクラスの奴らか等々力が部活ない日にでも誘って行ってくるわ」

「え?なんで?それなら一緒に行っても同じじゃない?」

「いいって!俺が等々力達と行きたいの!」

「それなら等々力も部活がない日にする?」


 それでも頑なに首を縦に振ろうとしない加賀美君に、疑問が生じる。

 いつもならふたつ返事で一緒に来るのに。

 彼曰く、「最初からみんなで行こう、と計画したものと、お前らがふたりで行こうと予定していたところに俺が後から入るのとでは意味合いが違ってくる」とのことで。


「それって何の言葉遊び…?」

「お前ほんと頭いいのにそういう繊細な乙女心みたいなもの分からないよな……」

 と哀れみのこもった目で見られる始末である。


 乙女心。

 乙女心とはつまり恋する乙女みたいなそんなやつで。

「つまり、加賀美君は等々力君とふたりきりになりたい…?」

 だなんて言うと、脳天に手刀を打ち込まれた。

 女子に暴力よくない。


「いったぁ、ひどっ……」

「俺も悪いがお前も悪い」

「そういう、自分の非もちゃんと認める加賀美君の性格、私は結構好きだよ」

「頼むから何の思慮もなく周囲から誤解を受けるような"好き"とかのワードを使うのはやめてくれ。俺の寿命が縮むんだ」

「えっ、やっぱり等々力君と何か…、あ、クラスの男子…?」

「だからそういう、女っ気がなかったらそっちだと思う極端な発想やめろって!」


 半ば本気のお怒りをいただきました。

 ごめんなさい、と心の底から謝罪する。


 まあ、そもそも彼は攻略対象だから気になっただけで、本来は性嗜好がどちらでもなんだっていいわけだし。

「ごめん。加賀美君のこととなると真姫のことが浮かぶから確認しておかないとと思って」

「お前もうその、俺達をくっつけたい、って策略を俺の前で隠さなくなったな」

「隠し事苦手なので」


「本当にただの暴走列車だよなぁ」と困った様に笑う加賀美君は、「でも、長瀬は一ノ瀬の挙動、もっとちゃんと見てあげていた方がいいぞ」と忠告してくれた。

 真姫の挙動…とは。


 ここ最近、考えるようになった疑問が頭を過ぎる。


「真姫って、好きな人いるのかな」

「―――だからそういうことは、本人と話せ」


 それより夏休みの間に遊ぶ計画立てようぜ、と話題を切り替えたのは、きっと彼の優しさからだろう。

 気も遣えるし、優しいし、頭の回転も早いし、いい物件だと思うんだけど。


 でも、生身の人間として関わっていくにつれ、「いい条件の攻略キャラ」として彼を見ていたのでは、なんだか失礼な気もしてきていた。


 ゲームの中だけど、それでもここは現実なんだ。

 高校に入学してみんなと関わるようになって、最近とても実感するようになった。

 正規のストーリーだけではない話の流れがいくつも生じているからだ。

 まぁ、それもこれも、数々のイベントを、攻略対象の代わりに私がヒロインとこなしてしまっているからなのだけど。


「じゃあ、また」

 いくつかの遊びのアイデアを出し、それぞれが真姫や等々力君を誘うことに決めたところで、加賀美君と手を振って別れる。


 帰り道は相も変わらず暑くて、またアイスが食べたくなった。


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