第4話 夏祭りといえば花火です
この時間は客足も遠のくから休憩に入っていいよ、というおじさんの声掛けで、ありがたく休憩を頂くことになった。
男子ふたりはおじさんのサポートでテントに留まるらしい。
体力があるのは羨ましいことだ。
私は慣れない立ち仕事に、足が疲れがきていた。
いこっか、という真姫と連れ立って屋台が立ち並ぶ参道を歩く。
むわりとした熱気に包まれ、屋台のテントのなかとはまた違った暑さと湿気が肌にまとわりついた。
お好み焼きや焼き鳥はおじさんが持たせてくれたから、飲み物だけ買う。
「どこか見たいとこある?どこかで座って食べる?」という私の問いかけに、真姫は「ん」とだけ答えて、ずんずんと歩いて行く。
私の手を引いて。
目的地があるかのような進み方に、異を唱えるのは無粋かもしれないと思って黙ってついていく。
しばらく歩くと、屋台の並びを外れた脇に小高い丘を登るような階段があり、登りきるとそこにもちいさな境内があった。何かの神様の分社かな、と思うけどあたりが暗くてよく分からない。
真姫は先に石段に腰掛け、「ここ、等々力君に穴場だって聞いてきたんだ。静かな場所で花火も結構よく見えるんだって」と弾んだ声で教えてくれた。
「花火…?」
「やだっ、茉莉、花火の時間帯はお客さんがあんまり来ないから、ってことで私達は休憩に入れたのよ?」
あ、なるほど。
確かにお祭りといえば花火だ。
今更ながら理解した。
「なんだ、そしたら等々力君達にも悪い事しちゃったな。ふたりも見たかったはずだよね」
「あのふたりはあんまりそういうの興味ないみたい。行って来いよ、って言ってくれたしね」
後で牛ステーキ串とか、肉巻きおにぎりだとか、ふたりが好きそうな差し入れを買っていこうか、だなんていいながら石段に座る。飲み物を口に入れると、火照った身体に冷たい水分がちょうど良かった。
「あ~、ジュースが美味しい」
「美味しいねぇ」
「疲れたぁ」
「疲れたねぇ」
暑い時に飲むジュースが美味しい、バイトをして疲れた、本当に中身のない何でもない会話も、真姫となら楽しい。
「どう?初めてのバイト、楽しい?」と真姫に聞かれたので、「当たり前でしょ?真姫と一緒だし」と返せば、少し彼女の頬が紅くなった。可愛いなぁ。
真姫が、ふたりの間に置いていた飲み物や食べ物の置き場をずらし、私に近づく。
密着すると、こてん、と私の肩に頭をのせて来た。
暑い、とは違う、温かい体温が私の左肩に伝わる。
「もうすぐだ」と真姫が呟くと同時に、ひゅーと空気が鳴き、空に大きな華が咲いた。
ゆっくりと上がり、ゆっくりと散っていく大輪の花火に、思わず声をあげる。
「綺麗だねぇ」
「そうね。綺麗ね」
「……、真姫、花火ちゃんと見てる?」
「茉莉を見てる」
たまに真姫はこうしてふざける。
もう、と怒ると、ふふ、と笑ってようやく花火に目線を移した。
花火を見ながら、微かに真姫の右手の小指と私の左手の小指が触れていることに気づいた。
だからなに、という感じかもしれないけれど、なんだかそれがくすぐったかった。
くすぐったいけど、だから離れようとも、更に触れようとも思わない。
心地よい距離感に、「真姫と一緒に見られて良かった」と言葉が漏れた。
本当にそう思った。
「また来年も一緒に見ましょうよ。これまでも毎年見てきたし」
そうだ、中学の時も、小学生の時も、毎年一緒にお祭りに行き、こうして花火を見ていた気がする。
でも。
「う…ん、そう、だね」
「どうしたの?」
夏休みが明けたら、攻略対象は他にも出てくる。
そうしたら真姫にとっても興味を引く人が出てくるかもしれない。
そして秋が来て、冬を経て来年になったら、来年の夏は攻略対象の内の誰かとこうして花火を見ているのかもしれない。
「茉莉?どうしたの?難しい顔して」
真姫に袖を引かれて初めて、いつの間にか自身の眉間に皺が寄っていたことに気がついた。
「いやいや、何でもないよ。たださ…」
「うん、何?」
「ずっと、真姫といるこの楽しい時間が、今のこの時間が、このまま続けばいいのに、って少し思っちゃった」
ずるいよねぇ、とその後に零れた言葉の意味を、きっと真姫はわからないだろう。
ずっとこの時間が続くということは、真姫と攻略対象が結ばれないということだ。
それは真姫のためにならない。
私のためにしかならない。
私のためだけの願望だ。
でもぽろりと零れたこの言葉はひとつの本音でもある。
私は、もう少しこの幼馴染とふたりで遊んでいたいのだ。
ずるいよなぁ、と今度は心の中だけで呟くと、真姫が「ずるくないよ」と私の頬に手を添える。
そのまま彼女の顔がゆっくり近づき、頬にちゅ、とキスをされた。
「柔らかい…」
「あんた、感想がそれ?」
ぷっ、と真姫が呆れた様に笑うと同時に、休憩時間の終わりを告げるアラームが鳴り響いた。
スマホをタップして音を止め、「戻ろっか」と真姫に手を差し出す。
「そうね」と当然のように彼女が私の手を取り、お互いにゴミの入ったビニール袋をもう片方の手に持ち、立ち上がる。
屋台のテントに帰る道すがら、先ほどの真姫の行動を考えていた。
真姫にキスをされたのは初めてだった。
頬だけど。
そんなスキンシップ、いままで一度もしたことがない。
中学の頃も、小学生の頃も、もっとちいさい時ですら。
夏休み前に考えていたことが頭を過ぎる。
真姫は、誰かを好きになったことってあるのだろうか。
誰かを想って切なくなったり、胸が苦しくなったりすることって、あるのだろうか。
私の頬にキスした時のように、あんな無防備な顔を、既に他の誰かの前でしたこと、あるのだろうか。
「茉莉、高校生の間にもっと沢山思い出つくろうね」
「うん…」
高校1年生の夏は、まだ始まったばかりだ。
第3章おわり
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