第3話 夏といえば夏祭り


「いらっしゃいませー!」

 湯気の向こうを歩くお客さん達に大声で呼びかける。

 浴衣を着た女の子達が腕に水風船をぶら下げながら、笑顔でピースサインを向けてくる。

「 焼きそば2つおねがいしまーす!」

「はーい!焼きそば2つだってさー!」

「うぇーい」


 注文を受け、等々力君が鉄板で焼いていた焼きそばを手際よくプラスチックの容器に詰めていく。

 屋台のテントのなかは、鉄板からの熱気と熱せられたソースの匂いが充満している。

 私もつられてお腹が空きそうだ。


 本日、私と真姫、加賀美君は等々力君の地元のお祭りに来ていた。彼の親戚が出す屋台でバイトをするためだ。

 私と真姫が売り子で、等々力君が焼きそば、加賀美君がお好み焼き担当だ。

 雇ってくれた等々力君の親戚のおじさんは、慣れた手つきで焼き鳥を焼いている。


 初めてのバイトに緊張してもいるけれど、いつものメンバーが一緒だと思うと心強い。

 あと、普通に楽しい。


「はい、できたよ!」

「ありがと!2つで1000円でーす!」


 お代と引き換えに女の子達に手渡すと、ありがとうございます、とぺこりと頭を少し下げて去っていく。

 向かうのはフルーツ飴の屋台のようだ。

 どれだけ食べるんだ、でもせっかくのお祭りだし食べたいよねぇ、と思わず微笑ましい気持ちになってみていれば、うっかりガスボンベの機材に躓いてしまう。


「おっとと」とよろけると、すかさず真姫が横から手を伸ばして支えてくれた。

「大丈夫?」

 当然のようなスマートさに、胸がキュンとする。


 ……キュン?

 いやいやいやいや、あぶないあぶない。

 私が真姫に落とされてどうするよ。この子はたまにこうした立ち回りをするから油断できない。


「どうしたの?」

「いや、こっちの話」

「ん?」


「焼き鳥!おねがいしまーっす!」

「はーい!」

 同年代くらいの男の子達数人が屋台の前に並び、元気な声で注文してくる。手には唐揚げが大盛に盛られたカップ、頭にはそれぞれがお面を被っていて、既にだいぶお祭りを楽しんでいるようだ。

「はい!おじさん!焼き鳥ひとつー!」

「はいよ!」


 おじさんが焼き鳥を紙コップに入れてくれている少しの間に、「あのっ」と横から声がかかる。声のする方に向けば、注文してくれた男の子達がいて、「あの、おねーさんって、高校生ですか?」と質問が飛んできた。


 咄嗟のことに、「あ、はい」と答えた瞬間。

「お客様!こちら焼き鳥でぇーすっ!お代は500円ね!はい!ありがとうございましたー!」

 やや強引に真姫が割り込み、商品を手渡してしまう。

「お客さん、お好み焼きもどう!?」と何故か加賀美君もノリノリだ。


「いえ、いいっす…」とどこかしょんぼりした様子の男の子達が去っていく。

 それと同時に、真姫がちいさく息を吐きだした。

「はぁ、もう…こういうことか…」

 その場で引き寄せられ抱きしめられる。

 その様子で、あ、もしかして私、絡まれそうだったのかなと気づいた。


 でも、私に対してそんなを心配する要素なんて。


「真姫、大丈夫だよ。それよりもお客さん捌かなきゃ」

「私が、嫌なのよ」

「え?」

「茉莉が他の人に絡まれるのが、嫌なの。心配くらいさせてよ……」


 そう言って私を見つめる真姫の目は少しだけ不安そうで、少しだけ揺らいでいた。

 真っ直ぐ見つめてくるその瞳に、吸い込まれそうになる。


 ――て、違う違う違う!

 ばっと、勢いよく真姫から離れる。


「だから、こんなんじゃないんだってばー!」

「何言ってるのよ」



 流石ヒロイン、破壊力が半端ない。

 最近、思考を放棄することが増えている気がする。

 私はまたもや余計な事を考えるのをやめ、呼び込みに専念することにした。



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