第2話 アルバイトをしたいのだけど保護者(真姫)が許してくれませんで



 答えが出ないことをぐるぐると考えるのはやめた。

 そんなことより夏休みだ。


 終業式も終わり、さっさと帰宅の途に就くクラスメイト達を見送りながら、私と真姫は教室の隅っこで自身のスマホと睨めっこをしていた。


「ねー、ほんとに夏休みの間、バイトするの?」とは真姫の言葉だ。

 私だって自身の高校生活を満喫したいのだ。

 でも先立つものがないと遊べやしない。

 人並みに欲しいものだってある。

 そこで夏休みの間だけ短期バイトでもしてみようかと思って探しているのだ。


 ただ、先ほどから、

「コンビニ?やめときなよ。変な男にナンパとかされたらどうするの?」

「カフェ?ダメダメ。そういうところって大体がバイト服がお洒落だし。変な男に絡まれるかもしれないじゃない」

「プールの監視員!?それって水着じゃないの??そうでなくても露出が多くなるでしょ!却下よ却下!ぜっったいに、許可できないわ!」

 と、一体どんな立ち位置なのあなた、と言いたくなるくらいに却下されているのだ。


 この子はいつから私の保護者になったのだ。

 ママか。


 そもそもゲームの中ではあなたがカフェでバイトしてましたよ。

 あのお店のあの制服を来てお給仕をしていた真姫のスチル画像は可愛かったなぁ、と思わずにやけそうになる。


「何でにやけてんのよ」

 バレたか。


「ていうか、真姫も高校に入ったら何かバイトすると思ってた。真姫こそ駅前のカフェの制服、似合うんじゃない?」

 似合うんじゃない?じゃなくて、実際に似合ってたんだけど。


 そう言うと、「え、あ、ま、まぁ茉莉がそう言うなら考えなくもないけど…。でも、カフェのバイトって単発じゃないでしょ?ずっとするとなると、一緒にいる時間が減るっていうか…。茉莉が一緒にするならいいけど……」


「いや、いくらなんでも友達同士でバイト先も同じって一緒に居すぎでしょ」

「そうよね…」


 間髪入れずにそう返答すると、何故かしょんぼりしたように真姫が項垂れる。

 だって私がいると真姫の意識のベクトルは、ほとんど全て私に向くのだ。

 これではもしカフェでバイトをしてそこに加賀美君や等々力君が来たとしても、またいつものメンバーになって進展しない気がする。


 真姫には、私が居ないところで彼らと親睦を深めてもらう時間もないといけない、と最近思い始めている。


 でもどうしたもんか。

 いまのままでは、何のバイトもできないどころか、真姫がバイト先に着いてきそうな過保護っぷりである。


「私だって、バイトしてみたいよー!」

「なんだ、それならやってみるか?」

「「え?」」


 突然の背後からの問いかけに、ふたり同時に後ろを振り返る。

 部活の休憩中だろうか、道着姿の等々力君が立っていた。

「廊下まで叫び声が聞こえてたぞ」と言いながらタオルで汗を拭う様はやはりそれなりにイケメンだ。


「等々力君、バイトやってみるか、って何かアテがあるの?」

 真姫の問いかけに対し、「俺の親戚が今度、地元の神社の祭りに屋台だすから人手を探してたんだ。ヒマなら俺と一緒にやるか?加賀美も来るぞ」とまるでゲームの強制力が働いているかのようなお膳立てされた状況が提示される。


 結局は4人一緒か…。

 でも、ここまでお膳立てされていると、この機会を逃す手はないかもしれない。ゲームとは流れが違うけど、何かが起こるのかもしれないし。


 迷いは一瞬だった。もう、ここで決めないとバイトできなさそうだし。


 等々力君の目の前に、ずい、と右手を差し出す。

「宜しく、等々力君。私と真姫、ふたりともお世話になります」

「おう。いいってことよ。俺も人手探す手間が省けたぜ」と、素敵な笑顔で握り返された。


「ちょ、なに勝手に…私まだやるって言ってな……」

「あれ~?真姫ちゃん、やらないの?私と一緒ならいいんでしょー?」


 少し揶揄い交じりに言うと、気に障ったのか黙り込んで唇を尖らせる。

 ちょっとご機嫌斜めなようだ。


「ねー、真姫。真姫ちゃん」

「……」


 はぁ、仕方ない。こうなると頑固なこの子はなかなか折れない。

 奥の手の出番か。


「ねー、ひめちゃん?」

 出来る限りの優しい声で、幼い頃の彼女の呼び名を呼んでみる。

「……っ、ずるい、それ。いつもは言ってくれないのに…」

「まぁね。取り合えず私はひめちゃんとバイトしてみたいな。等々力君達も一緒なら安心だしさ。やってみない?」


 少し頬を紅くしてだんまりを決め込んだ後、真姫は等々力君に対して鋭い視線を向ける。

「いつまで茉莉の手を握っているの?」

 いっけね、等々力君と握手したままだった。


 彼自身は何も気にしていない様子で、「あ、ごめんな」と頭を掻いて、「しかも俺、汗だくだから手も汗ばんでただろ。許してくれ」と笑って答えてくれた。

 本当に良い人だ。少しくらいの手汗なんてどうってことない。


「全然気にしてないよ――って、ちょっと真姫!なに私の手をハンカチで拭こうとしてんのよ!等々力君に対して失礼でしょ!」

「でも体液が」

「言い方!!!失礼!!!」


「本当にお前らって面白いよな」

 等々力君は堪えきれない様子で笑っている。


 優しい世界で良かった。


 そうして結局、みんなで一緒に夏のアルバイトをすることになるのでした。


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