第4話 ヒロインのためならえんやこら
「ゲームセット!勝者、1年A組、松本!」
審判の声がコートに響く。虚しくもそれは私の負けを意味する宣言だった。
「はぁー、負けた…」
「お疲れ様、はいタオル」
試合が終わるや否や即座に私のもとへ駆け寄って来た真姫に、ありがと、と手を差し出す。
差し出された手はタオルで優しく包み込まれ、そのまま私の顔や首筋の汗を彼女が丁寧に拭き取っていく。
まるで汗を流す彼氏に彼女が甲斐甲斐しくお世話をする図、のような光景に、何だか背中がこそばゆくなる。
「……少し過保護過ぎやしませんかね?」
「そう?これくらい、幼馴染なら当たり前だと思うけど?」
しれっと疑問を疑問で返されると、何も言えなくなる。
え、この世界の幼馴染ってみんなそうなの?
よく分からないけど、私だって別に嫌なわけじゃないから、そのまま甘えることにする。僅かばかりの恥ずかしさは残るけど。
「それにしても闘争心なさ過ぎない?あっという間に負けたじゃないの」
酷い言い様である。
こちとら他人と競うような競技が基本的に苦手なのだ。
「誰かを打ち負かすとかそういうの苦手で…」
「スポーツなんだから当たり前でしょ。運動神経がないわけじゃないのに、ほんとヘタレよねぇ。ヘタレっ」
このやろー、と思うけれどもぐっと堪える。
何せ私は精神的には真姫ちゃんよりもお姉ちゃんですからねっ!
このままだとずっとヘタレヘタレ言われそうなので、話題を華麗に変えることにする。
「いやそれにしても暑いねぇ」
「……ま、そうね。結構強いけど風があってよかったね。動いて暑くてもまだマシ」
どうやら話題の転換には成功したようだ。
そうだねぇ、と返しながら日陰を求めて待機テントの方へと向かう。
テントが近づき、ああ、これで涼めると思った矢先、今日一番の殊更強い突風が吹いた。
途端、目の前のテントが大きく軋む。
その光景に驚いて立ち止まった瞬間、パキンと何かの金具が弾かれたような音が響いた。
「え?」
すぐさま、テントが更にぐにゃりと大きく歪み、私達の頭上に迫ってくる。
「えええ!?」
組み当て方が甘かったのだろう。風に煽られたテントが倒れてきたのだった。
ひどくゆっくりに見えるそれは、でもその場から逃げるには間に合わなくて。
「茉莉!」
「……っ!」
このままだとふたりとも下敷きになる。
そう判断した瞬間、私に手を伸ばしてきた真姫の腕を強引につかむ。
その腕を渾身の力で引き寄せ、上から覆いかぶさるかたちで、その場にしゃがみこんだ。
――私が、絶対に、守る。
幼いころからずっと強く持っていたその意識だけが、強烈に私を突き動かしていた。
ガシャン、と頭上から派手な音がして、その後バラバラとテントの足部分が地面に叩きつけられる音がした。
でも私の身体に打ち付けられるような衝撃はない。
あれ?と思って目を開けると、――そこには、私達を庇うように崩れたテントを支えている等々力君の姿があった。
「大丈夫か!?」
あ…そっか、これ…確かイベント…。
いや、でもその前にお礼を…。
私自身も混乱していて言葉がなかなか出てこない。
自分の体に血が巡っていることが良く分かるくらい、心臓がばくばくと脈打っている。
真姫の身体を押さえつけている手も震えている。
長瀬茉莉は、いま絶賛アドレナリン大放出中である。
「あのっ、等々力君…ありが……」
ようやく声が出て等々力君に声を掛けようとした時。
「等々力…お前……」と、私達のすぐ傍から聞き覚えのある声がした。
目をやると、先ほどの体育館裏で悪態をついていた先輩達の姿があった。
腰を抜かしたのか、地面に尻もちをついている。
結果として、彼が助けることになったのは、私達だけじゃなかったのだ。
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