第5話 MVPは誰だ(真姫視点)


 生徒達はみんな、等々力だとかいう男子の話題で持ちきりだった。


 強風の中での新入生歓迎球技大会の決行。

 その最中に生じたテントが倒れる事故。

 下敷きになりそうだった生徒を助けたのは1年生の応援団長。


 そりゃ話題にもなるわよね。


 私も感謝している。

 彼のお陰で私と茉莉は怪我もなく無事だったのだから。

 しかも彼自身は私達を庇い打撲したらしく、教員達に保健室に連れていかれていた。


 本当、感謝している。

 でも、いまはそれよりも、私の頭の中は他のことでいっぱいになっていた。


「あ」

 下校時刻、まだ用事があるという茉莉を校門前で待っていると、いま話題の渦中にいる等々力君を見かけた。

 すれ違いざま思わず声が漏れ、呼び止めるかたちになってしまう。


「……あ、どうも。さっきは、その、ありがとうございました」

「ん?あ、さっきの女子か」


 何も気にしていなさそうな雰囲気に、この人良い人そうだな、と直感が告げる。

 まぁそうでもないと身を挺して他人なんか助けないか。

 そうだよね、普通は。


「……」

「どうしたんだ?ああ、そういえば、君を庇ってた長瀬とかいう女子にもさっき会ったぞ」

 その言葉に、思わずぴくりと身体が反応する。


「なんで…」


「お、一ノ瀬じゃん」

 等々力君と校門前で立ち話ししていると、おーい、と校舎の方から加賀美君が歩いてきた。

「ひとりなのは珍しいな」との問いかけに、「茉莉はまだ校内で用事があるみたい」と答える。


「用事があるみたい、ってんならそれは先に帰ってろってことじゃないのか?なんでこんなところで……って、余計なお世話だな、すまん」

 じろりと睨むと、謝られた。


 わかってる。

 言われなくても、わかってる。


 加賀美君は、等々力君と目が合うと「あ、どうも」と愛想よく笑った。

「それにしても、無事で良かったな。等々力君、だっけ?助けてくれたんだよな。女子がその話題で持ちきりだった」


「あ、まぁ、そうなんだけど…」

 素直に、そうだと返せばいいだけなのに、どうにも口ごもっていると、等々力君は私の方をちらりと見て、「あの長瀬って女子だろ?」とさらりと言った。

 うん、やっぱりこの人は良い人だ。


「うん…そう、等々力君も助けてくれたけど、茉莉も私を庇ってくれたのよ……」

「あーーーーーーー……なるほど」

 それだけで全て納得したような顔をする、加賀美君の頭の回転の良さが少しムカつく。


「頼って欲しいと思ってマウントとっていたヤツに、逆に守られて複雑な気持ちってところか」

「私、加賀美君のこと嫌いかも」

 はっきりそう言うと、等々力君が「おいおいおい」と慌てだした。


「だめだ、ごめん。いまのはただの八つ当たりだ」

「いいって。俺も少し揶揄った。悪かった」

 結局こいつも良い奴か。

 茉莉のこととなると我慢できない、自分のちいささが嫌になる。

 唇をぎゅっと噛み締める。


 ――あの時。

 テントが倒れると認識した私は、茉莉の方に手を伸ばした。茉莉を何とか守らないと、とそれだけだった。


 守られたかったんじゃない。守りたかったのだ。

 でも彼女はそれを良しとしなかった。


 伸ばした腕は、茉莉の方から力任せに引き寄せられ、そして、――気づけば彼女が私に覆いかぶさっていた。


 何度でも言う。

 私は、守られたかったんじゃない。

 守りたかった。

 私の肩を抱く手はあんなに震えていたくせに。

 いつもあの子はそうなのだ。自分のことを犠牲にする。


 私が危ない目にあえば――それとも、隣に居たのが私でない、他の誰かでも同じことをしていたのだろうか。

 そんなことを考えるだけで、息ができなくなるくらい、苦しい。

 だから、茉莉の隣には本当は誰も立たせたくない。


「おい、大丈夫か?しかめっ面して」

 ふたりに顔を覗き込まれて、自分の眉間に皺が刻まれていることに気付く。


「――実は、茉莉に助けられるのは初めてじゃないんだ」

 まるで物語を語るように、私は、幼い頃のあの日の事をふたりに打ち明けた。


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