第2話 私だって、ストーリーを全部覚えているわけではありません

 

 ――それにしても。

 入学式の最中、校長先生の話を右から左に流しながら周囲を見渡す。


 きちんと整列した制服姿のなかに攻略対象らしき人影を探すも、やはりそう簡単には見つからない。

 あと、実はあまり顔を覚えていなかったりする。


 ……考えてもみてほしい。

 こちとら最後にゲームをプレイしてから、16年以上経っているのだ。

 しかも一回、事故で死んでおぎゃーと生まれ変わるという個人的なビッグイベントを挟んでいる。


 勿論、私だってやれることはした。

 6歳で前世の記憶が蘇ってから、当時お気に入りだった魔女っ子アニメのノートに、思い出した設定をとにかく書き殴った。


 今でもたまに読み返す。


 6歳の子どもの字、汚すぎて読めないわ。


 文字の知識はあっても子どもは自分の身体の使い方がまだ上手くない。

 そして私は性格があまり丁寧ではない。

 猪突猛進、全力疾走。

 そうでなければ、何度も怪我して入院なんてしない。


 そんな幼少期の私が書いた字は、とてもじゃないが読めたものではなかった。

 書道でも習っておけば良かった。

 あんなに習い事してたのに。

 それでもサポート役としての役割だけは忘れなかった私を褒めてほしいってものだ。


 取り敢えずはっきりと覚えているのは、「攻略対象の名字は必ず3文字」「みんなイケメン」「条件クリアで解放されるキャラもいる」「告白は桜の木の下」これらがいくつかの手がかりになる。

 なんだかんだでその他にも覚えていることはあるけれど、細かなイベントなので都度対策を立てたいと思う。



「茉莉、入学式終わったよ。教室行こ」

 いつの間にか入学式も終わっていたようだ。

 にこにこしながら、真姫が私のもとへ駆け寄ってくる。


「良かった。同じクラスで。私、ちょっとドキドキしてたんだぁ」

 ホッとしたように微笑む真姫は可愛い。

 まるで天使のようだ。

 背中を見るとふわふわの翼が生えているかもしれない。


 真姫の背中をポンポン、と叩いて摩ると、「なぁに?ふざけてないで早く行くよ?」と優しい声でなだめられた。

 天使か。


「因みに…さ」と少し口籠りながら真姫が上目遣いに私を見つめる。

 なんだなんだとちょっとドキドキしながら真姫が続きを言い出すのを待っていると。


「高校でもやっぱり、私のこともう、ひめちゃん、って呼ばないの……?」

 だなんて、そこら辺の男達が聞いたら抱きしめたくなるようなことを言い出した。

 いや、私も抱きしめたくなったけれども。

 でも『ひめちゃん』呼びは小学校入学時に卒業したのだ。


 周りの子達にからかわれたからな。

『まきちゃんなのにひめ、だなんてまつりちゃんおかしい~』だってさ。

 いまなら、ほっとけ、って感じだけど。その時の真姫が顔を真っ赤にしながら周りの子達に怒っていたから、私のせいでこの子が嫌な気持ちになるようなことはしたくないなぁ、なんて子ども心に思ったのだ。

 だから、もう呼ばない。


「呼ばないよ」

 そう答えると、「そっか」と真姫はそっぽを向いてしまった。

 先に歩き出してしまったので、慌てて追いかける。

 呼びかけてもこっちを向いてくれない。

 向いてくれないけれど、歩幅は合わせてくれるので、並んで歩く。

 例え話してくれなくても、幼馴染だ。この子の隣は居心地がいい。




 因みに、私と真姫が同じクラスなのはゲームでも同じだったので驚きはしなかった。

 そして確か、1人目の攻略対象も同じクラスのはずである。

 最有力株である、『彼』だ。


 大丈夫。

 真姫はヒロインだ。

 このゲームの主人公だ。

 順調にいけば、彼女はヒロインとして幸せになれる。


 ヒロインは何をしても基本的には好感度が爆上がりする、という統計データもある(私調べ)。


 真姫のサポートをするにあたり、私は昔からひとつの作戦を思案していた。

 あらゆる乙女ゲームに共通する、攻略対象からの好印象を勝ち取るスキルであり、鉄壁の作戦。



 そう、「おもしれー女」作戦である。

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