第4話 こういうゲームはだいたい、幼馴染みの攻略対象がいるはずで



 この世界がゲームの世界だと分かれば、ひめちゃんのステータスが見れるという以外にも便利な機能はあった。

「マップ」機能だ。

 この世界のマップが見れるだけでなく、ひめちゃんを起点としているから、彼女の現在位置がすぐに特定できる。

 例えばそう、こんな風に。


「ひめちゃん、みーっけ!」

「あー、みつかっちゃったぁ」

 公園の茂みの影にしゃがみこみ、ぷくーっと頬を膨らませる姿が可愛い。


「こんどはみつからないとおもったんだけどなぁ」

「ふふふ、ひめちゃんがいるところなら、どこだって分かるのだ」

「それって、まつりちゃんがわたしの王子様だから?」


 最近、ふた言目にはそれだな。純粋な顔で聞いてくるから、今更「王子様じゃないよ」とも言えない。

「ああ、うん。そんな感じ」と適当に返しておく。


 まぁ、歳を重ねるごとにこういうのは「あ、違うやこの子は王子様じゃなくてただの幼馴染の長瀬茉莉だ」って気づく時が来るでしょう。

 それはそれで何だか哀しくはなるけれど。

 私をずっと王子様と勘違いして、攻略対象と恋愛できなくなるよりはずっといい。


 かくれんぼは飽きたので、次は砂場に行ってお城を作る。

 私はここで確認しておきたいことがあった。


 このゲームには、ファンにも一番人気で、幼馴染設定の男の子がいたはず。

 そしてその子とは、6歳のこの時点で既に出会っているはずで、とあるイベントがはやくも発生するはずなのだ。

 攻略対象の名前は分かるけど、この時点での私達はあくまで6歳で、保育園でも公園で遊ぶ子達の中でも、相手はみんな子どもの姿だ。

 ゲームにも当時の顔が描かれていなかったから、「誰がどれ」なのか私にもよく分からなかった。


 なので、本人の助けも借りていまのうちに特定しておこう、という訳だ。

 もうすぐ、あのイベントがあるはずだから。


「ひめちゃん、ひめちゃんは、保育園とかいつも遊ぶお友達のなかで、好きな子はいる?」

「んー、まつりちゃん!わたし、うわきはしないしゅぎなの!」

「むずかしい言葉を知ってるね。うーん、でも、そうじゃなくて」

「そうじゃないの?」

 あってるけどあってない。

 というか、浮気、って言葉、どこで覚えた。


「うーん、幼馴染…とか?」

「うん?」

 まだ6年しか生きていない子ども相手に幼馴染だなんて、私は何を聞いているんだろうか。

 このままでは埒が明かない。

 あ、そうだ。


「近々、引っ越す子いる?」

「あ、いる。しんくん!ほいくえんのおともだちでたまにあそんでるよ」

「もしかして、その子、苗字は『かがみ』っていう?」

「うん、たしかそうだったとおもう。いつもせんせいがおむかえのとき、『かがみしんくーん』ってよんでる」

 ビンゴ。たぶんそいつだ。


 攻略対象その1、加賀美伸。

 この世界の攻略対象には、その名前に特徴がある。


 攻略対象の名字は全て『3文字』ということだ。

 逆に言うと、それ以外の人間はみんな、苗字は3文字以外ということになり、判別がしやすい。


 そして幼少期のひめちゃんと唯一接点があるのが、この加賀美伸なのだ。


 加賀美君は、彼の引っ越し前日、近所の公園にある大きな桜の木の下にひめちゃんを呼び出し、ある約束をすることになる。

 それは、いつか必ずこの町に戻ってくること、そして大人になったら結婚すること。


 加賀美君は、それまでのお守りとして、ひめちゃんにおもちゃの指輪をプレゼントする。

 それが一種の『約束の指輪』として高校生になった時にも話題として出てくるのだ。


 加賀美君は、実に素敵な好青年に成長するのでゲームファンの間でも人気は高い。

 是非ここは強烈なインパクトを残して、素敵な想い出にしておきたい。

 6歳の男の子で、好きな女の子に指輪を渡して「絶対に迎えに来るから」って、めちゃくちゃ粋で素敵じゃないですか。


「しんくんか、私はお隣のクラスだからあんまり知らないけど、お引越しするのは寂しいね」

「うん、でもパパのてんきん、って言ってたから、しかたないよ」

 それよりお城のてっぺんどんなかたちにする?わたしがつくっていい?と聞いて来るひめちゃんの反応に、……意外とドライだな、という感想が芽生える。


 そういえば、乙女ゲームの主人公自体は誰かに依存するでも、執着するわけでもない、鈍感で素直な天然タラシの設定だった。

 彼女自身は特定の人に入れ込むことはないけれど、その優しさと真っすぐで自由なところが、周囲の心を掴んでいくのだ。


「なぁに、まつりちゃん、にやにやして」

「ううん、ひめちゃんはやっぱり素敵な女の子だなって思って」

 にへら、って笑ってそう答えると、

「うぇ?……え、えへへ~まつりちゃんにそういわれると、うれしい」

 ふにゃりととろけそうな笑顔をくれるから堪らない。

 そのほっぺたを、両手で包み込んでふにふにと弄びたい。


 ああ、駄目だ駄目だ。

 私はちゃんとひめちゃんを導かないと。


「よぅし!ひめちゃん!しんくんの為に、何かプレゼントを考えよう!」

「しんくん、どんぐりが好きだよ。そこらへんで拾えるよ」


 保育園男子の好きなものなんてそんなものか…。

「ほ、他には何かないかな?しんくんの好きなものって…」

「あ、まつぼっくりも好きだよ。いつもポケットにどんんぐりとまつぼっくりを詰めこんで、パンパンにしてるもん」


 ダンゴムシも好きだよ。

 その言葉に、私とひめちゃんもこの間、ジャングルジムから落ちた日はダンゴムシ集めてたな、と思い出す。

 この年齢の子どもってなんでそんなにダンゴムシやどんぐりが好きなんだろう。

 うーんでも、子ども時代の想い出の品としては、別にそれでいいのか。


「あっ、でもそしたらわたし、お花もあげたい!かわいいいお花!このまえ、パパとママとおにいちゃんで丘の向こうの大きな公園にピクニックに行ったとき、いっぱいあるところ見つけたの」

「ひめちゃん天才!よし!いいオンナになる第一歩だよ。しんくんが引っ越す前にお花とどんぐりとまつぼっくりを沢山拾って、プレゼントしよう!」


「わーいわーい!そしたらわたし、ママにお花があった場所聞いておくね」

「私も準備しておくね」


 丘の向こうの公園は少し深い森林もある大きめの公園だけど、ひめちゃんがピクニックでいけるレベルだからきっとふたりでも問題ないでしょう。

 それに、私は肉体年齢こそ6歳だけど、精神年齢や思考力は17歳だったあの頃の部分も持っている。

 きっとふたりでも大丈夫。

 きっと、初めての遠出だけど、きっと――。


 おやつにチョコとクッキーもっていこ。


 こうして後日、ふたりで加賀美君へのプレゼントを探しに行く約束をしたのでした。


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