第3話 乙女ゲームとは、男性キャラを手玉にとって攻略していくゲームのことである。
「おかーさん」
「なに」
「あの窓から見える木の葉っぱがぜんぶ落ちちゃったら、わたしの命も終わっちゃうのかな」
「あんたの命を削っているのはあんた自身の破天荒な行いであって、病院の庭の木は全然関係ないからあとで木に謝りなさい。ついでにお母さんの寿命は確実にあんたが削ってるわ。私にも謝りなさい」
「……ご、ごめんなさい」
ジャングルジムから落ちて数日、わたしは運び込まれた病院に入院していた。
あの日あの後、ひめちゃんが公園にいた近くのママさん達をつかまえ、わたしのところに誘導。
ママさん達は頭から血がだらだら流れて倒れているわたしの姿を見て悲鳴をあげつつも、大人として適切な対応で救急車を呼んで介抱してくれていたらしい。
まぁわたし、気を失ってて覚えていないんですが。
入院中でやることないので、いまの状況を整理する。
この世界は、乙女ゲーム『桜の誓い ―君と紡ぐ私達の物語―』の世界の中だ。
乙女ゲームといえど、昨今ではサスペンス、ホラー、推理ものと様々なジャンルが展開されるなか、敢えて学園ものの王道で勝負したこのゲーム。
シンプルな設定で初心者を含めたライト層を取り込むことに成功し、そこそこ売れたゲームだ。
わたしも生前はこのゲームで乙女ゲームの基本を学び、以降はそこから派生して他のジャンルに食指を伸ばしたクチだ。
言うまでもなく、全エンディング制覇はしている。
高校3年間で全攻略対象を落とし、卒業式の日に一番好感度が高かった人物から桜の木の下で告白されるのがこのゲームのゴールだ。
そう、乙女ゲームとは、男を手玉にとって攻略していくゲームのことである。
重要となるのは主人公である、この人物――「まつりちゃん、おみまいにきたよぉ~」と、病室の重たいドアを開けて入ってくる、わたしの幼馴染、一ノ瀬真姫、通称、ひめちゃん(6歳)だ。
本当の名前はマキなんだけど、初めて会った時、お母さんが「あら、真の姫ってかいてマキちゃんなのね。可愛いわね」とお母さん同士でお話してて、そこからわたしだけ「ひめちゃん」と呼ぶようになったのだ。
お陰でゲームの主人公だなんてこれっぽっちも気づかなかった。
わたしが呼び方変えたんだけど。
ひめちゃんはお母さんに連れられて病室に入ってくるなり、「まつりちゃん!どこかいたいところはない?ぐあいはどーお?」と聞いてくる。
毎日来てくれるのはいいけど、毎日身体の具合を聞かれるのもちょっと困ってしまう。
「まつりちゃん、それじゃあ私とまつりちゃんのママはお外でお話してくるわね。真姫、まつりちゃんに無理させちゃダメだからね」
そう念を押して病室を出ている母親達の後ろ姿を、「だいじょうぶー!」と言いつつベッドに飛び乗ったひめちゃんが言う。
いつもこのパターンだ。
このままふたりでベッドの上に座り、お話をする。
たまに、ふたりでベッドのシーツを被り、「うふふ」と笑い合って内緒話をしたりもする。
でも今日は、ここまでで少しずつ思い出していたゲームの内容を、ひめちゃんに伝えたくなった。
この世界は乙女ゲームの世界で、あなたはこのゲームの世界の主人公で、10年後には男達を手玉にとって攻略するんですよ――なんて、突拍子もないし6歳のひめちゃんに「てだまにとるってなぁに?」だなんて聞き返されてもちょっとアレだ。
子どもにイケないことを教えている気になってしまう。だから慎重にいかないと。
じっとわたしの顔を覗き込んでいるひめちゃんの両肩に手を置いて、わたしは出来る限り分かりやすい言葉で捲し立てる。
「――ひめちゃん、わたし気づいたの。ひめちゃんはこの世界のどこを探してもいない、特別な子なの。この世界はひめちゃんのために創られているといっても過言ではないわ。あなたはこの世界で唯一無二の存在、世界の中心なの」
頼むからそんな奇妙なものを見る目でわたしを見返さないでほしい。
ひめちゃんの視線が、遠慮がちに、包帯の巻かれたわたしの頭部にうつる。
頭はもう異常ないから。大丈夫だから。
そう伝えるために、にこっ、と微笑んでみる。
「えぇっと……、もし、わたしがその特別な子、だったとしたら、まつりちゃんはどうなるの?」
「え?わたし?」
ああ、なんて優しい子なんだろう。
わたしのことも考えてくれるなんて。
6歳の子どもでこんなにも目の前の他人のことを
ノーベル平和賞あたりを受賞してもいいんじゃないか。
「あのね、わたしはこの世界ではひめちゃんのサポート…えっと、助ける役なの」
「ふぅん…、それって、わたしのこと、まもってくれる王子様みたいなひとってこと?」
そうとも言えるかもしれないが、そうではないような気がする。
第一、私は王子様じゃないし。なんならお姫様になりたい。
でも6歳の子ども相手にそれらを説明するのも少し面倒だ。
「うん!そうだよ!」
取り合えず肯定しておく。
「そっかぁ!まつりちゃんが、わたしの王子様になってくれるんだ!やったぁ!やくそくだよ!」
途端に、ぱぁっと可憐な華が開いたような笑顔が広がった。
もう既にヒロイン補正凄い、いや、そもそもが可愛いんだよな、この子。
「うん、でもね、これは世界の秘密なの。だからみんなには内緒にしてほしいな」
この世界がゲームの世界で、ひめちゃんを中心に回っていること、なんとなくその特別感は伝わったはずだけれど、それは周りには言うべきことじゃない。
だから、わたしとひめちゃんだけが知っていればいい。その方が今後の連携も取りやすいし、信頼関係も構築しやすいと思うから。
「…うん、わかった、パパにもママにも、おにいちゃんにもないしょだね。……うふふ、まつりちゃんがわたしの王子様になったってことは」
なんだか少しズレて解釈している気もするけど、まあいい。
そのうちきっと分かってくれる。
わたし、長瀬茉莉は、ヒロインである一ノ瀬真姫の幼馴染で、ゲーム内では要所要所で助言する世話役だ。
それならば、「私」の目指すことは、ひとつ。
この子を一番将来有望な攻略対象とくっつける!
ゲームスタートまであと10年、できることは山ほどある。
ふと、思いついて、ひめちゃんの方を見ながら顔の前で手のひらをシュシュッと左右に動かしてみた。
出ました、ステータス。流石ゲームの世界。
半信半疑だったけど、これで確定だ。
一度割り切ってしまえばわかりやすいもんだ。
知力、体力、幸運、素早さ、筋力、メンタル、HPと一ノ瀬真姫の現在のステータス数値が表示される。
カンスト値がレベル500だったはずだから、当たり前だけど6歳の現在は1~10の値が並ぶ。
本当に生まれたてなんだなぁ、とほっこりする。
この数値を、ゲーム開始までにできるだけあげておきたい。
その為にはサポート役である私がまずはレベルを上げて導かないと。
「あ、おかーさん!」
「まつり、そろそろ面会時間も終わるから私達帰るわね」
「おかーさん!わたし、習い事したい!いっぱい!」
「はい?」
まずは、わたし、もとい、「私」、長瀬茉莉の英才教育だ。
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