第49話 私、飛べますっ!
食事を終え、食器の後片付けを終えると
ノアちゃんは一つしかない強固な扉から出て行ってしまった。
私は聞き込みを続け、脱出に使えそうな道具を探す。
みうちゃんにも少し作業を手伝ってもらい、ようやく脱出の準備が出来た。
時計は十五時を差している。長居は無用だ。
いざ、脱出の時。
私はみうちゃんに向かい合う。
「今から脱出するのは、私一人。みうちゃんは、ここに残って」
「……えっ? なんでぇ! 連れて行ってよっ……!」
みうちゃんは泣きそうな顔で
「私が……トロい子だから? だから見捨てて行くの……?」
「違うよ、ここから先は危険がいっぱいなの。もしかしたら、死んじゃうかもしれない」
「っ! ……でも……でもぉ……」
死という単語が出て、恐れを抱く。
しかし、一人残されるという不安もまた抱く。
その感情に揺さぶられ言葉が進まない様子。
「必ずみうちゃんを連れて帰るよ。それにここのみんなも必ず助ける」
「ここのみんなも?」
みうちゃんはこの言葉を聞いて、後半の言葉の意味を脳に刻むように口で繰り返す。
私のやろうとしている事は、勝手な自己正義かもしれない。
ここを出たいと望んでいる子供はいないのかも知れない。
でも、やっぱり子供を無理やり連れてきて
日の光が届かない海底の楽園で
だから私は、ここの子供を全員助け、責任を持って今後を考える。
これが、私に出来る事だ。
「だから、ね? 私を信じて」
みうちゃんの小さな手を握り、心を
幼い頬に大粒の涙がつたう。
本当は行ってほしくはないのだろう。
本音を押し殺そうとしているのが、嫌でも分かる。
それが心苦しく、胸に刺さる。
でも、行かなければいけない。
ここの私の苦渋の選択が、みんなを救う一歩になるのだ。
「うん……朔桜ちゃんを信じる……」
小さな決意に恥じぬようにしなければ。
作業をするため、みうちゃんに部屋の入り口を見張っていてもらう。
今、みんなは広場で遊んだり、芝生で昼寝をしている。
その隙に脱出口を確保するのだ。
「まずはここから」
食器棚から数本のナイフとスプーンを取り出した。これは工具として使う。
そして壊すのは、ロート状のゴミ箱だ。
素材はおそらくアルミ。ナイフでならどうにか壊せるはず。
根元にしゃがみ込み、接合部を確認。使わない食器を床に置く。
ナイフで一か所を限界まで削る。
そして、ナイフ先端を下に向け握り、ロートの根元に勢いよく振り下ろす。
ゴンと軽い音を響かせ、ナイフが根元に突き刺さった。
「よし!」
最初の難関はクリア。
思い通りに出来た事が嬉しくて思わず声が出る。
同様に全体の根元をぐるっと一周穴を空け、穴にスプーンをねじ込む。
てこの原理を利用し、小さな穴を広げていく。
地道に格闘する事数十分。
ロート状のゴミ箱はぐらぐら揺れるほどに不安定になってきた。
壁に足を掛け、
すると、ゴミ箱は床から
床には、人一人が入れるほどの、穴が開いた。
思った通り。ゴミ箱の下は、空洞になっている。
石を投げ入れた時、全く音がしなかったから
相当深い縦穴なのだろうと思っていたが、予想以上に深くて下が見えない。
ここからならDr.Jとノアちゃんに気づかれず、楽園から脱出ができる
ネジ切ったアルミの鋭いバリを、鉄のバットで叩いて
これで脱出口は確保できた。
次は安全確保だ。
ティッシュやトイレットペーパーを広げて穴に投げ込む。
その後に寝具なども拝借して穴に押し込んだ。
「ごめんね……」
子供たちにとって思い出の詰まった物もあったかもしれない。
申し訳ない気持ちでいっぱいだが、ここから下の高さが分からない以上
そのまま降りるわけにはいかない。
最悪、鉄片で串刺しなんて事もありうる。
その可能性を少しでも下げるための予防線だ。
あらかじめ、なわとびを何本も結んで、即席のロープを作っておいた。
二十メートルくらいあるだろうか。
これを一番立派な食卓机の脚に固く結ぶ。
そして反対のロープに荷物を沢山入れたバッグを
バッグは闇に呑まれ、ロープはバックの重みで一度張り、反動で緩み、そしてまた張る。
少し引っ張ってみるが、ロープは重い。よし、バッグは外れていない。
それになわとびも解けておらず、耐久性も大丈夫みたいだ。
じゃあ、最後の仕上げ。
かなり危険な作業なので、もう一度子供が全員外にいる事を確認。
最後にみうちゃんも外に出した。
「待っててね」
「うん……待ってる」
その返事を噛み締めながら、部屋の入り口を閉じる。
ドアの隙間にボンドやのり、接着剤を雑に塗り付ける。
定番の
机や椅子を入り口に押し付けて子供たちが部屋に入れないようにする
簡易的なバリケードの完成だ。
ノアちゃんやロボットはともかく、子供の力ではこれは簡単には通れないだろう。
キッチンのシンクからバケツいっぱいの水風船を取り出す。
そして、冷蔵庫や電子レンジなど電化製品のコンセントを少し緩ませた。
あらかじめ、懐中電灯を付けて、テープで腕に巻きつけておく。
覚悟は決まった。作戦開始だ。
水がたくさん入って歪な形になった色とりどりの水風船を手に取り
電化製品のコードが密集している場所に投げた。
水風船がパンと弾け、水が飛び散る。蛍光灯が少しチカチカを点滅したが、まだだ。
続けて様々な形と色の水風船をコンセントに投げるとバチンと大きな火花が散った。
途端、部屋は懐中電灯の明かりを残し、暗転。
「よし!」
コンセントから大量の水が伝って
この部屋では確認する事ができなかったが
丁寧な作りだったため、どこかにちゃんとブレーカーがあると踏んだ。
私の予想は当たったみたいだ。電気は全てこの一箇所から担っていたらしい。
外の子供たちの悲鳴が聞こえてくる。
私は明かりを頼りに、ロープを伝い穴の奥に入る。
結び目を足場にして、手と足を引っ掛けて少しずつ、少しずつと降りていく。
「ひぃ~~揺れるぅ~~」
下に降りるにつれて、重心が下がり
怯えている時間は無い。恐怖を押し殺し、不安定な環境で移動し続ける。
そして、やっと足に柔らかい感触が当たった。
その正体は、
右のズボンのポケットからはさみを取り出し、バッグの結び目を切る。
バッグは落ち、かすかに下から音がした。
地面が近いのだろうか。今度は左のズボンのポケットから
カラフルに光るスーパーボールのおもちゃのスイッチを入れ、下に落とす。
なにかに弾かれる事もなく、転がる事もなく、遥か下の所で止まっている。
おそらく、あそこが一番下なのだろう。
「ひぃ~~高ぁ~~い~~」
五十、いや、七十メートルくらいあるだろうか。
正直怖い。何かで読んだが、五十メートル以上からの落下は、ほぼデッドラインらしい。
でも迷っている時間は無い。早くしなければ、すぐにノアちゃんに追いつかれてしまう。
そうしたら、なにもかも終わりだ。
ロードもみうちゃんも子供たちも、何も救えない。
そんなのは嫌だ。
「必殺っ……朔桜ジャ―――――ンプ!!!」
私は、ロードが術を使う真似をしたつもりで
勢い良く、一点の光目指して飛び降りたのだった。
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