第48話 偵察とご馳走
掛け時計の時刻はもう十二時。施設を離れてから三時間が経った。
ここで働く覚悟が決まったなんていうのは真っ赤な嘘だ。
絶対にここから脱出する。
今日中に帰らなければ
警察沙汰になるのはできれば避けたい。
ステンと戦った時、山がめちゃくちゃになり、それはそれは大きなニュースになった。
一夜にして“大量資源泥棒”やら“宇宙人の偵察”やらたくさんの
一部では“人魔戦争”の再来などと言われており
過去の事件以来、魔人や魔物を憎む人も少なくないらしい。
今回起きた襲撃騒動でロードが魔人だとバレたら政府が何をしてくるか分からない。
ロードと人間の戦いになってしまう可能性だってある。私はそんな事してほしくない。
それ故に、できるだけ私たちの手で密に解決したいのだ。
とにかく、今はここから脱出する事が最優先。
広場を隅々まで歩き回り、何か脱出の手立てはないか探す。
幸いな事に監視カメラなどは、広場にも部屋にも付いていなかった。
絶対に逃げられない自信があるのか。
子供たちのプライベートを配慮しての事なのか。
まあ、存分に調べさせてもらおう。
広場全体は手作り感満載という感じだ。所々の細かな場所に歪さを感じる。
壁は、頑丈な鋼鉄で覆われており、穴を空ける事は不可能。
天井も高く、どう頑張っても届きそうにない。
そこらに転がっていた砂遊び用のシャベルを借りて、土や人工芝を数十センチ掘ると
その下は壁と同じ素材の硬い床だった。
広場の上下左右どこにも脱出の糸口は掴めない。
次に部屋に戻り室内を調べる。
部屋は本格的に作られており、高級住宅並みの設計だ。
天井も高く、広さを感じ、部屋の間取りもとても良い。
しかし、隅々まで調べていると、気になった事が二つ。
一つは、家電の電源コードが全て一箇所にまとめてある事。
もう一つは、部屋の隅にポツンと、後付けされたであろう
子供たちの背より少し大きいくらいのロート状の置物だ。
広いリビングとたくさんの小部屋があるのに
コンセントがある場所がリビングの一箇所しかない。
おそらく、この部屋全ての電気をあそこから配電しているのだろう。
たまたま、絵本を本棚から取り替えに戻ったであろう
片手に本を持ったおかっぱ髪の女の子が目の前を横切る。
声を掛け、部屋の隅にあるロート状の物について尋ねてみる。
「ねえねえ、あれってなあに?」
「あれはねーごみばこ!」
予想外の回答が返ってきた。
「ゴミ箱なの? どうやって使うの?」
「んーとね、これをこうして……」
女の子は近くにあったティッシュを何枚か取り出し、くしゃくしゃに丸め、投げ入れる。
「ね? つかいかたわかった?」
「うん、わかった! 教えてくれてありがとね」
お礼を言うと女の子は、パタパタと広場に駆けていった。
それを見届けた後、広場から丸めの小石を拾ってくる。
手近な椅子を台代わりにして、穴の大きさを覗く。
大体お皿一枚分くらいだろうか。子供が間違って落ちてしまうほどの大きさではない。
小石をゴミ箱に投げ入れると、カラカラと音をたて、コロコロと穴に呑まれていった。
石の落ちた音はしない。相当な深さがあるみたいだ。
少し様子を見ていると、みんな小さいゴミは玉入れの様に投げ入れて
大きなゴミはゴミ箱の近くのシェルターの中に入れているようだ。
周囲の物や今の状況を整理し考える。
よし、大体の脱出方法は決まった。
後は成功率を上げるため、細かいところを詰めていこう。
こうして、私は初日で脱獄計画を立てた。
遊び道具で脱出に使える物はないか
子供たちは遊ぶのを止め、ゾロゾロとリビングに集まる。
すぐに漁るのを中断し、椅子に腰掛ける。決して怪しまれてはいけない。
現れたのはエプロン姿のノアちゃん。
儚く白い肌に蒼白の髪。
ピンクの花柄のエプロンがマッチしていてとても可愛らしい姿だ。
「お昼ご飯の時間だよ?」
子供たちは元気に返事をするとみんなすぐに手を洗い
手際良く棚から様々な食器を取っていく。
しかし、妙だ。彼女は昼食を持って来た様子はない。
冷蔵庫には小さなお菓子や飲み物、アイスなどしか入っていなかったはず。
「お姉ちゃんはここね」
「う……うん、ありがと」
お皿と箸、スプーン、フォークが二セット入った入れ物がある席に
私とみうちゃん隣同士の席に案内してもらう。
全員が行儀良く椅子に座る。
子供たち全員で四十人くらいだろうか。
みんなが見渡せる位置で全員座ったのを確認したノアちゃんは突然、
私は自分の目を疑う。子供たちは動じる事もなく普通にしているが
隣のみうちゃんも私と同様に、困惑しているようだ。
見間違いではない。本当に四人に分身したのだ。
各テーブルに分かれたノアたちは、手前の子供から順に、食べたいものを聞いていく。
「何が食べたい?」
「んーと、とろとろのオムライス!」
「何が食べたい?」
「カレー! 甘いの!」
「何が食べたい?」
「すしセット! わさび抜き!」
「何が食べたい?」
「とんこつラーメン! チャーシュー、のり増量、味タマ乗せ!」
ノアたちはお皿の前に右手を出すと、一瞬でリクエストされた食べ物を出す。
なんて便利な能力だ……。食費ゼロで、作る手間も無いなんて、主婦の味方すぎる……。
その後も、どんどんとリクエストに応えていき、ついに私の前に来る。
「それが、あなたの宝具の力?」
「私が宝具だってDrに聞いたのね。そうだよ?
【
宝具というものはそんなに便利なものまであるのか。
「で? あなたは何にするの?」
早くしてと急かさんばかりの目で、こちらに圧をかけてきているのが分かる。
「えっと……じゃあステーキで……」
「任せて?」
一つ返事の後、一瞬にして用意していた大きなお皿の上に熱々の大きなステーキが現れた。
「あなたは?」
「えっと……」
なにを食べたいか決まっていなかったのか、ノアちゃんと話すのに緊張しているのか
ノアちゃんの問いに戸惑っている。
他の列のノアちゃんたちは、後ろまで注文を取り終え、前に戻って行っている。
私たちの列だけはまだ半分ほどだ。
その焦りもあってか、みうちゃんはなかなか注文を言い出せない。
見かねた私はみうちゃんに助言しようとすると、ノアちゃんが
私の口を
「決まった? あなたの食べたい物?」
返事が遅い事への怒りの感情などは一切無く
私の時とはうってかわって、ノアちゃんは優しい声色で再び尋ねた。
その様子を周囲の子供たちは怒りもせず、騒ぎもせず、
「お……」
「お?」
「お蕎麦……」
みうちゃんがひとつの単語を発した瞬間、一斉に弾けんばかりの拍手が巻き起こった。
「よく言えたね!」
「やるじゃん!」
周りに座っていた子供たちは次々とみうちゃんに激励の言葉を掛ける。
その場の様子に私達は驚く。
こんなにも優しい世界があるのかと。
一瞬、ほんとにここは楽園なのかもしれないと思ってしまった。
「一人で決められて偉いよ?」
優しい言葉を掛けられ、感情が高まったみうちゃんは静かに泣き出す。
ノアちゃんはそんな彼女の頭を優しく撫でた。
余談だけど、ノアちゃんの出したステーキはミディアムのほど良い焼き加減。
ジューシー柔らかく肉汁があふれ出す美味しいお肉。
数種類の調味料が調和よくブレンドされた、甘辛いタレの上品な味付け。
それはそれは、最高の味だった。
ほっぺたが落ちるほどに私の味覚を刺激したのだった。
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