第47話 楽園

扉の先は子供たちが自由に遊ぶ大きな幼稚園のような場所。

幼い男女がそれぞれ好きな事をして遊んでいる。

子供たちは皆、遊びに夢中で私に気付く様子はない。

遊具の陰に隠れつつ、周囲をくまなく見渡すと、広場の奥に部屋を見つけた。

子供たちに気づかれないように、こっそりと忍び足で入ってみる。


「お邪魔しま~す……」


声のトーンを潜めながらも、一応挨拶しておく。

中は大きな長い机と沢山の椅子が並んでいる。

キッチンリビングだろうか。どれも綺麗で新しい。

台所もや食器棚、冷蔵庫もちゃんと置いてあるようだ。

その更に奥にいくつかの部屋があり、一つの部屋に二段ベッドが二組、計四つのベッドがある。

ここがさっきの子供達の暮らす寝室だろう。生活様式は一通り揃っており、清潔に保たれていた。

部屋の隅にある新しめの漫画や絵本が入った本棚と壁の隙間から、小さな足先が見えている。

恐る恐る覗くと、身体を丸めて顔を伏せ塞ぎ込んだダンゴムシの様な子供がいた。

この格好は何度も見た事がある。


「アルマジロさん、みっーけ」


驚かせないようささやくような声のボリュームで声をかけると

私の声にビクッと身を震わせ反応し、ゆっくりと顔を上げる。

茶色のショートヘアと緑のまん丸い眼が見え、確信した。


「みうちゃん、迎えに来たよ」


私と目が合うと、翡翠ひすいひとみは潤み、大量の涙を流す。


「朔桜お姉ちゃんっっ!!」


涙でぐしゃぐしゃになりながら、本棚と壁の隙間から跳ねるようにして

私の胸に飛び込んできてくれた。


「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だよ。一緒にお家に帰ろうね」


壊れ物を扱うように優しく抱きしめ、彼女が落ち着くまで頭を撫で続けた。


数分後、落ち着きを取り戻した彼女に話を聞き、状況の説明と整理をする。

みうちゃんはやはり、逃げた一機のロボットにさらわれていたらしい。

そしてロボットから出されてすぐにノアちゃんが来て、ここに連れて来られたみたいだ。

かくいう私も同じように捕まってしまったけど……。

ロードは無事だろうか。まさか彼が人工宝具とはいえ、少女に相手に負けるとは思えない。


「とりあえず、みうちゃん! ここから脱出しよう!」


閉めていたドアを開けると、いつの間にか遊んでいた子供たちが帰ってきており

私たちの話を扉の裏で盗み聞きしていた。

急にドアを開けた事で聞き耳を立てていた男の子たちが、なだれのように床に倒れる。


「いってて~」


「だからやめなって言ったのに」


それぞれに子供たちが騒ぎ出す。

そんな中、みうちゃんより年上で黒髪ロングが糸のように細く

サラサラで綺麗な中学生くらい女の子が不思議そうに尋ねて来る。


「お姉さんたちこの楽園プレイルームから出たいの?」


「プレイルーム?」


「この場所の名前だよ。楽園と書いてプレイルーム」


ああ、そういえばさっきDrが言ってたっけ。


「ここは最高だぜ? 神願しんがんさえすれば、毎日遊んでいられるし、毎日好きなものも食べ放題だしな!」


元気が有り余っていそうな男の子も熱弁してくる。

それに気になる単語も出てきた。


「その神願ってなぁに?」


「神願は神願だよ! その名の通り、自分の願いを神様に願うんだよ」


「そうするとみんなの願いを叶えてくれるの?」


「そうだよ! 神様の代わりに、ドクターがなんでも叶えてくれるんだ!」


私は子供たちの言葉に首を傾げる。

そんな都合の良い事があるのだろうか。

何か特殊な力を使っているのではないかと。


「僕はね、生まれつき全く無かった手の感覚をみんなと同じに治してくれたんだよ!」


「私なんて、見えなかった目を見えるようにしてくれたんだよ!」


「僕たちがお姉ちゃんたちの願いを叶えてくれるようにお願いしてあげるよ!

ドクターなら何でも聞いてくれるから!」


確かに、子供からすればここは楽園だろう。

遊ぶには下手な公園よりも遥かにいい設備だし遊び道具も揃っていて

好きな食べ物も出してくれて、願いもなんでも叶えてくれる。

しかし、これは間違っている。

子供をさらい、閉じ込めるのは犯罪。

ここはだ。


「ごめんね、それでも……私たちは帰るよ」


「どうして?」


再び、黒髪の女の子が落ち着いて……というより冷めたような目で見つめ、問いかけてくる。


「待っている人が居るから。あなたたちもいるでしょ?」


その言葉に子供たちは目を伏せ、黙ってしまう。


「私たち不幸者は、外に待っている人なんて居ない」


ねたように黒髪の女の子は言葉を吐き捨てる。


「そんな事ないよ。あなた達の両親も、あなた達をきっと待ってる」


「それはないよ。だって私達はみんな、愛されていないから」


「……愛されていない?」


「そうだよ。ここに居るのは、産まれつき障害を持っていて捨てられたり

施設でいじめられたり、親に虐待されていた子がほとんど。

だから、私たちが帰ったところで居場所なんて何処にも無いの」


「確かに……外に出ても……いじめられるし……」


「親に叩かれるし……」


子供たちはそれぞれに不満を口にする。

どうすればいいのだろう。

みうちゃんは帰るのを望んでいるにしても、この子たちは外に出るのを拒否している。

子供とはいえその意見を尊重するべきだろうか。

それとも子供だからという理由で、やっと見つけた自分の居場所を奪ってでも

外の世界に連れ出すべきだろうか?

正解が分からない。そもそもこの決断に正解があるのだろうか?

迷っているとスピーカーがブツリと鳴り、男の声が聞こえる。


「いひひひひ、聞こえているかな? 桜髪の君」


「聞こえてますよー」


「たった今、ロード・フォン・ディオスはノアに敗北した」


「えっ……」


一瞬時が止まる。

今、何と言った? ロードが負けた? あれほどの力を持つ彼が?

背中を冷たい汗が流れる。


「お姉ちゃん……?」


みうちゃんが呆然あぜんとしていた私の顔を不安そうに見上げていた。


「だっ大丈夫、心配しないで」


心臓の鼓動が身体を伝い耳から聞こえてくる。激しく動揺しているのが自分でもわかる。

大きく深呼吸し、空調を調整されたこの部屋の空気を大きく吸い込み、深く吐き出した。

冷たい空気が循環じゅんかんしオーバーヒートした脳を冷やす。

冷静にドクターと名乗る男に問いかける。


「ロードは……無事なの?」


「もちろん。貴重な魔人の素体だ。今は深く眠って貰っているがね」


生きているという事を知り一安心。


「仲間がやられたのに随分と落ち着いているね。

もうここで働く覚悟が決まったのかな? いひひひひ」


「ここの子供たちはみんな良い子たちだし、それもいいかなって思ってきたよ」


「そうかい、そうかい。それはいい事だ。

では、今日は一日そこで子供達と親交を深めてくれたまえ、いひひひひひひ」


そのままスピーカーはブツリと切れる。

私たちが甘かった。相手を軽視していた。

ロードがいればなんとかしてくれる、宝具でアシストだけすればいいと

完全に頼りきりだった事を反省する。

あの日公園で助けて以来、命を救ってくれた。

大切な友達を、暗闇から助けてくれた。

私の住む街や人々を、全力で守ってくれた。

施設の子供たちも、すかさず助けてくれた。

だから今度は、私が助ける番だ。

待ってて、ロード。私、どうにか頑張るからっ!

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