第45話 願いの結晶

大量の血が黒鴉の衣を伝い地に落ちる。足下は血の海。

鉄の塊に変化していたノアは変化を解くと、その身は鮮血で真っ赤に染まっていた。

ノアが刺さった大バサミを引き抜くと、ロードはそのまま地面に倒れ込む。


「大事な素体なんだから殺しちゃダメって言われたでしょ? ノア?」


手に持ちながら説教すると、大バサミ変化していたノアも

足全体が血に塗れた姿に戻りすまなそうにしている。


「ごめんなさい……あっ! でも大丈夫そうじゃない? ノア?」


「本当だ、大丈夫そうね?ノア?」


ロードは咳き込み血を吐く散らす。

こんな重傷ここ最近では記憶にない。

だが、はさみは急所には入っていなかったようで、辛うじて意識がある。

それを見下ろして頭の先できゃっきゃと騒ぐノア達。

虚ろな目から一転。

一人のノアを血走った形相でにらみ付けた。


風握―縮ふうあく しゅく!!!」


ロードが右手を開いて突き出すと、風が足だけ血にまみれたノアを囲んで捕らえる。

ゆっくりと手を閉じていくとバキバキと骨が砕ける鈍い音をたてながら

ノアの小さな身体に怒りを込め、小さく圧縮。


「本体は……最初から居たてめぇだろ……。お前が死ねば分身も消える……」


朦朧もうろうとした意識の中、ノアを潰す事に意識を集中する。


隙間なく手を握りきり、風握を解く。


ノアは凝縮された指先ほどの黒い塊となり、カツンと音をたて地面に落ちた。

しかし、鉄に変化した全身血にまみれたノアは健在。


「残念? ノアはノアだよ?」


「お前が本体だったって事か……」


「違う、違う。【最高の親友ベストフレンド】はどっちもノア。どっちも本物だよ?」


「ベストフレンドねぇ……。そのお友達は……カチカチの肉塊になっちまったぜ?」


苦し紛れな笑みを浮べながらノアの表情を窺う。

しかし、何を言っているんだ? と言わんばかりのキョトンとした顔でこちらを見る。


「肉塊? なってないよ?」


その言葉を聞き、塊に目を向ける。

するとその塊はもぞもぞと動き出す。

目の前を歩くのは黒い斑模様の貝殻に入った一匹のヤドカリ。

ヤドカリはみるみる大きくなり、白い布が貝殻の隙間から出てくると

全体を囲い一瞬にして最初の少女の姿に戻る。


「んなばかな……」


ノアの能力の前にロードの思考が止まる。


「ノアは人の願いの結晶だよ?」


「人の……願い…だぁ……?」


「そう。独りぼっちの子が友達が欲しいと心から願った。

その願いから生まれたのが【最高の親友】

いくらでも自分の分身ができる力。


心を閉ざした子が変わりたいと心から願った。

その願いから生まれたのが【変身メタモルフォーゼ

見たものと同じものに変化できる力。


生まれつき目が見えない子が世界を見たいと心から願った。

その願いから生まれたのが【鵜の目鷹の目鳥の目

鳥のように遠くのはっきりと見え、素早いものも捉えられる力。


生まれつき触覚が鈍い子が感覚を知りたいと心から願った。

その願いから生まれたのが【敏感感覚ブラインドタッチ

触覚が常人の二十倍になる力だよ?」


「それじゃ……まるでじゃねえか……」


その言葉に反応しスピーカーから高らかな笑い声が流れる。


「いひひひひひ! その通り! ノアは人の願いが創り出した五つの宝具の集まり。

! それを私は人身でありながらこの手で造り出す事に成功した!」


「バカな……神の概念である宝具を造り出した……だと……?」


「いひひ、最初に言ったでしょう? 私は創世神に近づいた男だと。

ノア、早くその素体を手術室に運んで来なさい」


「いいよ?」


「いいよ?」


「最高の親友はもういいから、早く解除しなさい」


「しょうがないね、ノア?」


「そうだね。ノア?」


二人はお互いに両手を合わせると一つの体に戻った。


倒すなら今だ。長ったらしい会話のどさくさに紛れて火の術で腹の傷を塞ぎ、出血は止めておいた。

クラブと違いノアには魔術の攻撃は通る。

ただ、攻撃を見切る力と、変化の能力が厄介なだけ。

ならば、避けれないほどのでかい術を使えばいい。


爆雷―鈴鯨ばくらい りんげい!!」


お腹の下に黒い溝ができた大きな黄金色の鯨が堂々と宙を泳ぐ。


「クジラさん?」


鯨がなんでこんなところにいるのか不思議そうな表情で見上げるノア。

鈴鯨のお腹の溝から高い鈴の音色が鳴り響く。


「消え果てろ! 人工宝具!」


音に触発され、鈴鯨は大爆発。

超高密度の電撃がフロア全体を埋め尽くす。

ロードは防御魔術で完全に防ぎきった。

辺りを見渡してもノアの姿は見えない。


「やったか……?」


フラフラになりながら、無意識で戦闘中に絶対言ってはいけないセリフを言ってしまう。


「残念。やってないよ?」


地面に張り付く薄っぺらい何かは言葉を話す。

それを怪訝けげんな目で見ているとパタパタと空を飛ぶ。


「これはシビレエイ。変化できる中で一番耐電性あると思ったけど、気絶しそうなほど痛かったよ?」


「そうか……なら刻んで今晩のさかなにしてやる」


フラフラと立ち上がり、懐から千剣蛇の口から吐き出された剣を取り出す。


「変化―イソギンチャク」


ノアは瞬時に姿を変える。

鮮やかなピンク色のイソギンチャクに変わり大量の触手攻撃。

それを綺麗な一刀でなぎ払い、本体へ一閃。

その瞬間、蟹に変化し硬い殻で身を守り剣をへし折った。

もう術を出し惜しんではいられない。相手が強くなる前にケリを着ければいいことだ。


剛雷拳ごうらいけん兜割かぶとわり!」


雷を纏った拳で剣を折るほど硬い蟹の甲羅を軽々と叩き割った。

しかし、甲羅の中から出てきたのはびっしりと詰まった黒い棘の塊。

風の力で手をギリギリのところで寸止めた。殻の中は大量の棘がうごめいている。


「風壁!」


危険を察し、すぐに防壁を張る。

予想通り四方八方に針棘は発射され、風壁に触れた途端次々と爆発。

何度も何度も爆発し、辺りは爆煙に包まれ、周囲はなにも見えなくなった。

煙が晴れるまでじっとしていると、急激煙の流れがに変わった。

なにか来る。


ドン、と真上から巨大な鮫が風壁に噛り付く。

しかし、そんなものでは風壁はびくともしない。

口の奥に狙いを定め、爆雷を放とうとした。


「残念。ノア達の勝ちだよ?」


巨大鮫の口の中から現れたノア。

一人が変化し、もう一人は口の中に隠れていやがった。

ノアは俺の姿に変化し、魔術を唱える。


「剛雷拳―兜割?」


風壁は一撃で硝子のように粉々に砕かれる。


「おいおい……上級魔術まで真似できるのかよ……」


「残念。あなたの負け、だよ?」


「ちく……しょう……」


最後の抵抗虚しく、世界はゆっくりとコマ送りのように時を刻む。

敗北という現実を突き付けるかのように。

ロードは巨大鮫の真っ暗な大口に静かに飲み込まれてしまうのだった。

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