人知の興は禁忌の罪

第37話 まちかぜ園と子供たち

雲一つ無く、良く晴れた六月の上旬。

汗ばむ陽気に照らされながら、元気な男の子の声がフェンスに囲まれた運動場に響く。


「いくよー!」


男の子の掛け声の後に、大きく腕を振り放たれたボールは

バシンと良い音をたてて私のミットに収まった。


「ナイスボールだよ! ゆうきくん!」


子供に負けない大きな声で投げた子を褒めながら

下投げでボールを返す私こと並木朔桜なみきさくら

絶賛、炎天下のキャッチボールの真っ最中だ。


「ねぇ、そろそろ遊んでー」


「ボクも、ボクも~」


周囲にいた数人の男女の子供たちが、こぞって私のもとに集まる。

子供の小さな目線に合わせしゃがみ込み、笑顔で一人一人丁寧に会話し、遊ぶ順番を決めていく。

数人と一緒にトランプをし、女の子たちとおままごとをした後、みんなに絵本を読み聞かせた。

子供たちは遊び疲れ、昼過ぎには全員電池が切れたようにぐっすりと眠ってしまった。

木製の椅子に腰掛け、子供たちの寝顔を優しい顔で見つめていると

トレーに冷えた紅茶と小瓶を載せた女性が対面の椅子に座る。


「疲れたでしょ? どうぞ」


紅茶とシロップの入った小瓶を私の前に置いた後

机の真ん中にあったお菓子入れを私の方に寄せる。

中には、クッキーや飴、チョコレートなど色々入っていた。


「ありがとうございます! 頂きますね」


お礼を言い、紅茶にシロップを少し足す。

カップを持つと、ひんやりしていて気持ちが良い。

ゆっくり口を付け、気持ち静かに飲む。

暑くて疲れていた身体に、冷たくて甘い紅茶がとても染みる。

お菓子を物色し、美味しそうなクッキーを頬ばる。

サクサクして美味しく、この紅茶の味に合う。


「どう? 気に入って貰えたかしら?」


美味しそうに食べる私を笑顔で見つめながら優しい声色で話掛けてくる。


「はい! とっても美味しいです!」


「そう? それはよかった」


朔桜が口を付けた後、台所から自分の分を用意して向かい合って座る。


「毎回、子供たちの相手をしてくれてありがとね。本当に助かるわ」


「そんな、お手伝いになっていれば良かったです」


ここは自宅からバスで二十分ほどの場所にある児童養護施設。“まちかぜ園”。

身寄りの無い男女の子供三十四人が共同で生活している。

産まれつき障害があり、親から捨てられた子や、家庭の事情で預けられた子など理由は様々だ。

でも、みんな礼儀正しくとても元気で明るい良い子たちばっかり。

それもここの保母をやっている 待風まちかぜ 詩織しおりさんのおかげだろう。

年齢は二十代後半ぐらいだろうか。

とても優しい母性の塊のような性格で

見た目もとっても美人な綺麗な黒髪ロングの女性。

そして今はここまちかぜ園の保母さんだ。

今は、というのは以前の保母である 待風 こうさんが

不幸な事故で亡くなり、娘の詩織さんがまちかぜ園の保母を引き継いだ。

香さんは私のおばあちゃんの知り合いで、私とおばあちゃんが二人で暮らしていた時から

良く気にかけてくれていた。

おばあちゃんが亡くなった後、天涯孤独てんがいこどくの私に

ここに来ないかと声をかけてくれたが、私は今の家で一人で暮らす事を頑なに譲らなかった。

それはいつか母が帰って来て、一緒に暮らす家を守りたかったからかもしれない。

お葬式の進行や家に住む手続きなど諸々をまだ中学生だった私の代わりに

全てしてくれたおかげで、私は今の家に住む事が出来ている。

私は香さんから受けた恩を、子供たちの面倒を見たり、

買い物を手伝ったりして少しずつ、少しずつと返しているのだ。

詩織さんと他愛もない雑談や子供たちの話をしていると一人の女の子が起きてきた。


「あっ、おはよ。みうちゃん」


「お……おはよ……」


自分の顔が隠れるくらいの大きさの熊のぬいぐるみを顔の前に出して後ろに隠してしまう。

か細く今にも消えてしまいそうなほど、小さな声で喋るこの子は蓮木れんぎ みうちゃん。

七歳くらいで、容姿は茶髪のショートカットで緑の真ん丸い目をしている。

少し引っ込み思案な性格で、活発な物事に積極的ではなく、

いつも本を読んだり、一人で人形遊びをしている内気な子だ。


「良く眠れた?」


椅子から降り、みうちゃんの目線に合わせる。

でも、みうちゃんはそれに警戒して、その場でダンゴムシのように丸くなる。


「こら、みう。アルマジロさん禁止って言ったでしょ!」


少し強い口調で詩織さんが注意すると、バツが悪そうに脱兎だっとのごとく

自分の部屋の方に走り去ってしまった。


「ごめんなさいね。あの子、ここに来てからずっとあんな感じなのよ……」


詩織さんも少し困り気味な様子。

少し気にはなったけど、あまり他所の事情には軽々しく首を突っ込まないようにしている。


あっという間に時間は過ぎ、気がつくと日は暮れ。

ゆらゆらと橙色の夕日が山に隠れようとしている。


「そろそろ夕飯の準備しなくちゃ」


時計を確認して立ち上がる。


「良かったら、ここで食べていく?」


有難ありがたいお誘いだけど私だけご相伴しょうばんに預かるわけにはいかない。


「いえ、待ってる人がいるので」


そう言うと詩織さんは、探るような目で私の体を見つめる。

私は自分が言った言葉を脳内で繰り返し、口を滑らせた事に気がついた。


「はは~ん。もしかして彼氏?」


詩織さんがジト目で白状しろと言わんばかりの顔をして迫ってくる。

しかし、それは間違いだ。


「違いますよぉ~」


「じゃあ友達?」


その言葉に首を傾げる。


「友達……でもないかも」


「じゃあなによ、もしかして怪しいおじさんとか言わないでよ……?」


詩織さんは変な事をしているんじゃないかといぶかしげな目で見てくる。


「それはないです!」


そこはハッキリと断言する。


「しいて言えば……」


「しいて言えば??」


「……ペット?」


「あはは! なら仕方ない! 早く餌あげてらっしゃい!」


ロードとの関係をなんと言えばいいか分からないので、

とりあえずはペットという事にしておいた。


「お菓子と紅茶ごちそうさまでした! また来ます!」


「うん! 今日はありがと。あ、そうだ。

物騒な話、最近、近所で誘拐事件が頻発しているらしいから、気をつけて帰ってね」


そう忠告された私は気を引き締めつつ、寝ている子たちが目を覚ます前に、養護施設を後にする。


激安スーパーや八百屋さんを巡り

両手いっぱいの食材を買って帰路に着くのだった。

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