第35話 万裂の鬼神 八雷神 クリムゾン
深夜の静まり返った森を明るい月が照らす。
ロードとステンは互いに睨み合う。
「決着をつけるか……いいだろう。見るがいい、地の“
ロードの言葉を聞いて覚悟したステンは、最後の魔術を唱える。
「
大きな揺れとともにステンの周囲の地面が、大きな海の様に液状化していく。
足を取られる前に飛翔で宙に飛び上がり、後ろの朔桜とティナを雑に抱え上げた。
上空から周囲を見渡すと、異常な光景が目に入る。
木々や岩、そして“破壊像”アルシャヴィキーラまでもがゆっくりと地面に飲み込まれてゆく。
魔術を唱えたステン本人までも。
そして、辺りのあらゆるものを呑み込んだ。
一帯はまるで海のような更地と化した。
しかし、液状化は
どんどん広域に広がってゆく。
「なんだこりゃ」
ロードも見た事の無い魔術に困惑していると
全方位からステンの声が笑い声が
「この山一帯は、もう私の体の一部であり、
地面が大きく振動し、地中から巨大な大地の手。
無数の大槍や長い大鞭。
ごつい大砲が地を覆い尽くす。
まさに天変地異だ。
「さあ、決着をつけようか!」
ステンの一声とともに大量の攻撃がロードたちを襲う。
「そいつを離さず、俺に強く捕まってろ!」
「う…うんっ!」
朔桜は片手でティナを抱え、片手でロードを掴む。
ロードは球体の風壁を張り、空中を自在に飛び回り回避。
大砲の砲弾や大槍の雨も風と雷の魔術を駆使して全て防いでゆく。
しかし、そんな最中にも、ステンと同化する液状化の魔術範囲は広がってゆく。
「これじゃ
ロードは液状化していない遠くの山まで急いで後退。
森の開けた所に二人を降ろす。
「ここで待ってろ、終わらせてくる」
すぐに背を向け、再度ステンのところに向かおうとするが
小さく華奢な手が裾を強く握り、引き止めた。
「私も行く」
「ダメだ。残れ、死ぬぞ」
「ロードには私の力が必要なはずだよ」
曇りの一切ない吸い込まれてしまいそうな綺麗な紫色の瞳で、ロードの目を見つめる。
以前は下級魔物相手に
あの時と、まるで別人のようだ。
今対峙している敵は、あの魔物と比べものにならないほど強い。
そんな敵の前に行くなんて底知れぬバカなのか。
それとも別格の度胸なのか。面白いじゃないか。
ロードは笑みを浮かべる。
「ああ、行くぞ。朔桜」
朔桜は背を向け合図したロードの背中に飛び乗り、首に手を回す。
「
ロードは朔桜がしっかり掴まったのを確認してから飛翔で飛び立つ。
大地の液状化は更に進んでおり、後退した所のすぐ側まで来ていた。
「戻ってきたんですね。また逃げたのかと思いましたよ」
「お前ごとき雑魚から逃げるわけないだろ?」
お互いに軽口を叩く。
「そんな荷物を背負って私と戦おうとは……身の程を知りなさい」
「その荷物に後生大事にしていた宝具を壊された間抜けはどこのどいつだ?」
その言葉が
ロードは素早く風壁を張ると、左目を手で
「狂い咲け、《
覆われた左眼は紫陽花ような鮮やかな色へ変化。
身体能力、魔力、魔力値は倍化となり
無数の攻撃と壊れかけたの風壁を、たった一発の雷撃で全てを薙ぎ払う。
それに対抗してか、液体となったステンの体はうねりを上げて空へと大きく広がり
星空を覆うほどの超巨大なゴーレムと姿を変えた。
地面から出たのは上半身だけで頭と体で山三つ、両手で山二つぐらいの大きさだ。
「またその眼の力ですか。しかし、今の私は五つの山と同化した、まさに
特別に私の力を見せてあげましょう」
辺りを見渡し、破壊する対象を決めた。
「そうですね……そこの街を一撃で消し飛ばしてみせましょうか。
これはタネも仕掛けもない、圧倒的な力のショータイムだ」
近くに煌々と光る街。
それはロードが初めて人間界に落ちた場所。
朔桜と出会った街。藤沢町だ。
ステンがその巨大な手を一度振るうだけで、軽々と街を消し飛ばす事ができるだろう。
「そんな事、絶対にさせない!」
朔桜の言葉には強い意思が込められている。
「ふん、なら止めてみるがいいさ人間。
自然を喰らい、大地を喰らい私のエナは以前の比ではない!
その宝具に残された僅かなエナの量でこの魔神ステン・マイスローズを倒してみろ!!」
呆れた様な表情でステンを見上げたロードは鼻で笑った。
「魔神ねぇ……。バカはプライドも図体もでかいんだな」
その言葉でステンは怒りを爆発させた。
数千トンはあるであろう巨大な手を空いっぱいに振り
「街もろとも……貴様らも消し飛べ!!」
振り下ろした手は周囲の空気を巻き込みながらゆっくりと街へ迫る。
しかし、ロードも朔桜も一切慌てはしなかった。
ロードは自分の力に絶対的な自信があり
朔桜はロードに絶対的な信頼があった。
「朔桜。力を貸せ」
「うん」
朔桜はロードの背中で静かに頷き、目を閉じた。
自身の想いも込め、宝具の力でロードの魔力を最大まで回復させる。
「ステン・マイスローズ。ほんとの
右の手を大きく広げ、天高くに伸ばす。
避雷針のように真直ぐ伸びた神童の手。
それに応じるは最強の神々。
「現れよ、我が“
晴天だった星空は真っ黒な雷雲に呑まれ
振り下ろした手と同時に目前に巨大な紅の雷撃が落ちる。
紅雷から現れたのは、四つの豪腕を持つ大きな赤鬼。
山五つと融合したステンに及ばずとも、アルシャヴィキーラほどの大きさはある。
「久しぶりじゃのう。ロード」
クリムゾンは振り返り、渋めの低い声で話しかけてくる。
「ああ、元気そうだな、クリムゾン。だが、今は悠長に話している時間は無い。素早く頼む」
ロード・フォン・ディオスが持つもう一つの
世界に神々を顕現させるロード“のみ”に与えられた神々を使役する能力だ。
あまりにも異端で異質。強大にして凶悪な力。
故に、神が顕現しているだけで莫大な魔力を吸い取られる。
現在のロードの魔力量だと、魔力を二倍にする《無常の眼》を使った時にだけに一度
一柱呼び出せるくらいの燃費の悪い能力。
だが、その力は
代償が軽く思える程に圧倒的。
「たく……しゃあないのぅ……」
渋々返事したクリムゾンは、振り下ろされた空を覆うほどの巨大な手を身一つで受け止めた。
そのまま山一個分はあろう腕を胴体部分から軽々と引きちぎる。
質量を超越した光景をロードの背中越しに見ていた朔桜は
唖然として口が開いたままで塞がらない。
「バカな……」
腕をちぎられたステンですら頭で処理仕切れていない様子だ。
ちぎった腕はステンの支配が解け、また液状化し地面へと還る。
距離を詰め、ゴーレムの胴体にクリムゾンが重い一撃を入れると
両端が重力で引っ張られるかの様に真ん中からみるみる裂けていき
真っ二つに裂けた山は、液状になって大地に戻っていく。
裂けたゴーレムの内側からステン・マイスローズが姿を現す。
その顔は蒼白に染まっていた。
「クリムゾンの拳は
「ばかな……ありえない……。私の大魔術が……」
話を聞かずにブツブツと何か文句を言っているようだが、
それに構うほどの器量はロードは持ち合わせていない。
「これが“真の神の力”だ。泥のお人形遊びは終わりだ。消え果ろ、ステン・マイスローズ!」
クリムゾンは上の二本の腕を振り上げ、両手を固く握り合わせた。
大岩の様な拳をステンの頭上に構える。
指一つ動かす事も出来ず、ただ呆然と目の前の脅威に竦む男に天の一撃を振り下ろす。
空気が揺らぎ、弾けんばかりの衝撃波を放ち、
落雷の如き速さでステンの身体は、硬く冷たい地面に打ち付けられ、弾けた。
まさに“神の鉄槌”。
圧倒的な力を前に、言葉を残す暇をも与えれられず
地の“十二貴族”魔人ステン・マイスローズは人間界の地に伏した。
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