第34話 偉大な母の愛

死んだはずのティナが生きている。

腹部から背中まで達していた槍穴も綺麗に埋まっていた。

まるで何事もなかったかのように。

その夢のような光景に驚いたのは、朔桜だけではなかった。


「貴様ぁ…死んだはずだ……。何故生きている……。エナになるのをこの目ではっきりと見た……」


ステンは次から次へと起こる理解を超えた出来事に驚きを隠せない。


「確かに……私は一度。でも、生き返った。このお守りのおかげでね」


ティナは髪を耳に掛けると黒いイヤリングが優しく光っている。

それを見たロードは小さく独り言を呟いた。


「宝具【偉大な母の愛レフィリート】。想いの強さに比例した力を与える国宝級宝具」


その言葉を聞いていたステンは目を見開き驚く。


「偉大な母の愛だと!? お前の持ち物にそんな宝具の反応は無かった! まさか……」


「そのまさかよ」


「死ぬ直前の、あの土壇場どたんばで……イヤリングに宝具が宿ったとでも言うのか!?」


ステンにとってはあまりにも都合の良すぎる出来事。

明にとってはあまりにも奇跡的な出来事だ。


「これは私の母が残してくれた想い」


指先でイヤリングに触れ、その温もりを確かめる。


「また……助けてくれたね。お母さん……」


一滴の涙が頬を伝う。

だが、感動的な光景をただ一人は認めない。


「ふざけるなあ! そんなめちゃくちゃがあってたまるか!

私にも宿れ! この場のゴミ共を全て殺す力を!!!!」


洞窟にステンの怒号がこだまし、徐々に静寂を取り戻す。

しかし、何も起こらない。


明は『八つ脚の捕食者』と『黒鏡』を拾い上げる。


「……哀れね。ステン・マイスローズ。あなたを助ける力なんてない。

己の自分勝手な都合で自分の領地の人を殺し、あらゆるものを利用し

自分の事だけを考えるあなたに……誰が貸してくれるというの?」


その言葉と共に、もう一つの大切な形見をしっかりと自分の胸に抱きしめる。


「だまれえ!! 下等な魔人風情があ!!

弱い奴は強い奴の言う事だけ聞いていればいいんだよ!!!」


雑魚敵の様な典型的な言葉を吐き、大きな魔術をティナに向けて放つも、一撃でなぎ払われる。


「もういいわ。あなたの様な魔人に言葉でさとす意味はない。消えなさい」


明の放った白い大きな閃光はステンの身体を一瞬で焼き尽くした。

身を焦し地面に地面に倒れ込んだステンは、手足の末端部分からエナとなり宙に消えてゆく。


「私が負ける……? 認めない……認めないぞ……」


その異変をロードはいち早く感じ取った。


「――――っ! 早くとどめを刺せ!!」


だが、その言葉は一足遅かった。


「アルシャヴィキーラァ!!!!」


ステンの呼び声に応え、突如地面から現れた巨大な手は、死にかけのステンを掴む。


「くそっ! あいつも生きてやがったのかよっ!」


「ふははっ!! 形勢逆転だ……! 貴様ら全員このまま土と眠るがいい……」


そう言い残すと手は地中に潜り

大きな揺れとともに壁や天井をめちゃくちゃに破壊していく。


「風壁!」


風の壁でなんとか凌ぐも落石は止まらない。


「まずい。このままじゃ生き埋めだ。ここから地上までどれくらいだ?」


「約千五百メートルはあるわ」


「千五百メートル!? どうするの!? ロード!」


「……ネザーならどうにか……いや……生き埋めになるリスクの方が高いか……」


ロードが独り言を言っている間に天井は崩れ落ちてくる。


「くそっ! このままじゃほんとに逆転負けだ」


焦るロードに向き合うティナ。


「……ここは、私が打開するわ!」


二人を自分の後方ろに下がらせ、残り少ない魔力を最大まで貯める。


「岩突―土地竜モグラ!」


地面から鉄で目の隠れた頭の尖った鋭い竜が現れた。


「尻尾に捕まって! 落石はフォン・ディオス、お前に任せたわ」


早急に風壁を球状に張り直す。

ティナは風壁を指で弾き、強度を確認すると合図を出す。


「進め!」


その合図で土地竜は天井に突き刺さり、岩を砕き道を作りながらどんどん奥へと突き進んでゆく。

もう七百メートルほどは来ただろうか。

土地竜の最初勢いは次第に無くなり、徐々にスピードが落ちてきている。

ティナは更に魔力を強める。

しかし、蘇生したばかりの体で上級魔術を長時間維持するのはきついのだろう。

見るからにもう限界ギリギリだ。

朔桜もその様子に気づき雷電池で回復しようとしたが、ティナはそれを拒んだ。

魔界でも上位に位置する魔人であるロードとステンの魔力や傷を何度も回復させていたせいで

雷電池の貯蓄のエナはもう少なく光量は弱々しい。

今使うべきではないとティナも理解している。

偉大な母の愛の力効果も切れかけており、今は魔装や地下で吸収したエナも力に回している。

残り千メートルは切った。

後、五百……四百と地上に近づくにつれ、次第にティナの意識が遠のいていく。

土地竜の鼻先も罅割れてきた。

三百…二百…百…あと数十メートル。

だが、地上目前でティナの魔力は完全に底を尽き、土地竜は完全に崩れ去った。


「ごめん……ここまで来て……」


身体全身の力が抜け、悔しそうに呟く。


「いや、よくやった。ここまで登れば十分だ」


ロードが手を前にかざし、魔術を唱える。


「ツリーダーラ!」


地上の木の根がロードたちを迎えるかのように地面を抉じ開け通り道を作る。

そこから地上の澄んだ夜空と綺麗な星々が視界に映った。

地上に近づくにつれて新鮮で冷たい空気が肌に感じる。


「一気に行くぞ!」


風の魔術で加速し、強風とともに勢いよく地上へ出る。

そして目の前にステンとアルシャヴィキーラの姿を捉えた。

先ほどは瀕死だったステンはアルシャヴィキーラの魔力を吸収し

多少、魔力を取り戻しているようだ。


「バカなっ……!? ここまで追ってきただとぉ……!?」


焦っているのが声の色からうかがえる。確かに驚くのも無理はない。

ティナがいたからこそ、地下千五百メートルから無傷で登れて追いつく事ができた。

朔桜がいたからこそ、無事象を脅威を退ける事ができた。

ロードがいたからこそ、ここまでステンを追い詰められたのだ。

気を失ったティナを朔桜に任せ、ロードは一人で前に出る。


「終局だ。ここで決着をつけようか」


魔人と魔人最後の戦いの宣言が下された。

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