第33話 黒衣のヒーロー

朔桜が【無事象】を破壊した事に気づいたステンは狂乱し、

我を忘れたかの様にありったけの魔術を唱える。


「この女ぁ!!!!!」


だが、その攻撃は朔桜には一切届かない。

全ての攻撃は完全に打ち消されている。

朔桜は一瞬死を覚悟したが、ティナの言葉を思い出した。


「そうか……ここは……この場所は、魔界の門に張られただ!」


「なぜ! なぜ、その中に入る事ができる!!!」


朔桜自身にも理由は分からない。

無事象の無効化する力が無ければ

通る事の出来ない結界をいとも容易く通過してしまったのだ。

朔桜は不思議と結界に吸い寄せられた様な気もしていた。

奇妙な感覚のまま、怒りに満ちた猛攻をただ何もせずに見てやり過ごす。

【無事象】という宝具が消えた今、ステンは結界の中に居る朔桜に攻撃する術はない。


「はぁ……はぁ……くそっ!!」


息を切らし、攻撃を止める。無意味な事をやっと心が理解した。

地面や壁は荒れ果て、門と結界を残し、周囲の地形は先ほどとは全く違う風景に変化している。


「ずいぶんと荒れてるなぁ、インチキマジシャン」


その無様な姿を嘲笑あざわらうかのように

薄暗い道よりも更に黒い衣をまと

鋭い黄金の目を光らせながら堂々と二人の間に入る少年。

朔桜は長く待ちわびた彼の名を呼ぶ。


「ロード!!」


「ロード……フォン・ディオスッ!!」


ステンは積もりに積もったような憎しみの目を向けている。


「無事か、朔桜?」


ステンに向き合いながらも朔桜を気にかける。


「うん、あちこち切られちゃったけどなんとか……。でもペンダントが」


「分かってる。選手交代だ」


「貴様……なぜ迷わずここに来れる」


「さあな? 不愛想な妖精が導いてくれたとでも言っておく。

それはそうとて、朔桜。魔導具は上手く使えたか?」


「うん、なんとか。言ってた厄介なステッキ、壊しといたよ!」


「おいおい、天才かよ」


その会話を聞いたステンは激しい怒りを露にする。


「なにもかも……貴様の入れ知恵かぁぁぁl!!!」


シルクハットから剣を取り出し、声を荒らげながら真っ直ぐ突っ込むステンをロードは哀れんだ。


「無様だな。ステン・マイスローズ。感情に呑まれた時点でお前に勝ち目はない」


風で加速し、腹に一撃。顎に一撃。上に飛んだところを強烈な蹴りで叩き落し

地面にめり込んだステンを追撃。更に風で加速し、渾身の蹴りを顔面に叩き込んだ。

にもかかわず、うめき声を上げながらゾンビの様にユラユラと立ち上がるステン。


「普通の魔人ならオーバーキルレベルの攻撃だが……。

曲がりなりにも“十二貴族じゅうにきぞく”という称号は伊達じゃないらしいな」


不気味な笑い声をあげ顔に手を当て、指の隙間からロードを睨む。


「まだだ……。私にいくらダメージを与えようとも

エレクトロ電池チャージャー】にエナがある限り、私の傷と魔力は元に戻る!!」


「残念。それはもう、俺の手の中だ」


ロードはステンの魔装『黒帽子くろぼうし』の縁に指を掛け、指先でくるくる回している。

ハットの中に探る様に手を入れ、何かを見つけ、取り出した。

手を開くと、そこには綺麗なペンダントが光る。

それをステンに見せた後、もう一度握り締め

ロードは雷電池の力で自身の失った魔力と傷を回復させた。


「貴様……いつの間に……」


ステンは黒帽子が奪われた事すら気づいていなかった。


「宝具が奪われたのは朔桜の【黒鏡】で聞いていた。

それをしまっている場所もな。

俺がそっちに行くまで可能な限り話して時間を稼げって言っておいたんだが

通信が切れてる間にまさか無事象までぶっ壊してるなんてな。優秀な人間だ」


そう言うとそのままステンに背を向けて朔桜に歩み寄る。

ロードも門の結界に阻まれる事はなく、当たり前の様に結界の中へ入った。

しゃがみ込み座っているボロボロの朔桜に目線を合わせ

触れる寸前まで身体を寄せ両手を首の後ろに回す。


「よくやった。だが、あまり無茶はするな」


耳元でささやく様に、想いのこもった優しい声で激励げきれいした。

その意外な言葉に一瞬気を取られ、気がつくと胸元には母の形見のペンダントがあった。


「ロード……」


涙を堪え、立ち上がったロードを見つめる。


「早く傷を治しておけ、そろそろ家に帰るぞ。もう腹が減って死にそうだ」


「はいっ! 帰って今晩の特製ハンバーグ二人で食べましょうっ!!」


笑顔を作ったせいで目元に溜まっていた大粒の涙が流れた。

その涙には悲しみ、安心、喜び色んな感情が込められている。


「バカなっ! 化け物共め! なぜ無事象無しに結界を通れる!?」


混乱し、激昂げきこうするステンの背後を大きな閃光が貫く。

腹部の部位が消し飛び、大きな風穴を空けて地を舐める。


「あがっ……何が……」


自身の状況が理解できず、大量の血を流して身を震わせている。

暗い通路から現れたのは、朔桜が見慣れたサイドテールのシルエット。


「私も食べたいわ。朔桜特製のハンバーグ」


耳に届いたのは聞き覚えのある声。

もう二度と聞く事ができないと思っていた大好きな声。

目の前には暖かく、優しい光に包まれたティナの姿があった。

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