第32話 想像武器

てぃなの腹部からおびただしいほどの血が流れ、身体は徐々に黄緑色の光になり宙に消えていっている。

悩んでいる暇はない。手をポケットの中に入れ

ロードから預かった魔導具『黒鏡こっきょう』の通信ボタンを押しておく。

預かった魔導具はこれだけではない。

護身用にと他に二つの魔導具の預かっている。

その一つをポケットから取り出す。

掌に収まるほどの黒くよどんだ歪な形の結晶。

使い方は渡された時にロードから聞いから多分大丈夫。

結晶を握り締め、強くイメージする。

攻撃、防御、機動性に優れたもの。

尚且なおかつ、私でも使い方を完全に熟知しているものでないといけない。

……これだ。


想像武器イマジンウェポン!」


結晶は黒い閃光を放ち、薄い桃色の可愛い布団と白い清潔感のある枕へと変化した。

それを見た瞬間ステンは声を出して笑う。


「ふははっ! 何かと思えば、友人の死の間際に寝る準備ですか?

それともそこに寝かせてほうむるおつもりでしょうか?」


その声のトーンからバカにしているのがうかがえる。


「違うよ。あなたを倒す準備だよ」


笑っているステンとは対照的に私は真剣だ。


「ふふ、ユニークな娘さんだ。まあ、いいでしょう。

久しく戦闘してなかったせいで、先程はフォン・ディオスに遅れをとりました。

奴が来る前に少々ウォーミングアップをしておきましょうか。

来なさい。お相手して差し上げますよ」


私は出した布団の上に靴のまま乗る。

何だか悪い事をしている気分だけど、律儀に靴を脱いでいる暇は無い。

布団は静かに地面を離れ空中にふわふわと浮遊。

昔、絵本で読んだ魔法の絨毯じゅうたんをしっかりとイメージしただけあってちゃんと飛んでくれた。


「おもしろい。では……」


ステンはシルクハットを手に取り、こっちに向ける。

小さな帽子の中から勢い良く数十羽の白い鳩が飛び出してきた。

布団の縁を強く掴み、風の抵抗を受けないよう姿勢を低くして強く念じる。


「(かわしてっ!)」


布団は風を切る勢いで、空中を自由に動き回る。

後ろに大量の鳩がつらなる。

追い着かれはしないものの、しつこく追尾してくるのでなかなかく事が出来ない。


「こっちは一分一秒でも時間が惜しいのにっ!」


こんな事をしている間にも明は少しずつ消えていってしまう。

一か八か試すしかない。

布団の速度を遅らせ、後方ギリギリに鳩を引き付け、意を決してそのまま壁に向かって突っ込む。


「いっけぇ!!!」


そして壁の目前で急上昇。

布団と壁の隙間はわずか数ミリほど。

鳩たちは急な動きに対応できず、先頭の鳩が数羽、壁にぶつかる。

すると途端に爆発。爆煙で視界を奪われた。

後続の鳩たちも次々と壁にぶつかり爆発していく。


「ほう……」


その様子を見たステンは感心した様に私を見上げている。

煙が晴れ、一旦場が落ち着いた。

爆発のどさくさで仕掛けは済ませた。

後はどれだけ時間を稼げるかが勝負だ。


「なかなか悪知恵を使いますね。ならこれではどうですか?」


手から突然束になったトランプが現れる。


「ショットガンシャッフル!」


ステンがカードの束を一度切ると、トランプが拡散して飛び出す。


「守ってっ! 掛け布団!」


私の一声で掛け布団が大きく広がり、トランプを阻む。

続けて、カードが射出。

今度は完全に防ぐことはできず、数枚が貫通し目前に迫る。

が、寸前のところで敷布団を反り返らせガード。

掛け布団はもうボロボロで綿が飛び出てしまっている。


「これで終わりです」


こっちに狙いを定め、再びトランプを射出。

掛け布団をいとも容易く貫通し、敷布団も貫かれそのまま私の身を切り裂く。

貫かれた布団は浮遊力を無くし、落下。

私も同時に地面と衝突した。

内臓が締め付けられるような急激な痛み。

打った箇所もジンジンと響く。

二三メートルの高さでも、かなりの激痛。


「それでも……まだ……まだ倒れちゃいけない……」


腕や足はすでに切り傷まみれ。

傷が深い左腕や右足からは服に染みわたるほどの出血。

めちゃくちゃ痛いけど、弱音は一言も口には出さない。

ゆっくりと体を起き上がらせ立ち上がろうとする。


「人間にしてはなかなか根性のある娘ですね。でも、残念ながらお友達は救えなかったようだ」


今、彼は何と言った? 救えなかった?

私は恐る恐る明の倒れていた場所を見る。

そこには魔装『八つ脚の捕食者』と魔導具『黒鏡』だけが残されていた。


「そんな……明……」


途中でガクンと体の力が抜け、うなだれる様に布団の上に膝を着く。


「裏切り者の死に際を看取みとれなかったのは、とても残念だ。

さぞかし彼女は……私への憎しみに満ち溢れた表情で死んでいったのでしょうね。

記念に一目おがんでおきたかったですよ」


ステンはそれからもひたすら明を侮辱しながら一人で笑い続ける。

私は黙ってそれを聞き続けた。彼への同情を無くすために。


「先ほどから黙っていて面白くないですね。声を上げて泣きわめいてもいいんですよ?」


「もう、黙ってよ……インチキマジシャン」


一間の静寂。


「ん? 今なんと言った?」


ステンはこの状況下で何を言われたのか理解できなかった。


「もう一度言うからしっかり聞いて。もう、黙ってって言ったの。インチキマジシャンッ!」


言い終わりと同時に足元の地面から岩が突き出す。

二枚の布団を重ね、衝撃を最大限防いだが……。


「うぐっ!」


それでもその衝撃は凄まじく魔界の門前付近まで吹き飛ばされた。

お腹に枕を仕込んでいなければ、腹部がぐちゃぐちゃになっていたかもしれない。


「危ない、危ない……。怒りの余り簡単に殺してしまいそうになってしまった。

だが、生きていてくれて嬉しいよ。宝具が使えなくなったら一大事だ。

殺しはしないが、今の発言は身体でつぐなってもらうよ」


「と、言いますと……?」


「最初は指をすり潰す。手と足一本ずつだ」


「へぇ……それで?」


「次は腕と脹脛ふくらはぎを潰し肩とももと切り取る」


「ふむふむ……」


「後は瀕死になるまで鞭打ちだ。もちろん死なない程度に手加減するよ。

本気を出したらそんな柔な身体真っ二つに裂けてしまうからね。

それだけすれば私に逆らう気力も無くなるだろう」


「そんな事してる時間あるの……? そんなにゆっくりしてたらロード来ちゃうよ……?」


「来れやしないさ、ここまで来るには大空洞の地下迷宮を通らなければいけない。

あれは私やティナじゃなければ早々抜けられやしない。辿り着く事は出来ないだろう」


「ロードに魔力で探知されちゃうかもよ?」


「魔力は宝具【爪隠つめかくし】で隠している。それにここの大量の自然のエナが惑わせるだろう。

すなわち、お前を助けに来るものは誰もいない!

まあ、せっかく魔力を消費させてきたのに、途中のエナで回復されるのも面倒だ。

君を檻に閉じ込めた後、迷宮で迷っているフォン・ディオスを殺しに行くとするよ」


「あなたなんかじゃ、ロードは倒せないよ」


その言葉にピクリと反応する。


「何度も何度も勘に触る女だ! 少し黙っていろ!!!」


手元に残っていたトランプは私の脇腹を切り裂いた。


「うっ! ……くっ……」


声を押し殺し脇腹押さえながら、よろよろとおぼつかない足取りで後ずさりし

門にもたれ掛かり地面に腰を下ろす。

その光景を見てステンは驚愕した。


「バカなっ…………お前何者だ……」


ステンがなにに驚いているのか全然分からない。


「無事象!」


突然宝具を使いだし、私の周囲を結界で囲む。


「だが、無事象の前ではそこに居ても意味を成さない。お前に興味が湧いたよ。とりあえずこちらに来てもらおうか」


私の元へゆっくりと歩いてくる。

ここで捕まってはもう逃げる事は出来ないだろう。

最後の魔導具の使いどころだ。

ポケットの黒鏡を確認すると既に通信は切れていた。

無事象の影響だろうか。

黒鏡を閉じ、布団から毟り取っておいた綿を丸めて耳に詰め

枕を後頭部で折り曲げ、両耳をしっかりと覆って身を屈める。

その不自然な行動にステンは気付いたみたいだけど私の方が早い。


城警報キャッスル・ベル!」


掛け声を合図に、鼓膜が吹き飛ぶほどの爆音センサーが、音のよく反響する洞窟全体に響き渡る。

その音の振動でブルブルと激しく身体が動いてしまうほどだ。

頭が割れるほど痛い。それに眩暈めまいもする。

本来は巨大な城全体に危険を知らせるための魔導具らしい。

それをこんな狭い篭った場所で使うなど常識外れの規格外。

耳を塞いでいなかったステンの鼓膜は軽々破れ、耳に激痛が襲う。

ステッキを落とし、両手で耳を押さえながら大声で叫ぶ。

しかしその声は爆音のサイレンでかき消され、押さえた耳の中から手を伝い血が流れ出ている。

五月蝿さはもう感じていないだろう。

鼓膜が破れた激痛と鼻や喉に血が回りその不快感に苛立ちを露にしながら、辺りを見回している。

さっきの煙の時に天井にひっそりと取り付けておいた城警報を見つけると石弾を放ち破壊した。

ステッキから手を離した事で無事象の結界は消えており

枕と敷き布団と掛け布団を一箇所に集めた。


「それは壊させてもらうね」


エレクトロ電池チャージャー】を握り、鼓膜を修復中に話す私の声は

雑音の様に聞こえており、言葉を聞き取れていないだろう。

明から借りたままだった魔装『視認できない剣』の柄を寝具に当てエナを流し込む。

見えない剣先は真っ直ぐに伸び、ステンの足元に転がっていたステッキに深く突き刺さった。

鼓膜を治し、ステッキを拾い上げた頃にやっとステンは気づいたいみたいだ。

宿っていたステッキが損傷した事により

宝具【無事象むじしょう】という概念は完全に消え去ったという事に。

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