第30話 怒り

ティナは怒っていた。


「あいつ、一方的に切りやがった。位置情報なんかじゃ、ここの門まで辿り着ける訳ないのに」


不機嫌に黒鏡を閉じ、朔桜の服のポケットにストンとしまう。


「ロードなんだって?」


「ステンが向かっているかもだから用心しろって。好都合よ、私がぶっ殺してやるわ」


指をポキポキと鳴らし、息巻いている。

そんな最中、ティナの耳元で声がささやかれた。


「そんなに自信があるのですか?」


誰の声が耳から脳に伝達するよりも先にティナの脇腹に重い一撃が入る。


「――――っ!」


一瞬で真横に吹き飛んだ体は、硬く冷たい洞窟の壁に激しく叩きつけられた。


てぃなぁ!」


朔桜が急いで駆け寄ろうとするも、目の前に突如現れた男が行く手を阻む。

強大な威圧感はあるものの、髪はボサボサで顔も服もボロボロ。

血に塗れたこの男こそが先ほどまでロードと戦っていた魔人、ステン・マイスローズ。

あまりに速すぎる到着。

ロードに警告されてから、まだ三分も経っていない。

ステンはそのままキョロキョロと辺りを見渡す。


「おかしいですね。クオルドネルをここに待機させていたはずなのですが、

何故いないのでしょうか?」


心が視えない凍えるような冷たい眼差し。


「あ、あのライオンは私達が倒したっ! だから、どいて!」


朔桜は怯まないよう自分を鼓舞こぶするため両手を強く握り締め

ステンに真正面から対峙する。


「ふむ……。君たち如きにクオルドネルが倒されるとは、ね……」


物色するよう、朔桜を見るステン。

朔桜が無視して横を通過しようとするが、手で阻まれる。


「行かせません、よ。君が例の人間ですね?

とりあえず、フォン・ディオスが来る前に消費した魔力を戻さなければ」


朔桜のペンダントを奪おうと首元に手を伸ばす。

しかし、ステンの手は雷電池の結界によって凄まじい勢いで弾き飛ばされる。


「くっ! 結界っ……!」


ロードの手を弾いた時は、ここまでの激しい威力ではなかった。

今のは明確に相手を退けるような強い力が働いている。


「なるほど。この力でフォン・ディオスは手が出せなかったのか……」


今のは以前の比ではなく、ステンの白い手袋が黒く焦げてしまっているほど。


「殺してしまえばよいものを。だが、お前が生かされたまま使われているということは

お前が死ぬと宝具の力が失われてしまう。といったところか……」


ロードと同じ推察。

朔桜は殺されまいとステンの話に乗る。


「そう! だから、このペンダントと私には――――」


手を出せない。と言おうとした途端、周囲は青い結界に包まれる。

ステンはもう一度手を伸ばし、首をすり抜ける手品のように

朔桜の首元から一瞬でペンダントを外した。


「え……? なんで……?」


呆然と立ちすくんでいると結界が消え、ステンはペンダントトップを力強く握り締めた。

神々しい光がステンの身体をまとう。


「ふう……。これで魔力は満ちた……。

それに傷も治るとは、なんとも便利な宝具だ。これがあれば思う存分戦うことができる」


ステンはご満悦の様子だ。

最初は宝具に弾かれたが、二度目の時は弾かれなかった。

そのうえ、自ら雷電池を発動させてみせた。


「どうしてっ! なんで、あなたがそれを使えるの!?」


朔桜は理解出来ないとステンに説明を求める。


「君にそれを説明したところで、理解できないだろう?」


シルクハットの中にペンダントを入れ、つま先で地面を軽く蹴る。


地下牢ちかろう!」


周囲から出てきた柵が朔桜の四方八方を囲う。


「君は生かしておいてあげよう。この宝具にはまだ謎が多い。

もしも殺してしまって、宝具が使えなくなってしまったら大変だからね。

まあ、死ぬまでその檻の中で生きてもらうことになるが」


その背筋の凍る言葉を聞いて檻を何度も叩く。

しかし、どんなに強く叩いたり、蹴ったりしても朔桜の力ではびくともしない。


「出して! ここから出してっ!」


何度もかけるその訴えに言葉ではなく、不快の表情で応える。


「少々耳障りだね。手足が削がれれば、多少は静かにしてくれるかい?」


ステンの手元から突然、四枚のトランプが出現。

それは鋭い刃物のようにふちがギラギラと光っている。


「大丈夫です。断面は私の宝具ですぐに治してあげますよ。

ただ、粗く切り落とすので、あなたの想像を絶する痛みがあると思いますがね!」


語尾とともに投げられたトランプは勢い良く朔桜目掛けて飛んでゆく。

だが、そのトランプはステンの背後から伸びた四つの脚に弾き落された。


「ふん、死にぞこないが……」


その正体に気づいたステンは、不快そうな表情で振り返る。


「死ね、ステン!」


振り向きざまのステンを二本の脚が強襲。


「単調な動きだ」


ステンは身軽に攻撃をかわした。

だが、ティナの本当の狙いはそっちではない。

伸びた二本の脚は朔桜を捕らえていた檻の柵を破壊。


「そっちが狙いか」


「早く出てっ!!」


「う、うん!」


ティナに促され、朔桜はすぐに牢を出ようとする。

だが、足が思うように動かない。


「なにっ!? 地面が水みたいにっ!」


足元を見ると泥沼のように軟化し、朔桜の足を取り呑み込んでゆく。

足がすね下辺りまで沈むと、地面は固まり

朔桜は完全に身動きが出来なくなった。


「そこでじっとしていた方が安全ですよ」


ステンは檻の上に飛ぶと、どこからともなくトランプを出し、不敵な笑みを浮かべている。


「あなたとポーカー勝負をしている暇はないの。したいのなら、魔界の酒場でやってちょうだい」


「つれないですね、ティナはハートのクイーンが大好きだったではありませんか。

あの、無様に死んだ私の捨て札。バカなミストルティが、ね」


笑いながら吐き捨てた言葉。

その言葉でティナの目の色が変わる。


「価値のない拾い子を守り、死ぬなんてなんとも無様な死に方だ。そうは思いませんか?」


「だまれ……」


「まあ、あの作戦でミストルティが死ぬのは分かっていましたよ。

ですが、あんな安い命と引き換えにこんなにも素晴らしい宝具【無事象むじしょう】を手に入れる事ができた。彼女には本当に感謝していますよ」


「だまれ……」


ステンはティナの冷静さを欠かせるために

わざと彼女の心を抉るような言葉を適格に選んで挑発している。


「ああ、そういえば、あのちっぽけな君の村を滅ぼした理由、教えてませんでしたね。

冥土の土産に教えてあげましょう。それは、ですね……ですよ」


「……景観……だと……」


景観が悪かった。たったそれだけの理由で平穏な生活はたったの一瞬で破壊された。

その理由が、意味が、ティナには到底理解できない。


「ええ、夜になると城の中庭からとても綺麗な風景が一望できるでしょう?

でも、あの村の明りが度々視界に入って邪魔でしてね。

なので、バズーに村を消してもらいました。

いやぁ、人が死にエナが舞い、村が燃える様は……とっても綺麗で素晴らしかったですよ、ティナ」


その瞬間、ティナの怒りは爆発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る