第29話 無常の眼

一方、ロードの方はあんなに大口を叩いていたのにもかかわらず、苦戦していた。

ステンの持つ宝具【無事象】とアルシャヴィキーラの物理攻撃の相性が良過ぎるせいだ。

無事象に閉じ込められてしまったら内側から魔術で出るすべがない。

魔術での攻撃は無事象の中には届かないが

アルシャヴィキーラの物理攻撃なら普通に通る。

それをされてしまうと魔術で守る事もできず、生身で攻撃を受けるしか方法は無い。

先にアルシャヴィキーラを倒そうとしても雷の魔術耐久が高く

何発攻撃しても最初の目に剣を刺した以外はほぼ無傷。

巨大な四つの腕を飛翔でかわしながら、赤い球状の目玉を狙おうとするも

警戒されていてなかなか隙を見せない。

魔力節約のために地上に降りたいところだが

地面に足を付けるとステンの地の魔術が襲い掛かる。

地上で地割れからの無事象で囲うという手段を使われたら次こそ終わりだ。


「ボケっとしてる暇があるんですかァ!?」


岩の塊が上から真っ直ぐ落ちてきて、そのまま地面に叩き落とされる。

すぐに飛翔で飛び上がろうとするも、土が泥状になり体の自由を奪う。


「そのまま飲まれろ!!!」


「くそが! リーフルード」


高く上がった泥の波は、上からロードを覆い、飲み込んだ。


「ははははは!! 王族が惨めなもんだ!!!」


そう高笑いしたのもつかの間。

泥は見る見るうちに水分を無くし、乾いて干からびた土へと変わる。


「なんだ!? これは!?」


そして地面から青々と茂った大きな植物が生え出た。


「ブロッサム・ボム!」


ロードの詠唱の後、葉の後ろから現れた大きな蕾がステンを捉える。


「岩壁―れん!!」


分厚い岩の壁がいくつもステンの前に現れ、前方を塞ぐ。


蕾は花開き、沢山の種爆弾を発射するが

全て一枚の岩壁に阻まれてしまう。


「ちっ!やっぱ樹の術はこんなもんか」


地面から球状の風壁を張り出てきたロードは平然と空中へ戻る。


「バカな、貴様……“六適者エレメンタル”か……」


「ご明察。いかにも、六つ全ての属性が使える超レアな上級魔人。ロード――――」


自己紹介するも、名前の途中でアルシャヴィキーラに身体を掴まれる。


「おい!! 空気を読め!」


「バカがッ! これで終わりだァ!!」


ステンはステッキをかざす。

この状況で無事象を使われたら次は逃げる術がない。


「使いたくはなかったが、緊急事態だ。本気……出すぞ」


ロードは空いた左の手で左目を軽く押さえる。


「無事象!!」


結界がロードとアルシャヴィキーラの手を覆い囲う。


「これで何も抵抗できまい。アルシャヴィキーラァ! そいつを握り潰せ!!」


ロードは精神を研ぎ澄ます。

手をゆっくり下ろし、閉ざした左目を開く。

すると、ロードの黄金色だった左眼は

水色、ピンク、紫を合わせた宝石の様に綺麗な三色の眼へと変わっていた。


「はっ! 眼の色を変える手品ですか? この状況でそんなお遊している暇があるとはね!」


「…………」


表情一つ変えずに、ただ涼しい顔でステンを見下すロード。


「腹の立つ顔だ。とっとと全力で締め殺せ!!」


激昂し大声で叫ぶステン。それと対極にごく冷静に話しかける。


「こいつ、さっきからずっと本気出してるぞ」


「……は?」


ステンは何を言っているのか理解できていない。


「アルシャヴィキーラは地の魔物の中でも三つの指に入る上級魔物。

その本気を生身で耐えられる者なんて……」


ロードの言葉を無視して少しの間無事象を張り続けるも、ロードは苦しむ表情一つ見せない。

無事象の様な起動型宝具は、使用者の魔力を激しく消費するため、長時間の使用はできない。

ステンの魔力もロードとの戦いでかなり消費していたため、一度結界を解く。


「やっと諦めたか。そろそろ狭くて暑いから離せ! 紅雷!」


その一言の後に手から放たれた紅の電撃は

ロードを掴んでいたアルシャヴィキーラの頑丈な腕を一撃で吹き飛す。


「ば…ばかな……。不利属性で上級魔物を腕を吹き飛ばすなんて聞いた事ないぞ……」


その光景を目の当たりにしたステンは唖然としている。

無理もないだろう。普通では有り得ない事。

大きな氷山を小さなマッチの火で吹き飛ばしている様なものなのだから。


「まあ、このイカサマみたいな力はそう長くは使えない。

とっととケリ着けようぜ。ステン・マイスローズ」


飛翔で後方へと下がり、敵と自分の距離を十分に離し、大技に備えた。

右の手に電気が激しく弾け、集まる。


「爆雷―鈴鯨りんげい!!」


現れたのは部屋一面ほど大きな黄金色の鯨。

下腹部には黒い溝ができている。

これほど大きなものは今のステンの魔力じゃ無事象で囲いきれないだろう。

その巨大な鯨の姿を見たアルシャヴィキーラは周りの壁や土を吸収し、更に巨大化した。

まるで怪獣対決だ。

巨大になるついでに吹き飛ばした腕も再生させたみたいだが関係ない。

巨大な四本の手で鈴鯨を引き裂こうと触れた瞬間

チリンと鈴鯨のお腹の溝から綺麗な鈴の音色が鳴り響く。

そしてその音は体内で反響し、鈴鯨は大爆発を起こした。

超高密度の電撃を一気に放電。辺り一帯は電撃の海に包まれた。

電撃が落ち着いた後、もう一度左目を閉じて手で覆い、左眼を元の黄金色に戻す。

ロードの生まれ持った能力|無常の眼《むじょうのめ》。

左眼を紫陽花ような鮮やかで淡い色へ変化させ、身体能力、魔力、魔力値をできる。

強力な能力だが、それゆえにあまりにも体力を使いすぎる。

長時間使えば命すら危うい。

危機的状況以外はできるだけ避けるべきとっておきの諸刃の力。

無常の眼の効果で上級魔術の鈴鯨の爆発を中級の風壁と雷盾だけで防いだが

狭い場所で使うべきではなかった。

部屋の天井と床が抜け、壁は完全に消し飛んでしまい、敵の生死が判断できない。

相手もろとも、宝具もエナも一片も残らず消えてしまった可能性もある。

飛翔で浮びながら周辺を見渡しステンとアルシャヴィキーラを捜すが何も残っていない。

ステンの宝具【無事象】はどんなに強力な攻撃も結界の中なら無力化でき

【爪隠】は魔力を感知できなくなる。その二つを使えばこの場から逃げる事は可能だ。

もしここから逃げていた場合、疲労しているステンがまず最初に狙うのは間違いなく朔桜の宝具だ。

一抹の不安がよぎる。

ロードはすぐに黒鏡を取り出し通信を始める。


「あのまま落下死してる、なんて事はないだろうが……」


「もしもし、ロード?」


黒鏡に朔桜の顔が映る。朔桜は無事なようだ。


「ああ、今あの蜘蛛女も一緒か?」


てぃなの事? うん、一緒だよ?」


「すぐに代わってくれ」


朔桜の声が鏡から遠く。


「明~なんかロードが替わってってさ~」


焦っているロードに少し戸惑いながらもティナに代わる。


「まだ生きてたんだ。で? なにかしら」


「今そっちにステンが向かっているかもしれない。用心しろ」


「あなたに言われなくても常に用心しているわ」


「ならいい。お前ら今どこに居る」


「魔界の門のよ」


「黒鏡の位置情報を辿たどって行く。備えて待ってろ」


ロードは一方的に通話を切る。


「あいつらが落ちたのは俺よりもっと下だったか」


抜けた床から下へ降りた先は大空洞の中。

黒鏡の位置情報を探知しようとするも、道が入り組んでいるうえに

生命が通らない分エナの量も多く、探知の反応が鈍い。

ロード小さな火を出し、足元を照らして周りのエナを吸収しつつ進む。


「くそ、嫌な予感がしやがる……」


大空洞に一迅の不穏な風が流れた。

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