第28話 魔法の鍵

魔界に繋がる門の前。

私は一人で巨大な獣と向かい合う。

ステンのお気に入りの魔獣 黒水晶クオルドネル。

硬度が高く重量もある癖に素早い。

生身で突進を受ければ全身の骨という骨が一撃で砕ける威力だ。

何度か吹き飛ばされてもうフラフラ。


「くっ……」


なんとか私に注意を引きつつ、攻撃のチャンスを探る。

だが、以前よりも隙が無い。

どこぞの魔人に痛い目に遭わされて学んだのだろう。

全く余計な事をしてくれたものだ。

だけど、“トロステア”の連中や、他の魔獣がいないだけマシね。

『八つ脚の捕食者』何本かの脚にはすでに罅が入りピキと軋む音がする。

そろそろ限界だ。かわしたり防ぐのがやっとで身体中擦り傷だらけだ。

必死に地に足を付け、倒れないようにと踏ん張る。

クオルドネルは私に休む暇を与えず何度も突進を繰り返して来ている。

こっちはもうジリ貧だ。


「明っ! 回復を!」


朔桜はペンダントをかかげ一度戻ってとサインを送る。

私も回復したいのは山々だが、それはできない。

クオルドネルが狙っているのは、私ではなく朔桜なのだ。

できるだけ前に出て、引き付けて戦っているが

八つ脚の捕食者が届く三十メートル範囲でなければ守れない。

遠すぎても奴の速さに間に合わず、近くても私が何かひとつでもミスをすれば、一瞬で朔桜は死ぬ。

守って戦うとはこんなに難しい事なのかと初めて知った。

ミストルティはこんな戦いを“十二貴族”相手にしていたのかと思うと

尊敬の念と同時に、申し訳なさも溢れてくる。

あの時もっと私が強ければ結果は違ったのかもしれない……。

でも今そんな事を考えていても仕方がない。

とにかく、今は目の前のあいつを倒さなければ。


「食らえ!!」


狙いを定め、様々な方向から脚を繰り出すが

クオルドネルはそれを素早くかわし、天井まで跳び上がる。

跳ぶ角度に違和感がある。これは私を狙っていない。


「させないっ!」


すぐさま伸ばした脚を戻し、朔桜の側に駆け寄る。


「収束―!」


八つ全ての爪をピッタリと束ねる。

クオルドネルは天井に足を付けると身翻し

足に力を最大限に溜めてから勢いよく天井を蹴り加速する。

蹴りの衝撃はすさまじく天井全体に罅が入り、クレーターができるほど。

それほどの勢いに重量と重力も加わり、弾丸をゆうに上回る速度のクオルドネルが突っ込んで来る。

ここで討ちそびれたら二人共即死。

気合もアドレナリンも脳から溢れ出ているらしい。

こんな状況なのに楽しくて仕方がない。

私はミストルティから受け継いだこの魔装を信じる。


八点はちてん!!!」


束になった脚は一段ガクンと下がる。

そして、目にも留まらぬ速さで突き出し、クオルドネルの頭に正面から衝突した。

ぶつかった箇所からは激しくオレンジ色の火花が飛び散る。

威力は全くの互角。互いに勢いを相殺され、両方とも動きを止めた。


「砕けろぉ! クオルドネルッ!!!」


合わさった脚は再びガクンガクンと二段下がり

更に威力を増した鋭い爪はクオルドネルの額に直撃。

上空に吹き飛んでゆく。


「グオオオオオ!」


空中で悲痛な叫びを上げながらクオルドネルの頭は徐々に罅割れ、亀裂が体中に広がっていく。


「よしっ!!」


その様子を見て勝ちを確信した。

しかし、それと同時に八つの脚は粉々に砕け散る。


「っ――――!!」


その様子を見た崩壊寸前のクオルドネルは空中で身を翻し、地面に着地。

同時に空を切りながら最後の命を燃やし、猛突進してくる。


「まずい! 逃げてっ朔桜!」


地の魔術を……いや、もうこの距離では間に合わない。

身体を大の字に広げ、朔桜に逃げるよう促す。

もう、一撃貰うのは覚悟した。

せめて死なない程度の怪我であれと願う中、背後から朔桜の声が近づく。


てぃな、これ……借りるね」


私のふとともに備えてあった魔装『視認できない剣』をスッと抜き

事もあろうに私の前に飛び出る。


「朔桜っ!!」


「ごめんね」


一言小さい声で謝罪すると、いつの間にか首から外していたペンダントに

視認できない剣の柄をコツンと当てていた。

魔力を流し込まれた剣の柄は、見えない剣先を真っ直ぐに伸ばし

クオルドネルの額にできた一番大きな罅に深く突き刺さる。

まるで魔法の鍵で時を封じられてしまったかのように

クオルドネルの体はパズルのピースのように一箇所ずつ零れ落ちてゆく。

迫る勢いは落ちない。その生命をとして主の命令を守り、命を奪おうしてくる忠義の高い水晶の獅子。

だが、それは叶わなかった。

一番最後まで残っていた右腕は、朔桜の顔に届く寸前で落下。

床に散らばったクオルドネルの残骸は、小さい破片から徐々にエナとなり、

朔桜のペンダントに吸い込まれていく。


「ふう……勝ててよかった……」


額の汗を拭い、一難去った安心で気を抜いている朔桜。

私は呆れてもすぐに言葉が出なかった。


「なにを考えているの!? 一歩間違えば、死ぬところだったのよ!?」


私の大きな怒鳴り声が洞窟内に響く。


「でも、私が逃げていたら、明は?」


「あいつを殴り倒してたわ」


「嘘! 絶対潰されてたもん!」


「……だとしても! どんな手段を使ってでも食い止めていたわ」


お互いの事を心配し合いながら、段々とヒートアップしていく。


~数分後~


「もーう、この話はおしまい!」


パチンと両手を叩く朔桜。


「お互いに絶対無理はしないって事で手打ち!

逃げる時は二人で逃げる。戦う時は二人で戦う! おっけい?」


朔桜は意外と頑固なところがあるのでこれ以上論争しても平行一線だろう。

たしかに私も冷静さを失っていた部分があったかもしれない。

もしあの場で止めきれなかったら、最悪、クオルドネルを巻き込み

地の上級魔術で自爆していただろうし。

朔桜がとどめを刺してくれたから、二人とも無事に生存する事ができた。


「おっけいよ。でも、もうあんな無茶しないでね? 肝が冷えたわ」


「分かった! 明もだからね!」


私たちは自然と小指を伸ばし、固く指を結んだ。

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