第22話 少女の挑戦(過去編)

大切な村と母を奪ったステン・マイスローズへの復讐心を胸に秘めたまま、

私はステンの配下として活動を続けていた。

憎しみをもららさず、さとられず、押し殺し、を待ち望んだ。

以前、魔炎舞う地ベリルラーズの地下通路を通す時に

ジェスターがたまたま発見していた巨大な門。

天界と繋がる門とは似て異なる門。

歴史を辿ると人間界に繋がる門だと判明した。

通れないように絶対に破る事の出来ない結界が張られていたが、

ステンが宝具【無事象】むじしょうで無効化。

門をじ開け、進軍を開始した。

だが、見果てぬ地アースラを放置する事はできない。

“十二貴族”として預かるステンの土地だ。

魔炎舞う地を侵略したばかり。

報復に来るかもしれない。他国が攻めて来るかもしれない。

そんな懸念がある中、十二貴族が別世界に行くわけにもいかず、ステンは見果てぬ地に居座った。

そして人間界侵攻に白羽の矢が立ったのが、戦死したミストルティの意志と地位を受け継いで

魔装『八つ脚の捕食者』スパイダーと“トロステア”のリーダーの座を手にしたこの私だ。

ステンの側近としてゴデとセルヴィスは残り

私の側近としてバズーの代わりに入ったギバエフと

以前の私の位置に斥候せっこうとして入ったホプステンを連れて門へ向かう。


あぁ、そうそう。

私の村を滅ぼしたバズーは同じ任務の時に惨殺した。

ステンには奴がしくじって死んだと伝えたが、本当は違う。

肩の小猿の頭を一撃で潰し、大猿を八つ脚の捕食者で串刺しにした後

硬い筋肉質の体を少しずつ切り刻み、最後の姿は見るも無残な肉塊にしてやった。

こいつのエナは吸収する気にならず、空に撒き散らしてやった。

私の村を滅ぼした実行した実行犯は殺した。

後は命令した本命ステンだけだ。


人間界に行くのはいささか不安があった。

まだ見ぬ世界はどんな規律、文化、それに強敵がいるか知れたものではないからだ。

だが、ステンの目を離れ、宝具を自分の懐に入れるチャンスでもある。

強い宝具さえあれば、十二貴族のステンでさえも倒せるかもしれない。

そんな思いを胸に、憎きステンが宝具の力で門の結界を無効化。

私達は奴に見送られながら大きな門を開き渦の中に飛び込んだ。

微かな希望を求めて。


門を通った先は暗い暗い洞窟の中。

空気に重みを感じ、雑音は一切ない。

おそらくかなり地下深くなのだろう。少し肌寒い。

明りを灯す魔道具を使う。すると門の前にはいくつもの通路があった。

とりあえず一番近い通路入ってみる。

道は通りやすく舗装ほそうされてはいるが、手入れはされていない。

しばらく使われていないのだろう。

そしてここにはむせ返るほどの天然のエナが漂っている。

気軽に生物か入り込まない地だからだろう。

魔力が枯渇して魔界に帰る必要もなさそうだ。

しかし、道を歩く事数時間。

なかなか出口に辿り着く気配はない。

おそらく、これは迷宮だ。

地上の生物が魔界の門に近づけないための。

これは私にとって最初の難関だった。

私達は一度門の前に戻り、地道に少しずつ、少しずつ道を調べていった。

通信用の結界を確立させ、ステンからの定期連絡で

下っ端魔物や目印になる道具や場所を書き込む地図、食料などを

運び込ませてやっとの思いで地下迷宮の地図を完成させた。

人間界に来てから約六ヶ月を労した作業だった。


外に出ると目の前は大きな森。

精魂せいこん尽きていた私は、ホプステンとギバエフに偵察に向かわせる。

数時間後、ホプステンから近くに王都があると通信が来た。

洞窟の入り口にギバエフを呼び戻し、拠点作りを命令し、私は指定の場所へ向かった。

そこにはたくさんの巨大な建物。品の良い衣服。上品な装飾。私達の世界を遥かに凌駕りょうがしたモノが揃っていた。

たくさんの人間が闊歩かっぽおり

最初は魔人と人間の見分けがまるで出来なかった。

魔物のホプステンとギバエフは目立ちすぎる。

二人には身を隠すよう伝え、日が沈んだ夜

手頃な店から服と金品を盗み、人間と同じ身なりに合わせた。

街を歩いてみたが、特に目立つ様子はない。

だが、大人が多く、私と同年代くらいの人間はほとんど見なかった。

人は多いが、夜間は危険だから外に出ないのだろうか。

思考していると、同年代くらいであろう一人の少女がたまたま目の前を歩いていた。

あれに会話を試みる。


「こんばんは」


「こんばんは!」


すると会話は成立した。言語は同じ様子。

相手は自らの名前を名乗る。

だが、人間の名など覚える気にもならなかった。


「あなたは?」


私にも笑顔で名を尋ねてきた。


「私はティナ」


「てぃな? 苗字は?」


みょうじ? 魔人貴族でいう家名のようなものだろうか?

しかし私は貴族ではない。辺りを見回してもなにも見知った物が無い。

ふと空を見上げると人間界の黄色い月と星が明るく輝いていた。

そしてそこから自分の名を月星 明つきほし てぃなと名付けた。


「月星 明」


「綺麗な名前だね!」


「この街は初めてなの。少し聞きたい事があるんだけどいいかしら?」


「引っ越してきたのかな? いいよ! 何でも聞いて!」


腰を掛けられる場所に移動し、会話をする中で少女から人間界の情報を多く聞くことができた。


「もう遅いし、そろそろ帰らなきゃ」


少女がそろそろ帰る時間だと言うので私は礼を言う。


「また、会えるといいね」


ばいばいと言い残し、少女は元気に家路に駈けて行く。

私はその後も彼女の情報をもとに、図書館で効率的に情報を集め

携帯端末などを入手して人間界の知識を深めていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る