第21話 別れと目的(過去編)
なにが起こったのだろう。目の前は真っ暗だ。この感じ昔にも覚えがあった。
そうだ、村が燃やされたあの日と同じ。だが今は自分の力で這い上がる事ができる。
瓦礫を掻き分け地上に出ると、城はほぼ全壊しており一面は瓦礫の山。
辺りには死にかけの火国の兵士と魔獣、ゴーレムの残骸があちらこちらに埋まっている。
へたり込んだまま状況を整理していると見慣れた白髪が埋もれているのが見えた。
急いで瓦礫を掻き分けるとミストルティが八つ脚の捕食者を大きく広げ、倒れていた。
その身体は酷いものだった。
体中重度の火傷を負い、綺麗な黒いドレスは焼け焦げ、白くて綺麗な体も煤で黒く汚れており、自慢の魔装『八つ脚の捕食者』も七本が熱で溶け一本は砕けている。
さっきの爆発からミストルティは私を庇ってくれた。
そのおかげで今、私は生きているのだろう。
膝の上に頭を乗せて何度も何度も回復の魔術をかける。何度も、何度も。
そんな私の顔に氷のように冷たい何かが触れる。
正体はミストルティの手だ。
顔に触れた手は昔の肌理細やかで綺麗な暖かい手ではなく、ボロボロに爪も割れ煤に汚れた冷たい手。
そこで私は悟ってしまった。もう彼女は助からないと。
その手を強く握り締めた途端、大粒の涙が零れた。
「ごめんなさい……私……私……なにもできなくて……ただ、足手まといで……」
これは以前にも見た光景だ。
なにもできず無力な私だけが生き残ってしまう光景。
そして大切なものを目の前で失う光景。
「大丈夫、大丈夫よ、ティナ……。
あなたは良くやったわ……あの十二貴族相手に一人で戦えるなんてそうそうできる事じゃないわ……。
それにあなたが戦ってくれたおかげで考える時間ができた。
奴に対抗する活路が見出せた。
誰一人生き残るのが絶望的な状況で貴女は生き残ってみせた。
あなたの勇気は無駄じゃなかったわ……」
ニッコリと笑顔を見せるミストルティ。
そして何かを気にするように私に問いかける。
「アルレイアは……?」
爆発に呑まれた後、見つけたのはミストルティだけ。アルレイアの姿はなかった。
大爆発の瞬間無事象に守られていたが、腹部に大きな穴と左腕を切り落とされた状態だ。
瓦礫の下ということは無さそうだが、エナとなり消滅したのか、火中転移で逃げたのかは不明だ。
だが、私は初めて彼女に嘘をついた。
「アルレイアは消滅した。もう……いないわ……」
悔しさで涙が溢れる私の言った言葉を聞いて
「そう、よかった……」
とだけ言ったミストルティは唇噛み締め、悔しみの表情でいっぱいだった。
落ち着いたそれからどれくらい経っただろう。
数十秒か数十分か、数時間か。
時間感覚の狂っている中、ミストルティが口を開く。
「あのね、ティナ……。あなたに話しておかなきゃいけないことがあるの……」
「どうしたの? この状況で話さなきゃダメなこと?」
「今だから……こそよ」
真剣なミストルティの眼に思わず息を呑む。
「あなたの村の真実……」
「村の……真実?」
「そう。あなたの村を襲った犯人それは……
「え?」
空気が止まった。
今彼女が何を言ったのか、一瞬言葉の意味が分からなかった。
ミストルティたちが村を襲った? なんで? どうして?
頭が混乱し、自分が今どんな表情をしているかも分からない。
「村の襲撃を命令したのはステン。そして実行したのはバズー。
あの日私は違う任務で外出していた。彼はわざと私がいない間にバズーを使って村を襲わせたのよ。火の国の襲撃なんていうのは真っ赤な嘘……。今まで黙っていてごめんなさい……」
「なんで……? なんで、あの村を……襲ったの?」
「ごめんなさい。その理由は彼にしか分からないわ」
すまなそうに目を伏せる。
「じゃあ私は何のためにここに来たの……私はみんなの復讐を……そのために来たのに!」
行き場のない怒りを地面に向け何度も何度も殴り続ける。
「止められなくてごめんなさい。黙っていてごめんなさい…ぐっ……」
言葉の途中で血を吐き出すミストルティ。
「ほんとにあなたには申し分け……」
「もう喋ってはだめよ、ミストルティ!」
泣き叫ぶティナの目からは大粒の涙が零れる。
悲しみと怒り。感情というものが分からなくなり、自分の精神が軋んでいるのが分かる。
ミストルティに向けている感情それは怒りではない。
紛れもない悲しみだ。
「そろそろお別れの時間みたい……」
体の力が一気に抜けたようにぐったりとするミストルティ。
「待って! 今ライフドレインを……」
「これは報いなの……。
今までやってきた事の罰なの」
「そんな事っ――」
力の無い手でティナを止め、ティナの小さい手を握る。
「あたたかい」
今にも消えそうな弱々しい声と弱々しい笑顔。
「ミストルティ死なないでよ! 置いていかないで!
ミストルティがいない世界なんて生きてる価値なんてないよ!」
「そんな事言わないで……?」
「無理、無理だよっ!」
泣きじゃくり子供のように駄々をこねる。
こんな姿今まで過ごしてきて一度も見たことがなかった。
「大丈夫、大丈夫よ、ティナ。私の自慢の娘なんだから……」
力の無い手をティナの頭に乗せゆっくりとティナが生きているのを感じるように撫で言葉を続ける。
「私はずっといつ死んでもいいと思って生きてきた……。
でも貴女と出逢ってそれは変わったの。
危ない作戦に行っても貴女の顔を思い出して何度も死線を潜り抜けてこれたの。
ここじゃ死ねない、ここじゃ死ねないって。
でもここが私に相応しい一番の死に場所。
一番大切なものを守り、一番大好きな人の膝の上で命を散らせる事ができるのだから……。
罪人の私にはもったいないくらい贅沢な死に方……」
周りの喧騒なんて耳に入らなった。
ミストルティの一言一言をただ脳裏に刻み込むのがやっとだった。
「そんなに泣いて……私に似た美人が台無しよ……」
それでも涙は止まらない。乾いた肌を大量の涙が伝う。
「生きていてくれてありがとう。ティナ」
そう言った彼女の笑顔は紛れもなく愛情に満ちた笑顔だった。
この愛に満ちた笑顔に泣きっ面を返すのは失礼だ。
「私を……私の命を……助けてくれてありがとう。大好きだよミストルティ」
収まりきらないほどの感謝と愛を精一杯最後の言葉に込めた。
笑顔が作れているか分からない。
もう数年笑った事なんてなかったし笑い方を忘れている。
酷い顔をしているのかもしれない。
「強く生きるのよ……。さようなら私の……大好きな……ティナ…………。」
その言葉を最後にミストルティはエナとなり、私の体を纏うように自然と吸い込まれていった。
強く成長した彼女だが、大切な人の死を昔と同じように心の底から泣き叫ぶ。
黒炎が今だ燃える地の無残に崩壊した城。
そこで戦いの終わりを理解するまで永遠と泣き続けた。
敵幹部をなんとか退けた幹部達が駆けつけた。
セルヴィス、ゴデ、そして村を焼いた憎きバズー。
アルレイアの姿が見えなくなるやいなや、幹部と兵は撤退したと聞かされた。
ミストルティの事を説明した後、彼女の魔導具『黒鏡』と『支配の眼』、魔装『八つ脚の捕食者』と宝具【無事象】を回収し、生き残った数十匹の魔物と数体のゴーレムを連れ
私達が去った後、
隣国の支配下となったらしい。
“十二貴族”アルレイア・インベルトの行方は今だ分からないままだ。
そして、真実を知った私の心には真の憎しみの芽が芽生えた。
母を、村のみんなを殺したステンマイスローズに必ず復讐してやるという復讐の芽が。
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