第20話 代償 (過去編)

“十二貴族”アルレイア・インベルトを前にしてもティナは冷静だった。

たわいない問答をしている間に情報を整理する。

アルレイア・インベルトの能力は右手に触れたものを爆発させる《触爆》。

そしてもう一つ。突然火のあるところから現れる能力火中転移だ。

彼の動きから火から火へ自由に移動できる能力だと推測できる。

それに加え火属性の上級魔術も使えるのも確認している。

動きとしては触爆の爆煙で姿を眩ました後、火中転移での急襲が一番厄介だ。

現在、ミストルティは両足を失い負傷中。

他の“トロステア”メンバーは、アルレイアの部下達と交戦中。

“トロステア”一人、ジェスターは死亡。

連れてきたゴーレムや魔獣はもう半分ほどやられてしまっただろう。

素早くケリをつけなければ、近隣の兵を徴兵されて退路は完全に断たれる。

すでに状況からみれば劣勢。いや、もはや負けに等しい。

だが、なにかあるはずだ。ここから巻き返す何かが。


「消えよ、侵入者」


啞ムガルドの腕で城の壁を大きくくり抜き軽々と持ち上げた。

巨大な岩塊をアルレイアは何度か触れる。


「爆」


岩の後ろが爆発し岩塊が大砲のように飛び出す。


「爆」


岩の後ろが爆発し岩の速度が増す。


「爆、爆、爆!」


岩の後ろが何度も爆発し岩の速度が増す。


「っ!?」


轟音と共に二階の通路が消し飛び、空に浮ぶ赤い月が暗かった通路を明るく不気味に照らす。

ミストルティの入った岩の球体はどこかへと消え、月の光を背にし長く伸びた少女の影があった。


「ふむ、しぶといな」


そこには息の上がったボロボロのティナが強く両足を踏みしめ、立っている。


「消えろ。炎舞えんぶ乱蝶らんちょう


「岩壁!」


一羽だけ後方に通し、残り全ての蝶を前方で防ぐ。


土地槍とちやりひゃく


魔術を唱えながら後ろを振り向く。

無数の槍自分の顔前に風を切る速さで突き出す。

一匹の炎蝶から火中転移してきたアルレイアは不意の攻撃にも関わらず

身を掠めつつも常識外の素早さで全てかわす。


「くそった れっ!」


身体を捩り、語尾を強調して怒り混じりに放ったティナの全力全身の蹴りが

触爆を使おうと前のめりになっていたアルレイアの横顔に空気が震えるほどに強い一撃を与えた。


「よし!」


木の幹くらいなら軽々とへし折れる威力はあるティナの鍛えられた蹴り。

普通なら首が飛んでもおかしくないはずの一撃。

だが、アルレイアは平然としている。

突如、身がひりつくようなもの言えぬ恐怖を感じ取ったティナは

ふらふらな体で素早く距離を取った。


「今の判断は正しい。今退いていなければ、お前はもう呼吸をしていなかっただろう」


今の一撃などまるでなかったかのような涼しい顔だ。


「啞ムガルドの腕は装備者の肉体を強化する。お前の安い攻撃は私には通じない。

我が城に侵入した時点で貴様たちの死は決まっていたのだ。罪は死で償え」


アルレイアが手を伸ばし魔術を唱えた。


「炎舞―鬼喰おにばみ!!」


上級魔物を一瞬で溶かすほどの常識外れの猛熱の炎がティナに迫る。

先ほどの岩塊をモロに受けたティナは今放った土地槍と渾身の蹴りで勝負を決めるつもりだった。

しかし十二貴族はそんなに甘い相手ではない。

ティナ一人で勝つなどまるで子供の夢物語。

少し魔術の才能に恵まれ、少し鍛えられたただの村娘と

最上級の素質を持ち、幼い頃から英才教育で育った貴族が

魔装で武装していては戦いという名の舞台にすら上がれていないも同然だった。


格の差がありすぎた。


その一言に尽きる。


もう終わりだと自分の愚かさと奢りを悔いながら死を覚悟した。


そんな時だった。


「無事象!!」


迫る猛熱の炎がティナを避けるように過ぎていく。

ティナは何が起きたのか理解できていない。

なにも思考がついていかなかった。


「これは……」


「土地槍―いち!」


その能力気づいたアルレイア。

しかし、自分の腹部に大きな大槍が刺さっている事に気づくのは、その数秒後だった。

吐血しつつもその攻撃に驚愕する。


「まさか啞ムガルドで強化された我が肉体を貫くとは……」


冷静ながらも腹部から多量に血を流す。その傷は致命傷だ。

死の危険を感じたアルレイアは周囲に火を放ち、火中転移で撤退しようとする。


「逃がさないっ!」


壊れた城の外壁から現れたミストルティは、周囲に土砂を撒き火を鎮火。

逃げ場の無くなったアルレイアにとどめを刺そうとする。


「炎舞―天柱てんちゅう!」


ミストルティとアルレイアの間を炎の柱が遮る。


「岩弾砲―尖放せんぽう!」


尖った岩が天柱を貫くも啞ムガルドの腕に砕かれた。

続けざまにミストルティは攻撃を繰り返し、アルレイアもそれに応戦する。

二人の一瞬の油断も許されない上級魔術の打ち合いが続く。

魔装と魔装がぶつかり合い火花が散る。

散ったその小さな火花にもアルレイアは《火中転移》しミストルティを隙を狙うも

ミストルティはそれを想定していたかのように『八つ脚の捕食者』で対処していく。

上級魔術の打ち合い。高次元のレベルの組合い。それを幾度となく繰り返す。

ティナはただ息を呑みミストルティの勝利を祈る事しかできない。

ミストルティは火の魔術を無事象で無効化しつつ

地の魔術で揺さぶり、八つ脚の捕食者でとどめを狙うも

アルレイアは高火力の魔術をおとりにし

火中転移で周囲に移動し揺さぶり、触爆でとどめを狙っている。

両足を失った不揃いな短い髪のミストルティと腹部に大きな穴の空いたアルレイア。

両者とも大きな傷を負っている。今の力はほぼ互角。どちらかが少しでも力を抜けば勝負が着く。


そして激しいぶつかり合いの直後、ミストルティを支えていた脚が地面に着いた瞬間に先端が砕けた。


「っ!」


砕けるのを待っていたかのように瞬時に距離を詰めるアルレイア。

勝負をかけるつもりだろう。


土地槍とちやりひゃく!」


ティナが援護のつもりで放った攻撃は易々とかわされた。


「こちらが勝ち筋か……」


アルレイアはボソリと呟き炎蝶をティナに向けて放つ。


その炎蝶の速さは凄まじく今までの比ではない。

ふとした時にはもう目前に迫っていた。


無事象むじしょう!」


ミストルティが咄嗟に宝具を使用すると

アルレイアは待っていたとばかりに魔術を唱える。


「炎舞―鬼喰おにばみ!!」


右手から放たれた身を溶かすような灼熱の炎はあっという間にティナを覆った。

周りを完全に囲まれ酸素がありえない速度で燃やされていく。

喉が焼ける痛みに耐え最後に大きく息を吸い込む。

もうこれ以上満足な呼吸はできない。

ジリジリと迫る猛炎。溶かされるのは時間の問題だ。

なにか策を考えなければならない、しかし脳が限界を感じるほどの高温。

今にも気を失いそうだ。もうダメかもしれない。


「ティナは絶対に殺させない」


砕けた脚以外の七本を束ねる。


「収束!―七点しちてん!!!」


七本の脚は溶けながらも鬼喰を突き破り、アルレイア目掛け一直線に伸びる。


「おわりだ」


火中転移で鬼喰の炎の中に消え、ミストルティの背後に現れる。


「必ず、後ろに来ると思ったわ」


アルレイアの背後に回る癖を掴み、二人を囲むように無事象で結界を張った。


「この中では魔術も触爆も火中転移もできない。

そして、その左手に着けている禍々しい力を持った魔装。それは使わせない」


体を支えていた先端の砕けている一本の脚で魔装の着いた左腕を根元から切り飛ばす。


「おわりよ」


アルレイアの腕が弧を描がき、血を撒きながらも宙を舞う。

それが地面に落ちるより先に心臓を脚で貫くのは容易だった。

そのまま心臓を貫けば、火の“十二貴族”アルレイア・インベルトを倒せる。

だがアルレイアはとどめを刺そうとするミストルティを一切見ていなかった。


「奪い取る。せめて……若い可能性を」


ふとアルレイアの目を見るとその目はまだ死んではいない。諦めていない。

この目は命を奪う目だ。死を覚悟し、なにかを奪う目。

こんな目をミストルティは何度も見てきた。

幾度と無く命を奪ってきたから。

彼の目線の先にはボロボロの身体で自分の愚かさを悔やみ

自分の弱さに絶望した若い少女の姿があった。

守るのもなんて何もなかった。だから無慈悲に残酷になんでもしてきた。

故郷の村がステンに襲撃され、生まれ持った能力が高い一人の身を捧げれば

みんなを助けるという条件で、あの忌々しいステン・マイスローズの殺戮人形となった。

嫌な命令も数えきれないほど聞いて、たくさんの命を奪ってきた。

血に塗れた穢れた存在。

そんな彼女でもたった一つ守りたいモノがあった。

自分の命をとしてもなんとしてでも守りたい。かけがえのないモノが。


「触爆!!」


アルレイアの大声がこだます。

城のあちこちにあらかじめ仕掛けていた触爆を一斉に起動させ、城は大爆炎に包まれた。

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