第18話 少女の救い (過去編)

魔界の火、水、樹、風、雷、地の六属性に分かれた六国の一つ地国オーディロ。に属する土地見果てぬ地アースラ

その中にある人口三百人ほどの小さな村でティナは生まれた。

特別豊かではないが、貧しくもない普通の村。

幼少期は近所の子供と畑で遊び、いたずらをしては怒られ

たまに母の手伝いをするごく普通の少女。

そんな少女に突然の悲劇が襲う。

虫の鳴く静かな夜。

母親と一緒に寝ていたティナは遠くの小さな爆発音で目を覚ました。

「んん」と眠い目を擦りながら起き上がると音に耳を澄ます。

最初は遠くで聞こえていた音は、段々と大きく鳴り響く。


「まま、起きて、大きな音聞こえる」


恐怖と危険を感じ、急いで母を起こすと

音を聞いた母は慌ててティナを抱え、音の反対側へと走った。

後方から聞こえるのは、どんどん迫ってくる爆音と人々の泣き叫ぶ声。

そして息を切らし、走る母の息遣いとヒタヒタと聞こえる裸足の母の足音。

抱えられ後ろを向くティナの目には

空まで上る黒い煙と炎で真っ赤に染まった村が目に焼きついていた。

逃げ場を求めて走る最中、真横から激しい爆発音が響く。

母は瞬時に娘を身体全体で抱え込んだ。

その衝撃で二人は反対側の家群へ軽々と吹き飛ばされる。

母はすぐさま立ち上がろうとしたが、右足に強烈な痛みを感じた。

恐る恐る足を見ると大きな木片が足に突き刺さっている。

それだけではない右側の背中にも大きな木片が刺さっている。

気付いた途端痛みは更に増す。

腹と足からは、おびただしいほどの血が床の木目に沿って流れ出ていた。


「まま、大丈夫?」


それを見てティナが心配そうに声を掛けると

母は「平気よ」と無理な笑顔を作って笑う。


「あのね、ティナ。よく聞いて……」


顔は青ざめ、今にも叫び出したいほどの痛みをかみ殺しながら

娘の目をしっかり見て話し出す。


「これはね、私たち一族のお守り。長い長い歴史を繋いできたみんなの宝物。

二十歳になった時に後世に託すものなの……ごほっ」


母が咳き込むと真っ赤な血がティナの顔に跳ねた。


「ままぁ……」


子供ながらその時にはもう母は助からないとどこかで分かっていた。

でも、なにか救いはないかとティナは外へ助けを求めようと駆け出そうとするが

母は力強く娘の手を握り、優しく手繰り寄せた。

ティナの体を精一杯の力で強く抱きしめ

耳元で魔術を唱えた後、一言だけ娘への言葉を告げた。


「ティナ。愛しているわ」


徐々に抱きしめる力は弱くなり、母の体はティナの身体を滑るようにゆっくりと床に倒れた。

先ほどまで握られていた掌を見るとそこには

母の耳に付いていた黒いハート型のイヤリングが悲しげに輝く。

母のエナが自分の中に消えていくのを見ながら

唯一渡された形見を血が出るほど強く握り締め、心の底から泣き叫ぶ。

泣き声をかき消すかの如く、隣の家が轟音とともに爆発し

ティナはあっけなく瓦礫の下敷きとなった――――。


――――それから幾日たっただろうか。

なにも食べず、なにも聞こえず、なにも動けないまま瓦礫の下でティナは生き残った。

母が最後にかけた魔術ライフドレインは生命の命を吸い取る術。

母は最期に自分の命を愛する娘に全て渡した。

爆発で生き埋めになった他の村人の命も吸い、飲み食いせず丸二週間。ただ生きていた。

しかし、ただ生きてるのほどの地獄もない。なにも出来ないのだ。

ただ身動きできないまま、土や木材や人の焦げた臭いが鼻に永遠と残り

何も見えず真っ暗で、外の音も聞こえない無音の世界。

年端もいかない子供にはこれほどの生きる地獄もない。

後、幾日経てば死ねるのか、ティナはそれだけを考えて過ごしていた。

そんな時、微かに自分の上で瓦礫が動く。

たまたま崩れたのではない。

誰かが人為的に動かしている音だ。

ティナは今ある限界の力で大きな声を出す。


「……助け……て……」


それは思ったより遥かに小さくか細い声。

子供が咳をした程度の声量しか出すことができなかった。

ライフドレインをしていたとはいえ身体はもうほぼ瀕死に近い。

それでもティナは叫び続けた。

助けて。助けて。助けて。

同じ言葉を何度も何度も。命を燃やすように叫んだ。

するとこもった空気がスウっと冷たい空気に変わり、瓦礫の隙間から小さな光が見えた。

助けを求める少女を見つけた女性は

がむしゃらに瓦礫を退かして地面を掘り起こし

やせ細ったティナの身体を持ち上げると泣きながら抱きしめたのだ。

ただ、ただ泣きながら。

その女性からは土や瓦礫と違う生き物の体温を感じる。

それに安堵したティナの目からも乾いた肌をつたい一滴の涙が流れた。


あの地獄からティナを救ったのは、ミストルティという女性。

見果てぬ地を治める“十二貴族じゅうにきぞく”ステン・マイスローズの傍付きだ。

長くて綺麗な白髪を左の胸元まで流し

妖艶ようえんな漆黒のドレスを身に纏い

華奢きゃしゃな見た目とは裏腹にとても強い。

その反面人一倍優しく、領地の人々と気兼ねなく話す皆に慕われ、認められる存在だった。

ミストルティは痩せ細り衰弱しきったティナを

ステンの屋敷へ連れて帰り、毎日付きっきりで看病した。

その甲斐かいあって数週間後には、ティナは元の健康的な身体に戻った。

だが、心だけは元には戻らなかった。

あの日以来、心は完全に壊れ、感情を失い

人形の様にただベッドの上で高い天井をみつめる日々。

小さな子供にはあまりに酷な出来事だ。

それを見かね心を痛めたミストルティは彼女を抱きかかえ、屋敷の内庭に連れ出す。

内庭はとても広く、透き通った噴水や色鮮やかな花々が生い茂る楽園のような場所。

子供ならたまらず駆け出してしまうようなところだが、ティナは何もしようとはしない。

ミストルティは少し困った様に小さな溜め息を漏らした。

どうすれば喜ぶか、自分が子供だったらと考え一つ案が浮ぶ。


「少しここで待ってて」


ティナを大人用のガーデンチェアに乗せると

庭の薄紅色の花をいくつか摘み、素早く丁寧な手付きで何かを作り始める。

数分後戻って来ると、ティナの目線と合う様に膝を付きしゃがんだ。

小さな両手を優しく取って、その上にふわりと何かを乗せた。

それは先ほど摘んだ花で作ったハートの形の花飾り。

今まで何にも反応を示さなかったティナだったが

それを見た瞬間ビクンと体が震え、心臓から熱い血が身体中に流れてゆくのを感じた。

止まった時が動き出したかのように五感に感覚が戻る。

するとティナは身体中のあちこちを探すように触り、大切なものが無いことに気づく。


「わたしの……わたしの宝もの……どこ……?」


久々に発したか細く掠れた小さな声。

すがる様な目でミストルティを見る。


「あなた……言葉を……」


少し驚いた後、何かを理解したように少女の小さい目を優しく見つめ返す。


「そう……やっとお話できるようになったのね……よかった」


感極まった様に目元に涙を浮かべるとミストルティはティナを優しく抱きしめた。

手を繋ぎながら二人はティナ部屋に戻り、小さな身体をベッドに座らせ

部屋の奥の引き出しから小さな箱を取り出した。

ティナの横に座るとその小箱をそっと開ける。

出てきたのは丁寧に保存されていた十字の先端にハートが付いた黒いイヤリング。

ティナの母が死ぬ寸前にティナに渡したものだ。

ミストルティは母が死ぬ間際、ティナにどんな魔術をかけて命を守ったのか

時間を掛け細かく教えた。

幼きながらに賢く、その意味を理解できたティナは守ってくれた母と

救ってくれたミストルティに感謝し、大粒の涙を流しながら声が枯れるほど泣き続けた。

ミストルティはそんな儚い少女を「大丈夫、大丈夫よと」優しく抱きしめたのだった。


心の戻ったティナに一人でも生きていける術をと魔術を教えてみたところ

ティナは地の下級魔術をあっさりと覚えてしまった。


「ティナ……貴女魔術の才能があるわっ!」


ミストルティはあまりにも飲み込みが早いティナにその後も中級魔術

さらには上級魔術なども教えていった。

そのなかで、ティナはミストルティを母のように慕い

ミストルティはティナを子のように愛情を注ぎ

まるで本当の親子のように一緒の時を過ごした。


月日は流れ、ティナは立派に成長し十三になる頃には、優秀な魔術師となった。

上級魔術を使いこなし、大人顔負けの魔力量をも手に入れていた。


ある日、ミストルティとティナは城の主に召集された。

すぐさま二人は応じ、ミストルティが普通の部屋のドアよりも

一回り大きな木製のドアを数回ノックする。


「入りなさい」


中に居る男の声が入室の許可を下す。

二人が部屋に入ると、黒いタキシードを着て

黒い眼鏡を掛けたとても落ち着いた雰囲気の男が座っていた。

窓から入る朝日を浴びながら左手のソーサーにカップから紅茶注ぎ、静かに飲んでいる。

机も椅子も高価なもので机には焼きたてのスコーンまで並べてあった。

見た目から一流の貴族らしい気品や上品さを感じさせる。

この男こそが地国の“十二貴族”であり、この大きな屋敷の主。ステン・マイスローズ。

ティナがステンに会うのは、これで二回目。

数年間、同じ屋敷に住んでいても、今まで全く見かける事がなかった。

初めて顔を合わせたのは、心が戻ってから数日後の事。

ミストルティに連れられ、今居るこの部屋で屋敷に住まわせてほしいと二人で頼みに来た時だ。

全てミストルティが責任を持つのであれば、という条件でここに住まわせてもらうことができた。

そしてその時に、村に何があったのか少しだけ聞いた。

地の国の隣国。火国カイネフの軍勢が攻めてきて

一番近かったティナの村を一夜にして焼き滅ぼした。

その後、この地の領主であるステンが応戦し、その軍を撃退。

村の状態を確認しに来た時に、ティナを見つかったそうだ。

この屋敷のバルコニーから村があった場所が見える。

でもそこにもう村は無く、今は何も無い更地になっている。

まるであの出来事が何も無かったかの様に。

そしてその時、ティナは生きる目的を決めた。

必ず村を滅ぼした奴らに復讐すると。

その強い意志と地獄の中を生き抜いた精神力。

そして若きながらに持つ魔術センスを買われ

今回ステン・マイスローズの持つ“トロステア”のメンバー候補に

抜擢ばってきされここに召集されたのだ。


「ミストルティ、ティナ参りました」


ミストルティは床に片膝を付き、目を伏せた。

それを見てティナもすぐに真似る。

ステンは紅茶置くと二人に向き合った。


「立っていいよ、それより早く本題を話そう。

せっかくの紅茶と焼きたてのスコーンが冷めてしまう」


紅茶とスコーンに目を移しながら、ミストルティを見る。


「はい、お時間を取らせて申し訳ありません。

しかし、トロステアに入るというのは、この子の人生に関わる事。

説明を交えた後、本人の意思で決めさせてもよろしいでしょうか?」


少し考えた後、ステンは静かに頷いた。

ミストルティはティナにトロステアの詳細を説明した。

“トロステア”とはステンの持つ実動部隊。

ステンの命令を忠実に聞き、任された任務を速やかにこなす者を指す。

ステンに認められる程の腕前や、忠義が無ければ所属することはできない。

所属する事ができれば、地位や名誉を保障され、ステンの統べる土地で、なに不自由なく暮らせる。

いわばステンお墨付きの称号だ。

そして、ミストルティはそのトロステアのリーダーでもある。

だが、その彼女はこの話にあまり乗り気では無い様に見えた。


「よく考えて、ティナ。貴女は自分の人生を自分の意志で決める権利があるわ」


そう言った彼女の目はとても真剣で、何かを訴えかけている様だった。

彼女のその強い意志のままに答えを出そうとした時、ステンが言葉をさえぎった。


「ティナ。君の村を滅ぼした者に復讐はしたくないか?」


ポツリと放った言葉がティナの気持ちに割り込んだ。


「私ならば、お前を更に鍛え、今よりももっと強い魔術師にする事もできる。

さすれば、お前の村を消し炭にし、虫を殺すかのように村人や母の命を奪った

あの憎き火国の者共に復讐する事ができるだろう。

近々、隣国を攻め落とす計画があるのだが……大きな作戦の分、少々力不足なのだ。

ミストルティたちだけでは、少々生存率が下がってしまう。

そこでお前がトロステアに入ってくれれば、作戦の幅も広がり、作戦案も増やせる。

ミストルティたちの生存率も格段に上がるのだが……どうだろうか?」


そのステンの言葉はティナにとってとても魅力的な言葉だった。

復讐するために強くなれ、憎き相手へ攻撃も仕掛けられ

恩人であるミストルティの助けにもなれるのだ。これほど望んだチャンスはないのだが。

バンと机を叩いたミストルティは珍しく声を荒らげて反対した。


「待ってください!!

此度こたびの作戦は私達だけでも大丈夫です!! この子の力を借りずとも――――」


「黙れ、ミストルティ。誰の許可で口を挟んでいる。今、貴様に話す権利を与えていない」


冷く強い口調で命令するステン。

強く割って入ったミストルティだが、それ以上言葉を発する事はなかった。


「さあ、決めてくれティナ。私も忙しい身でね、あまり時間を割いてはいられないんだ。

あまり時間がかかるようなら少し頼りないがホプスを入れるしかない。

でもそうなれば誰かが犠牲になるやもしれん」


わざとらしく悩むステン。

それを理解しながらもティナは真っ直ぐステンを見つめてこう告げた。


「トロステアに入ります」


望んだ言葉を聞くとステンは満足したようにすぐさま官位の儀式を始めた。

ティナは部屋の中心に膝を付きステンを見上げる。


「今ここに“トロステア”ティナとしての位を認める。

今後、我が命に従い、我がために尽力せよ」


「承知いたしました」


ステンがティナの両肩を交互に触れ儀式は完了。

これで名実ともにトロステアの一員だ。

ティナは自分のために自分の人生を決めた。その選択に後悔はない。

だが、その後のミストルティは唇を噛み、震えるほどに拳を強く握り

とても悔しそうにただ下を向いていた。

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