第17話 日常を夢みる少女

言葉を自分に言い聞かせ、ティナは腕を横に一振りする。

その不自然な動きを見て、ロードは飛翔で宙へ回避。


「っ!?」


ティナは大きく目を見開き動揺しているようだ。

何度も何度も腕を振る。

しかし、彼女の思い描いた光景にはならない。


「まさか、さっきの一太刀目でこの武器の“特性”に気づいたの?」


「目に見えない透明な剣。長さも魔力量で調節できて、重さも変化しないってところか?」


淡々と話すロードに深い溜め息をつく。


「あの一瞬でこの『視認できない剣クリアソード』をそこまで分析できるなんて……。

王族ってほんとにすごいのね。ほんとにすごい……すごい……ムカツク」


明の背後から漆黒に染まった二本の鋭く大きな槍のようなものが飛び出し

ロード目掛け襲い掛かる。

宙を舞い回避するも、攻撃スピードもロードに劣らず速い。


「ふーん、避けきるんだ。じゃあ、追加」


更に二本の槍が背中から出現し、ブンッと風を切り一点目掛け伸びていく。

そのスピードは全く衰えず、四本の槍は複雑に動きながらロードを追う。


「あは♪ 逃げ惑うハエみたい。じゃあ、これでおしまいよ。

捕食せよ! 『八つ脚の捕食者スパイダー』!」


新たに四本の黒い槍が増え、計八つの大槍が一斉に襲い掛かる。

獲物を捕らえ食する蜘蛛の足、魔装『八つ脚の捕食者』の名にふさわしい姿。

ロードはその八方攻撃に真っ向から立ち向かう。


「爆雷―はち!」


八つの電撃が放たれ、八つの脚一本一本に八つの電撃が衝突し、爆発。

しかし、脚の勢いは落ちずどれも健在。

少し小さな傷とひびが入った程度で、大きな損害ではない。

ロードの上級魔術を耐える脚の装甲そうこうは、かなりのものと言えるだろう。

それに加えて不意を突くように視認できない剣の乱舞が襲い掛かる。

風の能力も得意とするロードだからこそ、

空気の流れや振動で視認できない剣に対応することができている。

しかし、風に神経を研ぎ澄まさなければ、剣の軌道きどうを完全に読むことはできない。

だが、そちらだけに気を回してはいられない。

視認できない剣の乱舞に加え、八つの脚も襲い掛かる。

複雑な動きで翻弄ほんろうしつつ、死角や回避しにくい場所を的確に攻めてくる。

致命傷は全て避けてはいるが、身体は掠り切り傷まみれ。これではジリ貧だ。

猛攻の隙を見てティナにも攻撃を試みるが、全て八つ脚の捕食者に防がれてしまう。


「無駄よ。八つ脚の捕食者は機動力、攻撃力、防御力どれも優秀。

城内で使用人に囲まれて生ぬるい暮らしをしていた盆暗ぼんくら王子じゃ私には勝てないわ!」


感情とシンクロするように、八つ脚の捕食者と視認できない剣の猛攻は更に激化。


「そんな温い暮らしはしてなったがなっ!」


風壁で防ぐ事はできるが、手数の多さにより数発で破られてしまう。

風壁を何度も張り直す最中、体勢が崩れ一瞬の隙が生まれた。

そこを見逃さず、ティナは滑り込むようにロードの懐に入る。


「もらった!」


スパイダーの鋭い爪がロードの脇腹の肉を抉り取った。


「ぐっ……風衝(ふうしょう)」


咄嗟に風の衝撃波を前方に放ち、体勢が崩れたまま、自ら後方まで吹き飛ばす。


「ロード! 大丈夫!?」


心配そうに朔桜が駆け寄ると、床にガクンと膝を付き、床に血が滴り落ちる。


「ちっ。回復頼む……」


苦しそうなロードに朔桜は、無言でエレクトロ電池チャージャーを当てると

宝具がまばゆい輝きを放ち出し、抉られた脇腹の傷も多くの細かなかすり傷も

全てが無かったかの様に回復した。


「み~んなこんな弱いやつにやられちゃったの?」


鋭い槍のような脚に付いたロードの血を素早く振り払い、

コツコツと厚底の靴音をたて、ゆっくりこちらに迫る。


「なに、こいつがお前相手に本気を出すなとうるさくてな。手を抜いてやってるんだ」


ゆっくりとロードは立ち上がり、ティナと向き合う。


「そ? 本気でこなきゃすぐ死んじゃうよ?」


指を艶やかな口元に当て、首を傾げる。

そして背中の八つの脚が円を描くように大きく広がった。


「ああ、そうか。じゃあ、遠慮なく」


そう言ったロードの雰囲気が一転。

身体から紫の火花がバチバチと激しく散り、抑えていた魔力が溢れ出す。

二人が一触即発のところを少女の大声が阻んだ。


「ダメ~~!!!!」


こもった部屋に朔桜の声が響き渡る。


「ロード! てぃなに乱暴な事はしないって約束したでしょ!」


やれやれと言いたげな顔でロードは静かに目を伏せ、火花を収めた。


「明も! もうやめて! どうしてこんなことするのっ!?」


その悲痛な叫びに反応し、常に朔桜と合わせないように背けていた目をしっかりと合わせる。


「朔桜。そんなの簡単な事よ……」


明は思い出にふけるように静かにうつむく。

ゆっくりと顔を上げ、そして、一言告げた。


「私達の……日常を取り戻すため」


「え?」


その瞬間。不意をつくように八つ脚の捕食者がロードを突き飛ばす。

完全なる不意打ち。

飛ばされたロードの身体はタイルでできた壁に激しく叩きつけられた。


「ロード!!」


朔桜が傍に駆け寄ろうとしたが大きな脚が行く手を阻む。


「朔桜、行ってはダメ」


朔桜は悲しそうな表情で、ただ黙って明を見つめる。


「その宝具を私に渡して。そして、こいつの事は忘れるの」


伸ばした脚を戻し、ロードをにらむ。

ロードは壁に埋まったまま動く様子はない。


「これは私のとても大切なもの。明も知っているでしょ。渡せないよ」


その言葉を聞き明は沈黙する。


「それにロードの事も忘れない」


力強く言い放った言葉。

その言葉には朔桜の意志が強く込められていた。

ティナはなにかを自分の中で決めたように頷き、八つ脚の捕食者の四本の足を合わせた。


「収束!―四点してん!」


合わさった四本の脚は朔桜の目では追えない速度で

ロードが吹き飛んだ場所へ一直線で突き刺る。

一間遅れて激しい風と揺れ、轟音が押し寄せた。


「ロードっ!」


朔桜が叫びは風音と轟音に交じり合う。

少しして静まると吹き飛んだ壁からボロボロと砂の崩れる音だけがする。

直後、聞こえたのはティナの舌打ち。

朔桜が上を見上げると黒い衣に付いた土埃を払うロードが余裕そうに浮いている。

砂混じりの唾を吐き、口を拭った後高い位置から見下しながらティナに言い放つ。


「そんな狙いが分かりやすい直線攻撃。当たるか、馬鹿」


その言葉をきっかけにティナの雰囲気が重苦しく変わる。


「死ね」


ポツリと言葉をこぼした瞬間、八本の鋭い脚がロード目掛け一斉に襲い掛かる。


「安い挑発に乗って八本全部攻撃とは。お粗末な頭だな」


その言葉にふと我に返り、ティナは四本の脚を引っ込めようとして動きが鈍る。


「風造―りん!」


ロードはその隙に攻撃してきた四本の脚を風の輪で一つにまとめ上げ

そこを軸にして今度は明を壁に叩きつけた。


「くそっ」


四本の脚で衝撃を防いだ明は無傷で瓦礫から立ち上がる。


「お前はまだ技術が足りてない。攻撃してる時は守れず、守ってる時は攻撃できないだろ」


突然、図星を突かれ、返す言葉も無く無言の肯定。


「それに朔桜が気になって俺との闘いに集中出来ていない。

そこまでこいつに執着することがあるのか?」


少しの沈黙の中。

静かに朔桜に歩みを進め

ティナは先ほどとは違う優しい声で語りだす。


「朔桜は……私を救ってくれた三人目の人。

私を救ってくれたの。その『雷電池』で」


 明は静かに朔桜の手を取る。


「お前、こいつが宝具を持ってた事を知ってたのか」


「ええ、知っていたわ。でも隠していたからね。朔桜にも、そしてステンにも」


「どうして?」


明の表情が途端に曇る。

苦虫を嚙み潰したような険しい表情で視線を逸らす。


「宝具なんて災厄しか生まないの。関わる者を不幸にする。

朔桜がそんなものを持っている事が知れたら、必ず戦いに巻き込まれる。

だから私が守ろうと決めた。朔桜と朔桜の母との繋がりのペンダントを。

私の八つ脚の捕食者とこれもね、大切な人たちの形見なの」


右の髪を掻き分け、光沢のある十字の先端にハートが付いた黒いイヤリングを見せた。

よく見ると小さな傷がたくさん刻まれている。

八つ脚の捕食者とは違い魔装でも宝具でも無いようだ。


「宝具には結界も張られてるようだったし、宝具の力さえ使用しなければ、ステンたちにはバレないと思ってたのに。そのクソ魔人を回復させるところをホプスに見られたから」


「ホプス? いつぞやの泥蛙か」


吹き飛ばされたはずのロードは平然とした様子で戻って来る。

もちろん無傷。ティナは知っていたかのように静かにロードの言葉に頷き肯定した。


「ホプスに見つかった以上ステンには隠せない。

もし黙っていた事がバレたら朔桜も私も殺されかねない。

だからフォン・ディオスを殺した後、私が朔桜から奪い取ると話を通して

朔桜を襲撃するのは待ってもらっていた」


「宝具を直接狙わず、やたらと俺に敵が来るとは思っていたが、そういうことか」


ロードは一人で納得している。

だが、いきなりの大量の情報に混乱し叫びだす朔桜。


「あー! もうっ! 全然分かんないよ! とりあえず明は敵なの!? 味方なの!?」


朔桜のそんな仕草に明は愛しいモノを見るような目で微笑む。


「混乱させてごめんね、朔桜。

私はあなたの味方。そしてそいつと


「俺はともかく、ステンの敵? お前のボスだろ」


ロードが不思議そうに問い返す。


「あんな奴ボスでもなんでもないわ。ただの復讐相手よ」


その憎しみの表情に嘘偽りはない。


「なにかワケありみたいだな。話してみろ。その内容次第じゃ、俺達が戦う理由は無くなる」


「命令するな! 誰がお前なんぞに!」


声を大きく荒らげる。


「話してっ! 明っ!」


朔桜も負けずと声を張った。


「あれは……私が幼かった頃の話――」


「おい、気変わり早えな」


朔桜の説得で少女は語りだす。


あまりにも救われず。


あまりにも報われず。


あまりにも失いすぎた少女の過去を。

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