第16話 トロステアの総合幹部

 二人は殺気の放たれた場所を辿り、森の中を少し歩くと拓けた場所に出た。

目の前には数十メートルもある高い岩崖がそびえる。

そこ崖の側面には、人が出入りできるほどの無数の四角い穴が空いており

不気味な雰囲気を漂わせている。


「ここがステンの根城ってわけか」


崖を見上げ辺りを観察していると

俺の後ろを続いて歩いていた朔桜が数歩前に出ようとした。


「止まれ!」


ロードは朔桜を強く制止し、朔桜はビクッとしながら足を止める。

辺りを見回すと崖の周辺にはいくつものトラップと結界が張り巡らされていた。

だが、妙な事に全ての罠は機能を失っていた。まるで安全に通させようとしているかのように。

ロードがくまなく安全を確認をしながら崖側へと進む。

程なくして無事に崖下付近に辿り着いた。

穴の数は百を越えており、どの穴が入り口なのか分からない。

おそらくこの無数の穴も撹乱させるためのトラップ。正解はひとつなのだろう。

片っ端から入っていくにも数が多く現実的方法では無い。

全ての入り口に攻撃を放とうかとロードが考えていると

崖の中段辺りにある一つの入り口から、先ほど辿ってきたのと同じ殺気が放たれる。

こっちだと案内しているのだろう。


「随分と待遇がいい事だ」


ロードは朔桜を抱え、殺気の放たれている入り口まで一足で跳び上がる。

着地すると同時に両壁のロウソクが一斉に灯った。

明かりがあっても、入り口からでは奥行きが深すぎて先が全然見えない。

一体、どれほど奥まで繋がっているのだろうか。


「俺から離れるな」


ロードが朔桜に警告すると静かに頷いた。

辺りを警戒しながら奥へ奥へと進む。

その途中、朔桜が不意に口を開く。


「ロードさん約束してください。絶対にあの子に乱暴な事はしないって」


その声色は真剣そのもの。


「さあ、時と場合による」


前を向いたまま雑に返事をすると、朔桜は足を止める。

それにつられ、ロードも足を止めた。


「ダメ。絶対」


少し頬を膨らまし、腕をクロスして×を示す。

絶対にダメだという朔桜の精一杯の表現。

紫色の大きな瞳は、ロードの眼を一点に見つめる。

逸らす事はなく、ただ目で訴えてくる。

ロードは溜息を漏らし、朔桜のその強い意志に折れた。


「善処する」


「ありがとうございます! ロードさん!」


にこりと笑顔の花が咲く。

さっきの真剣な目をしていた表情を人間とはまるで別人だった。


「さんはいらない。歳もそう変わらないだろ。普通に呼べ」


「ん? ロード……でいいの?」


「ああ、それでいい」


「あはっ! なんかいいですね! 名前呼び! 仲良しみたい!」


「違う」


ロードはあっさりと否定しつつも足を進める。

朔桜は終始笑顔でロードの後を追った。

程なくして広くて大きな部屋らしきところに到着。

この場所だけは妙に空気感が違う。

形は正方形で床や壁は、薄青く光る大きなタイルで囲まれている。

草野球をするには十分な広さがあるだろう。

地面には青白いタイルが無造作に積まれていたり、散らばっている。

その積まれたタイルの上に腰掛けていた者が、体重の感じさせないほど静かに降り立つ。


「まさか全員倒しちゃうなんて、さすがは雷の王子様」


黒いマントで身体を覆いフードを目深に被っている。

だが、声から性別は女だと分かる。


「お前で最後か?」


ロードが問うと女は小さくタメ息をついた。


「そうね。もう私しか残ってない」


淡々と言葉を返す女は、仲間が死んだ悲しみなど一切感じない。

むしろ少し呆れている様に感じる。


「海岸で雑魚共をけしかけたり、俺の能力を仲間に流したのもお前だな」


「そそ、でもまさか朔桜を通してデマを流されるとは思わなかった。いつから気づいていたの?」


「一番初めからだ。

俺の事を知るのはここの世界に来て最初に出逢った朔桜と既に倒した蛙の魔物。

そして


その言葉の後少し静寂を、乾いた笑い声が破る。


「ふふ……、あはは、そうだよね、バレちゃうよね。

あーあー、朔桜には知られたくなかったなぁ」


女は独り言のように呟いた。

その言葉を聞き朔桜は一歩前に出る。


「やっぱりあなただったのね、てぃな


数秒ほどの間の後、何かを覚悟したかの様に

女は黒いマントを宙放り投げる。

そこには妖艶な漆黒のドレスを着た

並木朔桜の同級生にして親友の月星つきほし てぃなの姿があった。

朔桜にとっては驚愕の真実のはず。

しかし、朔桜はその姿を見ても一切動揺しない。


「あれ? 驚かないんだね?」


明は視線を逸らしながら寂しげに話す。


「うん、ロードに聞かされていたから」


朔桜の目はしっかりと明を見つめている。


「そっかそうだよね、全部、全部そいつのせいなんだ!

そいつがこっちに来たから! そいつが朔桜に出会ったから! すべてが狂った!

お前がっ! お前さえ居なければっ! 朔桜とこれからも平穏に過ごしていけたはずなのにっ!!」


投げやりに激昂げきこうし、憎しみに歪んだ顔で叫びながら

太ももに備えられた黒い剣のを手に取り、ロードに差し向けた。

ロードは反射的になにかを察し、風壁を張ると、心臓に近い壁の一部がひび割れる。

動揺する様子も無く、近くにいる朔桜を素早く抱え、後方に下がると朔桜を優しく降ろした。

少し下がってろと言い残し、明の方へと静かに歩み、向かい合う。


「ロード」


「分かっている」


ロードは朔桜の声色で言いたい事を察する。

傷つけるなと言いたいのだろう。


「私はティナ。ステン・マイスローズに仕える“トロステア”の総合幹部」


雷国エベレリオン黒極の地ゼノの統治者。

“十二貴族”フォン・ディオス家の第二王子。ロード・フォン・ディオス」


お互いは自らの名乗りを上げた。


「女だからと見縊みくびるなよ。フォン・ディオス」


柄を構え、敵意を剥き出しにするティナ。


「はなからそんなつもりはない」


「それでいい。お前を消して朔桜の宝具を奪う。それで朔桜の日常は取り戻せる……」


ティナは自分に言い聞かせるように呟き

ロードにを向けるのだった。

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