第15話 合流と決断
魔力が完全に底を尽き、黒鏡で朔桜に連絡することも
飛翔で空を飛んで帰ることもできなくなり、
夜深く静まりかえった森の中をふらふらとおぼつかない足取りで歩く。
ステンの呼び出した三体の魔獣から、がむしゃらに逃げた事で
ロードは今どの辺りにいるのか分からなくなっていた。
こんな状況でステンに出くわしたら一巻の終わりだ。
抵抗する間も無く一瞬で殺されてしまうだろう。
暗い森の中をさ迷う事約一時間。
人間界の薄いエナでは、下級魔術一発分の魔力程度しか回復できていなかった。
途方に暮れつつふと森の奥を見ると、白い明かりがゆらゆらとこちらに迫っている。
素早く木の陰に姿を隠しながら静かにその場から離れる。
明かりは何度離れてもロードに向かってくる。まるで位置を把握しているように。
こんな真っ暗な森の奥に何の用もなく入って来るような人間はまずいないだろう。
ステンの関係の者ならばこんなトロトロと追うような事はせず、すぐに近寄り殺しに来るはず。
そうして来ないという事は、夜の森を徘徊するのが好きな変な人間か。
それともなにか来る理由のある者かだ。
すると、ふとここに来る事のできる者の顔が浮び、ロードは明かりの方に真っ直ぐ歩いた。
明かりの元に近づくと白い明かりで細くきめ細かい桃色の髪が透明に光る。
「こんなとこでなにしてんだ」
先に声をかけたのはロード。
その声を聞いた森の中をひたすら歩き疲れきった少女は呆れたような、
安心したような声で言葉を返す。
「それはこっちのセリフですよぉ……」
それと同時に朔桜は安心と疲労で地面にヘタリ込む。
ロードの足元に転がってきた懐中電灯のボタンをカチッと押し、
明りを消してから朔桜の鞄に入れた。
広大な星空には大きな満月が昇り、二人を照らしている。
「突然通信切って連絡寄こさないなんて、心配するに決まってるじゃないですか……」
「こっちも色々と立て込んでたんだ。
それに結界から出てこんな所に一人で来るなんてどんな神経してんだ!
自分が狙われている事をもっと自覚しろ!」
その言葉に朔桜はムッとする。
「ひどい! わざわざ心配して来てあげたのに!
黒鏡の位置情報を頼りにここまで来たんですよ?
それなのに途中で反応消えちゃうし……もう不安で、不安で……」
「とりあえず回復してくれ」
「あのっ!? 人の話聞いてますっ!?
先にもっと違う言葉かけてくれてもいいんじゃないですか!?
ありがと~、とか嬉しいよ~とか!」
「いいから、回復が先だ」
ロードはまるで朔桜の話を聞いていない。
ゆっくりと立ち上がった朔桜は「ふぅ」とタメ息を吐いて何か思い出したかのように話し出す。
「あ、そうそう。もうロードさんの分のハンバーグ食べちゃいましたから夕飯は白米だけですよ。
塩振って食べてくださいね、それじゃ」
死んだ目で早口気味に喋った後、立ち去ろうとする。
「おいっ! 待て待て待てっ!」
拗ねた朔桜の追いかけ、機嫌を取りつつ今日あった一連の出来事を説明する。
「そんな訳で魔力が無いから今は何もすることが出来ない。とりあえず宝具の力を使ってくれ」
「え~どうしようかなぁ~」
ふざけた顔で首を左右に揺らす。
「ロードさん散々私を叱ったくせに~結局私を頼るんだぁ~」
「いいから早くしろ」
朔桜は再び「むぅ」と唸った。
ただ「心配させてごめん」や「来てくれてありがとう」の一言だけくれれば朔桜は満足なのだが、
ロードは効率を選ぶ。
今すぐ襲われても対応できるように、万全の状態にしたいと焦るのは理解できる。
だが、ここですぐに回復させてしまったら、お礼や感謝の言葉は「そんな事よりすぐに結界に戻るぞ」とか言ってうやむやにされてしまうだろうと朔桜は分かりきっていた。
「せっかくいつもよりいいお肉を買って、念入りに下ごしらえをしたハンバーグを作って待っていたのにっ!」
なんて事だけで彼女は怒っている訳ではない。
何の相談もされず、裏で一人で解決しようとしていた事にも不満があった。
しかし、今ここでそんな長い話をしても
だからそのいろいろを含めて一言。
一言だけの謝罪の言葉を求めた。
「ごめんねって言って!」
「は?」
子供同士の喧嘩の締めみたいな台詞に
ロードは空いた口が塞がらない。
「ごめんねって言って!」
頬を膨らませながらぐいっと近づいてくる。
「誰が言うか、そんなの」
「じゃあ、今晩の白米も抜きです!」
「っ!」
朔桜の突然精神攻撃にロードは怯む。
だが毅然とした態度でそっぽを向く。
しかし、朔桜の精神攻撃は止まらない。
「明日の朝ご飯も抜きです!」
ロードは眉間に皺を寄せるがなんとか耐え凌ぐ。
「これからもずーっとずーっとご飯抜きですからねっ!」
魔力も体力も限界の疲労困憊のロードに
朔桜の最強の攻撃が決まった。
少しの沈黙の後、ロードがボソっと呟く。
「………ん」
「んーんー聞こえないよー」
朔桜は耳に手を添えロードに首を傾ける。
「ご……ん」
「もっっとはっきり!!」
「ご、ごめん……ね?」
「はい! よくできました!」
六連戦を勝ち抜いたロードに黒星を付けたのは朔桜だった。
不服そうなロードに対して、朔桜は満面の笑顔。過去一機嫌が良さそうだ。
ご褒美とばかりに朔桜はすぐさま胸元からペンダントを親指と人差し指で摘まんで取り出し、
ロードの頬を軽くつつくように当てた。
初めて宝具を使った時と同じほどの大きな光がロードを包む。
光に包まれたロードは魔力とクオルドネルに受けた肉体の傷はあっという間に回復。
初めて朔桜に出会った時よりも、ロードは僅かに強くなっていた。
ゴデと千剣蛇のエナを吸収した事により、魔力の最大値が上がり、魔力量が増えている。
ピュイティリオは吸収しそびれ
クオルドネルは消滅未確認。
セルヴィスにいたっては魔力を持っていないためエナの光にならず
剣が突き刺さった亡骸が残っている。
あれほど連戦したにもかかわらず、得た魔力値は少ない。
だが、相手戦力的には大きな痛手を与えた事だろう。
とりあえず今日の出来事でステンがどう動くかを警戒しつつ、見極めるのが良いと判断。
ロードは一度引き上げ、明日に備えようと帰路に着こうとしたが
森の奥方から肌がひりつく波動のような強い殺気が森全体に放たれる。
デジャブ感があるのも無理はない。ゴデの時と同じ、こっちに来いと何者かが誘っているのだ。
この状況で朔桜を一人で家に帰して行くのも危険だ。
家の結界に入る前に襲撃される可能性もある。
連れて行けば魔力を温存しないで全力で戦える。それは大きいメリットだ。
しかし、同時に相手の目的は朔桜の宝具。
わざわざ戦えない朔桜を連れて行き、守って戦わないといけないというデメリットもある。
選択次第では有利にも不利にもなる。
どうしたもんかと考えてると、朔桜が敵の待つ方へ身体を向けたまま、こちらを少し見た。
「多分なんですけど、待ってるんですよね? あの子が」
魔力を感知できない朔桜が何かを察していた。
振り返った顔は少し寂しげで悲しい表情。
「ああ、おそらくは」
そう答えると朔桜は眉をひそめ
少しの沈黙。
辺りからはさわさわと葉の擦れる音だけが聞こえてくる。
朔桜は何かを静かに考え、気持ちを整理すると迷わず足を一歩前に踏み出した。
「行きましょう!」
朔桜はこれからある出来事に向き合う覚悟を決めたようだ。
ならばロードも一緒に行くしかない。
もしも予想が正しければ、事においては朔桜がいる事によって有利になる可能性もある。
「覚悟しろ。ここからは命の駆け引きだ」
ロードの言葉を重く受け止め、朔桜は強い意志を持って静かに頷いた。
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