第13話 剣への執着

気づいた頃にはもう二十時を過ぎていた。

朔桜に連絡も何も入れていないので心配しているかもしれない。

以前遅く帰った時は口うるさく色々と言われたものだ。

それを思い出したロードは黒鴉の衣から手鏡を取り出し通信履歴見ると、案の定朔桜からの履歴が数件あった。

やはり何度か連絡してきていた様だ。すぐに朔桜に連絡する。


「おっそーい!!」


繋がった瞬間、ドアップの口元とともに大声が響き、その声は静かな森にこだました。


「今何時だと思ってるんですか!

今晩はハンバーグだから早く帰ってきてって言いましたよね!!

どこに居るんですか も~~!

見てくださいっこのハンバーグ!

こんな丁寧に作ったのになんで今日に限ってこんなに遅いんですかっ!!!

早く帰ってこないともうロードさんの分も食べちゃいますからね!!!!」


ひとしきり喋りまくり、時々ハンバーグをちらちら映す朔桜に一言だけ言葉を返す。


「悪いな、すぐ帰る。じゃ」


その後も何かガミガミ言っていたが、すぐに黒鏡を閉じ、懐に手鏡をしまう。


「待たせたな」


後ろを振り向きつつ暗い森の中に言葉を掛けると、暗闇から言葉が返ってくる。


「いやいやいいって、それよかさぁ~すぐ帰るじゃなくて

“もう二度と帰らない”って言ったほうが良かったんじゃないのかさぁ?」


「いや、大丈夫だ。言葉通りすぐ帰るからな」


暗闇から黄色い目だけが光り、ゆっくりとこちらに歩いてきた刹那せつな、剣が振り下ろされた。

瞬時に懐から適当な剣を取り出し敵の攻撃を受け止める。


「いい反射神経してんじゃんさぁ」


機嫌の良い声色。声質的に男。

それに剣の腕も立つ。

この疲労した状態で戦うにはしんどい相手だ。


「そりゃどうもっ!」


相手を一度押し返すが、瞬時に飛び掛かって来る。

擦れる刃からは時折火花が散る。

何度も剣と剣が交じり合い夜の森に甲高い音が響いた。


「その剣どこの剣だ? なかなかのモンだなぁ、剣の使い方も悪くないさぁ」


敵が剣に興味を示すと同時に月明りでその姿が露わになる。

黒いローブを羽織る男。歳は俺と同じ程度。

ジグザグと尖った白く長い髪。

鋭い目つきに黄色い瞳。

そして異常な量の殺気量。

間違いなくステンと繋がりのあるであろう敵は

俺が持つ剣をジロジロとうかがっている。


「剣術はさておいて、この剣はついさっき黒い大蛇が口から吐いたもんだぞ」


「え゛まじかさぁ~。千剣蛇こんな剣も喰ってたならもらっとけば良かったさぁ」


地面を何度も踏み悔しがる様子を見せる男。


「奴の体内で無限に剣を生成してんじゃないのか?」


「ん? 千剣蛇は元々ただの蛇で、あの剣の数は奴を退治しようとして喰われた魔人の数と同等さぁ。

だから剣は無限ってわけじゃない。全部使ったらただの伸びる大蛇。

千剣蛇って名前も後から魔人共が付けた名称みたいなもんさぁ」


ふとした疑問をぶつけてみるとあっさり答えてくれた。

“千剣蛇”確かに奴はそう言った。

随分と詳しいようだ。間違いなくこいつはステンの手下だろう。


「てか、あんたその口ぶりだと千剣蛇倒したのかぁ?」


男は内心確信しながらもあえてニヤニヤと笑いながら問いかけてくる。


「まあな。あんな紐みたいな魔獣は俺の相手じゃない」


「やるねぇ~。じゃあ次のお相手はこの俺 セルヴィスって事でひとつ頼むさぁ」


新たな敵は腰から抜いていた長剣をしまい

背中に括り付けてあったごっつい剣を強く持つと、戦意を剥き出しにして立ち塞がった。

セルヴィスと名乗るこの男が持つ巨大な鉈のような形の大剣から異様な力を感じる。

禍々しく吐き気を催すような恨みの念。

俺はこの剣と同様に嫌な気配をまとう剣を知っていた。


「いい雰囲気の剣だなそれ。大層イカれた職人が作った物だろうよ」


皮肉気味に褒めるとセルヴィスは満面の笑みで喜んだ。


「そうだろー!? お前見る目あるさぁ~!

これはあの魔剣職人ランドルト・ベーゼンが作った“五魔剣いつまけん”の一本。

魔剣『骨断ほねたち』さぁ」


自慢げに自分の身長以上の巨大な剣を片手でブンブンと振り回し始めた。


ランドルト・ベーゼンその名には確かな覚えがある。

自らの快楽を満たすため魔の力を凝縮した武器である魔剣を何千と作り

剣の出来を試すため何千もの命を奪った魔剣士にして魔剣職人の男の名だ。

その中でも傑作の五本の剣を五魔剣(いつまけん)と呼ぶ。

いかに綺麗に斬れるかを知る『骨断ほねたち

いかに簡単に斬れるかを知る『首切くびきり

いかに振るわず斬れるかを知る『肉喰にくぐい

いかに血を出さず斬れるかを知る『吸血きゅうけつ

いかに残酷に斬れるかを知る『れつ

この剣を作り終えた後、ベーゼンは突然姿を消し、消息が分からなくなったそうだ。

そんないわく付きの魔剣を持っているこいつも、大層イカれていることだろう。


「この剣の説明の聞きたいかさぁ?」


先ほどからずっと剣を回しソワソワしている。話したくて仕方ない様だ。


「いや、十二分に知ってるから結構だ」


その言葉を聞くと剣を振り回すのを止め、剣を両手で構えた。


「そうかぁ~。もう少し剣の話をしたかったけど、しかたないさぁ」


ボソッと小さい声で呟いたと同時に、念のため張っていた風壁を軽々と斬り裂き、眼球の数ミリ先を大剣の剣先が掠める。

とっさに身を引いたから良かったものの、風壁を過信していたら頭部が横に真っ二つになっていただろう。

警戒し、すぐさま相手と間合いを取る。


「今の避けるとかさすがさぁ。王族名乗るだけはあるさぁ」


変な語尾がそろそろ気にさわってきた。

ヘラヘラしたその希薄な態度も気に入らない。

だが、奴の目だけはしっかりとこちらを捉えている。

それがまた腹立たしい事この上ない。

奴の詰める速度は速く、大剣を振る速度も普通の剣と大差ない。

距離感を間違えると良くて重症、最悪真っ二つだ。

様子を見つつ少しずつ後ろに下がると、セルヴィスは大剣を地面に突き立てた。


「そんなに警戒しなくてもいいさぁ~。

そんなにこの魔剣が怖いならこっちの剣『ロングノーズ』で闘うさぁ」


先ほど使っていた腰に備えた長剣を取り出し

軽くビュンビュンと振り回した後に静かに構えると、そっちも剣を構えろと目で合図してくる。

妙な違和感を感じたが、こっちにとっては好都合だ。

お望み通り剣を構えると、風の力を纏わせ剣を強化する。

これで剣を振るたびに風の斬撃を放つこともできるし

敵の攻撃を受け流したり、弾く向きを操ることもできる。

戦闘準備が済むとそれを見計らったかの様にセルヴィスが攻めてきた。

ピュイティリオと同等、もしくはそれ以上の俊敏に動き。

ギリギリ動きを捉えるのがやっとだ。

今までこちらの世界で戦った魔物たちとは違う。相手は魔人。

ステンみたいに宝具を持っている可能性もある。

エナへとかえすまで油断は禁物だ。

セルヴィスの踏み込みと同時に長剣と長剣がぶつかり合い、鋭い音と火花を散らす。

一撃一撃が長剣ですら大剣を受けているかのように重く

風の強化がなければ用意に切り込まれてしまうほどの威力。

半端な鍛え方はしていないのだろう。

セルヴィスは断ち合い中もずっとヘラヘラしていて

まるで自分は負けることがないような確信のある顔。

たしかに優位な状況ではあるが、それ以上になにか別の確信があるように感じた。

攻撃を弾き、もう一度相手と距離を取る。


「ん? 今度はどうした? 手でも痺れたさぁ?」


そう話しかけてくる態度には余裕が見て取れた。

あれだけ剣を振り回したのに全く疲れている様子もなく息ひとつ乱れていない。

こっちはゴデ、ステン、クオルドネル、ピュイティリオ、千剣蛇と五体連続で戦っている。

こいつも含めりゃ六体目だ。

疲れもするし、敵を倒して多少エナを吸収していても魔力はほぼ枯渇気味。

この魔力量だと、残り使えるのは中級一発小級五発って所だ。

それでこの万全な剣使いを倒すとなると骨が折れる。


「王族クラスの剣術はかなり強いって聞いたのにこんなもんなのかさぁ。正直がっかりさぁ~」


セルヴィスは呆れ顔でこちらを見る。


「お前のお仲間と遊んで疲れてんだ。仕切り直してまた今度にするなら全力で相手してやるぞ?」


この状況は不利と感じ提案を持ちかけるが、それはアッサリ否定される。


「俺は別に見逃してもいいが、それじゃあステンが怒るさぁ~。

目的の邪魔をする者は早く消したいみたいさぁ」


「目的?」


「ステンの目的は“人間界に在る宝具を全て回収する事”そして“魔界を征服”する事らしいさぁ」


ステンとは違い、口の軽いセルヴィスは随分とアッサリと目的を話してくれた。


「魔界を征服するねぇ身の丈に合わず大層な夢だ。そんなに軽々と主の夢を語っていいのか?」


「問題ないさぁ~。どうせお前は死ぬんだから」


さすがはステンの仲間。思考がほぼ同じだ。でもひとつ違うのはこいつがお喋り好きって事だ。

そのおかげでステンからは聞き出せなかった目的の話を聞くことが出来た。

宝具を集めているなら目的はひとつしかない。

朔桜の持つ宝具『雷電池(エレクトロチャージャー)』が狙いか。

今この間に他の仲間が朔桜の元に向かっているかもしれない。

そうなれば無力の朔桜は抗うすべなく宝具をあっさりと奪われてしまうだろう。

こんなところで遊んでいる暇はない。

グッと気を引き締める。

その姿を見たセルヴィスはやっと本気を出すのかとニヤリと笑い剣を構える。

だが、残念。俺は剣を投げ捨ててやった。


「は?」


セルヴィスは唖然あぜんとし間抜けな声を出した。

放られた剣はカランと音を立て冷たい地に横たわる。


「おいおい、おふざけはいいさぁ~早く剣を拾って構えるさぁ~」


セルヴィスは動揺を隠せない。

それが顕著に言葉に出ている。

相手に剣で戦えと急かすような言葉。

それに違和感を感じた。


「別に俺が何で戦おうと自由だろ? それとも何だ?

俺が剣で戦わないと何か不都合でもあんのか?」


相手の顔色を窺いながら話しを続ける。


「最初にいきなり剣で斬り付けてきたから剣で防いだだけで

俺はさほど剣術に力を入れてる訳ではない。得意分野は魔術だ。

そんなのは剣の効かない千剣蛇を倒してきたって時点で分かるよな?」


少し焦った顔で話を聞くセルヴィス。


「剣の話をしてきたり、弱いと煽ってきたり、自慢の大剣をしまって弱いほうの剣を使い出した。

それは剣術じゃ勝てないと俺が諦めたら困るからだろ?」


「なっ……!」


「その様子じゃ図星か」


相手の反応を見て確信を得る。

セルヴィスは明らかに先ほどの余裕はなく、少し汗をかきだしていた。


「お前はどうしても剣で戦ってもらわないと困るんだろ?」


「な……何を根拠に……」


「お前の能力、剣でのカウンターかなんかの類だろ?」


その核心的な言葉を最後にセルヴィスは静かにうつむいた。

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