第9話 鉱石の長
姿を現したのは三メートルほどある大きな魔物。
鉱石に地の魔術で魂を閉じ込めた人工魔物であり核を破壊しないと何度でも蘇る。それがゴーレム。
魔界にアクト石というダイヤモンドの千倍硬い白い鉱石がある。
今、目の前にいるのはそのアクト石に命を吹き込まれた種の中でも最硬のゴーレム、アクトゴーレムだ。
「次の敵はお前か?」
ロードはゆったりと立って余裕を見せつつ問いかける。
「然り。」
そう一言呟くと無機質な体は静かに構えをとった。
「やる気満々だな」
その言葉と同時にブラリと下げた手首をスナップし
ボーリング玉ほどの電撃の球をゴーレムの腹部に放つ。
電撃を食らったゴーレムの周辺は攻撃の衝撃で砂煙に覆われた。
先制不意打ち攻撃を食らわせたが、ゆっくりと砂煙が晴れると
構えたままの無傷のゴーレムが姿を現す。
「効かん!」
重量感のある声で一喝し、足をぐっと踏み込むと
とても鉱石の体とは思えない早さでロードとの間合いを一気に詰めた。
すかさず、一、二発のジャブを打ち出すが、ロードはそれをヒラリと
ゴーレムは数歩退き、空中へ跳び上がると両手を広げたままコマのように回転し始めた。
砂煙を巻き上げ回転しまさに台風のような渦ができていた。
立ち込めた砂煙で視界がほとんど奪われる。
目を開けていても砂が入るだけと判断し、ロードは目を閉じた。
静かにその場で屈むと頭上を轟音の塊が通過。
そのまますぐに左側に飛ぶと元居た位置で地面が砕けるような激しい音。
その後も数回の襲撃を難なく避けるロード。
すると轟音は徐々に静まり、目を開くとゴーレムは回転するのをやめていた。
「もう気が済んだのか?」
ロードが目を開けると息を切らしたゴーレムの姿があった。
「全ての攻撃をかわすとはな、さすがにやりおる」
「そりゃどうも」
敵からの褒め言葉を気楽に返す。
「だが、貴様の攻撃で私に傷を付けることは敵わん」
「ふん……俺の魔術全部見たことないだろ?」
「ない。だが言える。いくら王族とて、下級術しか使えぬ出来損ないは私の敵ではない!」
「俺のこと知ってたんだな」
「知っているとも。魔界の六国の一つ
そしてフォン・ディオス家の第二王子。ロード・フォン・ディオス」
「そんなお前は地の王族マルド・レント家が創り出したゴーレムの長 確か名前はゴデ……だっけな」
「ほう…
意外だと言わんばかりの顔だ。
「でもそっちの情報にはひとつだけ間違いがあるぞ?」
その言葉を聞きゴデは険しい表情をする。
「下級術しか使えない。なんてのは大間違いのくそ情報だ」
「ふん、見苦しいぞ。王としての血に恵まれなかったフォン・ディオスの落ちこぼれよ」
ゴデは呆れつつ鼻で笑った。
「逆に王族を相手になんでそんなに自信満々なのかが
ロードも鼻で笑い返す。
「我の体は雷を一切通さず、どんな物理攻撃も私のアクト石の体に傷は付けられん。
属性相性も能力でも、私が圧倒的優位であるからして単身で来たのだよ」
「単身ね……そうか」
その言葉からまだ敵がいる事が
ロードは右手を突き出すと魔術を唱えた。
「アクアダーラ」
すると地面から激しく回転した水の柱が三本出現。
ロードが手首を捻るとその動きと同じように水の柱がうねり始めた。
「それは水属性の魔術!」
驚くと同時にゴデは大きく後方に跳ぶ。
ロードが手を振り下ろすとゴデが地面から岩を突き出させた。
だがその岩をなぎ払いながら水の柱は後方に逃げるゴデを追い続ける。
ロードが腕を振ったり、指先を細かく動かすと柱は不規則に動きを変える。
三本それぞれが違う動きでゴデを追い詰めてゆく。
「チェックだ」
その言葉と同時に右手を握る。
三本の水の柱は空中でゴデを捕らえ、自分が用意したであろう
岩の大地に凄まじい勢いで叩き付けた。
その一撃により岩の大地は見るも無残に砕け散る。
音からもかなりの衝撃だと推測できる。
だが、その荒れ果てた地からゴデは静かに立ち上がった。
「まあ、知ってたけどな」
あれだけ激しい攻撃をしても傷一つ与えられてはいなかった。
相当頑丈なのは噂通りのようだ。
「水属性も使えるとは……情報にはなかったが問題ない。
私にそんな安い攻撃など通じないのだから」
「通じないなら攻撃をかわさなくてもよかっただろ」
ゴデは静かに口を開いた。
「くらわずとも、敵の攻撃を受けるのは
それを聞いてロードは、共感しつつ鼻で笑った。
「ごもっともっ!」
会話の最中に背後から不意打ちに飛んできた無数の大岩をかわす。
背後には大きな石の大砲が5台ほど作り出されていた。
「岩弾砲(がんだんほう)!」
その掛け声と伴に鋭く尖った岩の塊が発射された。
先ほどかわした岩より大きくは無いが、鋭さもスピードもある。
そして一つの大砲から何発も連射されていた。
かわすより防いだほうが賢明だと判断したロードは術を唱える。
「風嵐(ふうらん)」
風が舞いロードのもとに集まると、竜巻が出現する。
竜巻に触れた岩は先端から細かく砕かれ、ロードの周りに散っていく。
「まさか風の中級魔術まで…」
動揺はしたものの攻撃の手は緩めない。
「岩突(がんとつ)!」
足場をメキメキと盛り上げ、鋭い岩が勢いよく飛び出す。
足元の異変をいち早く感じ取ったロードは素早く空中に浮遊していた。
「貴様、そんな魔術までも……」
「飛翔(ひしょう)って言ってな、風の力で浮いたり飛んだりできる。便利だろ?」
空中でくるくると回転してゴデを挑発する。
「所詮は人造魔物。お前ごときが王族の魔人様に勝てるわけねーんだよ。この石ころ」
きつい言葉を言い放つと人差し指と中指を揃え大砲の方をなぞる。
すると、次々と大砲が転倒して崩壊していく。
その行動についにゴデが怒りを露にした。
「貴様ぁ!!」
怒りを剥き出しにして叫び、地面から次々と先ほどよりも巨大な大砲を作り出す。その数二十。
周りを囲むように配置された大砲は全てロードのほうを捉えていた。
「岩弾砲―尖放(せんぽう)!!」
ゴデが両手を前に突き出すと二十ある大砲から鋭く尖った大岩が発射される。
轟音を立てながらロードのいる場所にこれでもかと岩を撃ち込む。
砕けた岩は積み重なり砕石の山になっていた。
ゴデが攻撃を止め様子を見る。
しかし、砕石の山を軽々と吹き飛ばし、中から涼しい顔したロードが現れる。
「もう満足か?」
「ばっ化け物め!」
「目障りな玩具だ。
右手を空に掲げ、その手を大きく振り下ろした。
すると空に現れた雷雲から蒼い稲妻が走り、無数の蒼い雷撃が降り注ぐ。
そして、二十あった大砲を一瞬で消し飛ばした。
ゴデにも雷撃は落ちたのだが、やはり電撃は効かず、全くの無傷。
しかし、その圧倒的力の差を味わいゴデは絶望する。
「バカな……上級魔術まで……」
そんなゴデを尻目にロードは静かに口を開いた。
「なあ、アクト石がどうやって加工されるか知ってるか?」
ゴデは問いを返さない。
「アクト石は硬度が高すぎるため、どんなものでも傷つけることができない最強の鉱石だ。
そんな鉱石を加工できるものはアクト石一つしかないらしい」
「だからどうしたというんだ。
確かにアクト石は同じ硬度のアクト石でしか加工することはできない。
だが、とても貴重な鉱石だ。
他の属性の国に出回ることは滅多になく、どの国も喉から手が出るほど欲しい貴重な物。
それをたかが第二王子であるお前が持ってるとでも言うのか?」
「いいや、持っていない。だが、お前を殺すアクト石ならあるよな、
ロードが指差すその先は、
「っ! まさかっ!」
気づいた時にはもう遅い。
ロードはゴデの体を風の力で軽々と宙に持ち上げ、圧迫するように締め付ける。
ゴデは完全に身体の自由を奪い去られた。
「やめ……ろ……」
必死に体を動かそうと足掻くゴデを冷ややかな目で見つつ、ロードは静かに言い放った。
「お前自ら……死ね」
ゴデは突然、自らの拳で自分の顔を殴り始める。
何度も何度も。殴る手は止まらない。
風の力で身動きが取れないゴデの体を、ロードはまるで操り人形の様に自由に操り、
己の顔をひたすらに殴らせる。何度も。何度も。何度も。
次第に顔と手に罅が入りはじめ、細かい破片が落ち始めた。
「やめろぉぉぉっぉぉ!」
悲痛な叫びとともに大きく振りかざされた拳は一気に振り下ろされ、自らの顔と腕を同時に砕いた。
互いに打ち砕き合った破片は派手に飛び散り、顔と手を失ったゴデの残骸はすでに脱力し、
ロードの風の支配が解かれると無残に地に落ちた。
ロードは地上に降り、砕けたゴデの破片の一部を手に取った。
拾い上げたのはビー玉ほどの赤い石。
ゴーレムを動かすため魂を封じ込めたいわばゴーレムの核。
これを破壊しなければゴーレムは永遠と再生し続ける。
ロードは躊躇なくそれをアクト石の破片に叩きつけ、あっけなく破壊した。
ゴデの残骸はみるみるうちにエナの光となり、空中を漂いだす。
ロードは何事も無かったかの様に、宙に舞うエナを淡々と吸収した。
大気を操るなんて荒業は集中力的にも魔力的にも効率的ではない。
魔術が効かない相手を倒す方法があれしか思い浮かばなかったからやむなく使っただけで
思ったより精密なコントロールが必要で無防備になりがちだ。
頻繁に使える様な魔術ではない。
「まあ、勝てたから結果オーライか」
そして自分が想定していた情報を手に入れた。
なぜ敵が何体も現れたのか大体確証できた。これは大きな収穫だ。
とりあえず早めに帰って魔力を回復しよう。
服に付いた砂埃を払い飛び去ろうとした時だった。
「素晴らしいです、実に素晴らしい」
そう賞賛の声と拍手が背後から聞こえた。
声のする方向をすぐに捉える。
そこに立っていたのはシルクハットを被ぶり杖を持つマジシャンのような眼鏡を掛けた男。
「初めましてフォン・ディオスの王子」
男は帽子を取り一礼した。
「誰だお前。いつから見てた」
気配の一切感じず、どこから現れたのかも分からない男に
ロードは警戒心を露にする。
「申し遅れましたね、私はステン・マイスローズと申します。
いつから拝見していたかは、ご想像にお任せいたしますよ」
落ち着いた口調で淡々と答え、随分と余裕そうに笑っている。まったく不愉快極まりない。
「マイスローズ? 始祖にそんな名家はない。虚言はやめろ」
「虚言とは人聞きの悪い。数年前、十二貴族のソルドメーク家に大きな不幸がありましてね。
地を管理する者が不在になってはならぬとマイスローズ家が十二貴族の役目を引き継いだのです」
「なんだ。やっぱり名家でもなんでもない、ただの成り上がり二流貴族か。知らん訳だ」
鼻で軽く笑う。
「はははっ、王族様は口が達者ですね。
では、その二流貴族に負ける王族はどんな惨めな死に顔を晒してくれるのか……楽しみだ」
突如、ドンと真上から重く強烈な衝撃が押し寄せる。
万が一の保険として張っていた風壁一撃で砕かれ、ロードは固い岩の地面に叩きつけられた。
衝撃により吐血し、骨が軋む。
魔獣のようなものが、突如上空から突進してきたようだ。
その降ってきたものへ視線を合わす。
目もあり口もある。だが、人型ではない。魔物か魔獣かまで判断がついた。
ロードに馬乗りになった状態で間髪入れず、重い片手を振り上げる。
二撃目が来ると悟り、ロードは瞬時に雷撃を放って上に乗った生物を吹き飛ばす。
森の中に響いた雷音は徐々に夜闇に呑まれ、森は静けさを取り戻した。
「ぐっはっ……ごほっごほっ……」
岩の大地はひび割れ、ほとんどが瓦礫の山。
それを見れば突進がどれほどすさまじ威力だったかが分かる。
風壁張っていてこの威力だ。張ってなければと考えるとおぞましい。
「あらかじめ防御術を張っていたなんてまったく抜け目ないですね。
声をかける前に殺せばよかったですね、私とした事が失敗しました……」
不気味な薄ら笑いを浮かべ呼び出したものの名を呼ぶ。
「来なさい、クオルドネル」
ステンの呼びかけに応じ彼の側に戻ったのは、黒い水晶でできた大きなライオン。
体長二メートルほどはあるだろうか。さっき攻撃してきた奴の正体だ。
ステンの使い魔や召喚獣の類だろうと分析しつつ
瓦礫を掻き分け、埋もれた体ゆらゆらと起こし敵と対面する。
「初手、不意打ちなんて随分せこい十二貴族もいたもんだな……」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
「お前が……魔物達のリーダーか……?」
乱れた呼吸で質問を投げかける。
「ええ、そうですよ。全て私の駒……いえ、仲間……ですね」
わざと言い直した言葉をロードは聞き流し、更に問う。
「なにが狙いだ?」
だが、その問いにはため息だけが返ってきた。
「もう問答はいいでしょう。すぐ死ぬ相手にこれ以上教えてあげる必要ありますか?」
呆れた様に言葉を返すステン。
その言葉にロードも呆れた様に言葉を返した。
「お前頭悪いな。死んでからじゃ教えてもらえないから先に聞いたんだ。理解しろよ、五流貴族」
「…………」
「…………」
この時二人は奇遇にも全く同じことを思った。
こいつをいち早く殺そう。と。
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