第5話 持つべき者の覚悟
命を救ってくれた少年は、間違いなく数日前遭遇したマ人のロードさんだ。
「これで借りは返したぞ」
そう言うとロードさんは、持っていた長い舌を地面へ放り投げる。
舌は切れたトカゲの尻尾のように地面をのたまうと、やがて動きを止めた。
同時に痛みで叫んでいた蛙も何が起きたのかを理解し、彼の存在を認識する。
「きさまぁあ!!!!!」
舌から流れ出る赤い血を振りまきながら、狂気に満ちた形相でロードさんを睨みつける。
そんな熱量とは対照的に、彼は冷静だった。
焦りや怯えなどの感情は一切なく、ただただ冷たい目で不気味な蛙のほうを見ている。
そんな表情に不快感を覚えた蛙は、千切れた舌を口にしまうと一瞬でその姿が消えた。
周囲の木々から何かを弾くような音が聞こえる。
目にも留まらぬ速度でロードさんの周りを跳ね回っているようだ。
蛙はもう、私の事なんて眼中にないらしい。
ロードさんを警戒し、隙を伺っているのだろう。
何の構えのなく立っていた彼は、前を向いたまま小さな声で呟いた。
「……虫ケラ」
その瞬間、破裂音が公園に響き渡り、蛙の体は一瞬で爆散。肉塊へと変わった。
周囲には血と肉の破片が飛び散っている。うう……グロい……。
傍から見ていた私には、何が起きたのか全く理解できていない。
ロードさんが現れてから、ほんの数十秒の出来事。
闘いというには、実にあっけない。
必死に動き回った蛙に対し、ロードさんは一歩もたりとも動いていないのだから。
散らばった蛙の破片は、黄緑色の細かい光となって空中を漂いだした。
淡い蛍のような光は、ロードさんのほうに吸い寄せられるみたいに飛んでいき、体の中へと消えていった。
「何だったの……今の……」
次々と起こる衝撃的な状況。
なにが起きたか、脳の処理が追いつかない。
目の前で起こったファンタジー映画のような展開に驚く事しかできない。
私はペンダントを握りしめ、呆然と立ち尽くした。
「それを持ってる意味、分かっただろう。お前には手に余るんだ」
静かに近づいてきたロードさんは、息も切らさずとても落ち着いている。
まるで今の出来事が何事もなかったかのような平然とした振る舞い。
「それが欲しい者はいくらでもいる。
なぜ、俺以外にそれの存在を知られたかは分からんが、それを持っている限り
お前は今のようなモノに狙われ続ける事になる」
「私にはもう、なにがなんだか……」
張っていた緊張が解け、気が抜けて私は地面に座り込んだ。
「ここで話しても仕方がない。とりあえず、落ち着いて話せるところに移る」
ロードさんは座り込んだ私をお姫様のように抱き抱える。
「ひゃっ」
顔から火が出るほど恥ずかしい。
意外と重いとか思われてたらどうしようとか考えていると突然、周りの景色が流れる。
下を見ると地面が遠くへ離れていく。
「へっ!? 空、飛んでますけどっ!?」
驚く私とは対照的にロードさんは平然そのもの。
「慣れていないのに喋ると舌を噛むぞ」
その言葉と同時に更に加速。
あまりの速度に口を堅く噤み、目を瞑る。
まるで、加速したジェットコースター。
上昇中、すごい風圧と重力を感じたが、
今は無重力のような、ふわっとした感覚がする。
恐る恐る目を開けてみると、私たちは繁華街のビルよりも遥かに高い場所にいた。
藤沢町を一望できる遥か上空。手を伸ばせば雲に触れられる距離。
夜の上空に生足で行くものではない。寒い。
そもそも気軽に行けるような場所ではないけれど……。
普通は見る事の出来ない光景に私はいつの間にか目が奪われていた。
夜の海はどこまでも深い溝のようで、なにも見えない不気味さを感じた。
でも、目下の繁華街はキラキラしたネオンが、一段と輝いている。
自分の住む街をこんな風に眺めるのは初めてだ。
「わぁ……綺麗……」
少し離れた工場地帯も、輝くお城のパレードのよう。
それはまるで二人だけの小さな世界。
特別に切り離された、煌めきの空間。
ほんの数十秒、見たことない景色に見惚れているとロードさんが静かに口を開く。
「お前の家はどこだ?」
「家? えーと、あっ、あそこのオレンジの光わかります? あの光のちょっと手前です」
家の近くの街灯を指さし、場所を示す。
あそこかとロードさんが呟くと、街灯を目指し急降下。
強張った私はコクアの衣に強くしがみつき、目を
風圧と重力を一瞬だけ感じたが、ふわっとした感覚の後、目を開くと家のすぐ目の前だった。
私は腕から飛び降り、すぐさま玄関を開け、彼を呼ぶ。
その私の表情と声には、いつの間にか明るさと余裕が戻っていた。
私たちはリビングにある背の低いテーブルの横を挟み
向かう合うようにして質素なソファーに腰を下ろす。
「あ、お茶出しますね」
緑茶を淹れ、一息ついた頃合い。
「さて、まずは何から話すか」
ロードさんが対面する私の目をしっかり捉えていた。
何か質問しろという事だろうか?
「じゃあ……さっきの生物。あれはなんだったんですか?」
まず一番頭に残っている事を聞く。
「あれは魔界の魔物だ。かなり下等だったが」
「魔物……」
にわかには信じがたいが、実際にこの目で見たし、襲われもしている。
小学生くらいの大きさで言葉を喋り、目で追えない速度で動く蛙なんて見たこともない。
ロードさんと初めて会った時、異世界からやってきたと言っていた。
あんな化け物にも動じず、あまつさえ空を飛んだりするなんてこと普通の人間にはできない。
なぜだか驚くほどすんなりと魔人や魔物の存在を受け入れることができた。
「蛙が光になったのは?」
「あれはエナの光。エナを持つ者は死んだとき、エナとなって空に散る。
それを吸収すれば、エナの基礎値も上がりさらに強くなれる」
「エナ?」
聞き覚えの無い単語に首を傾げる。
「世界に溢れる生命の力。正式名称はエナジード。エナはその略称だ。
人間界で言うなれば、気。魔界では魔力と言ってるな。
それぞれ世界で呼び名が違う。それの他国の呼称をエナと呼んでいる」
「なら……これは?」
ペンダントを胸元から出してプラプラと揺らしてみせる。
「それは宝具だ」
ロードさんは宝具について細かく説明してくれた。
宝具とは、モノに概念が宿ったモノでそれを使えば、不思議な力を使うことができる。
宝具にも起動型、存在型、条件型など色々種類があるらしく、
お母さんから貰ったこのペンダントには宝具が宿っていて
大気に漂うエナを吸収し、あらゆるモノへとペンダントに貯めたエナを分配できるらしい。
宝具は全ての世界に存在し、同じ効果のモノは存在しない唯一無二の存在。
宿っているモノが壊れれば概念は消失し、だだのモノに戻ってしまう。
消滅した宝具の概念はまたどこかの世界のモノに宿る。それを永遠と繰り返す。
宝具によっては価値が高く、莫大な値で取引されることもあるみたいで
私の持っているこれはその莫大な値が張る代物らしい。
蛙の目的もこれであろうとロードさんは言う。
「この
「それは条件型だな」
「どうやって使うんですか?」
「さあ? 俺は宝具名と能力ぐらいしか知らん。使ったことないし」
「じゃあ、もっかいロードさんに当ててみたら光ますかね?」
ペンダントを持ったまま身を乗り出し
じりじりとテーブル越しのロードさんへと近寄っていく。
それを見たロードさんは自ら腕を伸ばして
以前のように彼の指は弾かれることはなく、ペンダントは光りだす。
その光は以前ほど眩しくはなく、すぐに消えてしまった。
「
彼は一人で納得してソファーへと座り直す。
「もう質問はないか?」
「はい……。今のところは……」
「じゃあ、次は俺の質問だ」
空間を支配されたかのように
部屋の雰囲気が一変する。
「お前は本当に、それを持ち続けるつもりか?
それを持つには、覚悟が必要だ。大きな、覚悟が」
私はその空気を感じ取ったうえで、力強く思いの丈を言い放つ。
「はい。これは、以前言った通り、お母さんが見つかるまでは渡しません」
「随分偉そうに言っているが、お前、あの蛙に渡そうとしただろ」
「あれはぁ……命の危機だったので……しょうがなくぅ……」
「じゃあ、お前を殺そうとすればそれを渡すのか?」
不敵な笑みで、右手から雷を
「でも、殺さないでしょ?」
首を傾げ、笑顔で返す。
その言葉を聞き、ロードさんは静かに笑った。
「ふん、いい度胸だ。なら約束しろ。今後一切、俺以外の奴と宝具の取引は一切禁止だ」
「なら約束してください。私のお母さんを見つけるくれるって」
「いいだろう。交渉成立だ」
こうして、私たちの間に契約が交わされたのでした。
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