第4話 死の恐怖

放課後、私はロードさんを探すために町へと向かった。

なぜだか、彼を放っておくことができなかったのだ。

私自身も、心に残る疑問を解決したかったのかもしれない。


私が住んでいるのは、関東の藤沢町ふじさわちょう

緑豊かで、山奥の湖から海向かって川が繋がっている。

名前に町と付いているが、規模的には街。

海の周りには繁華街があって、夏には多くの観光客などで賑わっている。

私の通っている私立博麗高校は、繁華街の近くにあり、学校帰りにカラオケやゲームセンターなどの娯楽施設などにも寄りやすいため、部活が無い生徒たちは、学校が終わると町へ繰り出す。

図書館やショッピングセンターなどもあり、帰り際にスーパーやコンビニもあるので、

買い物をして帰ったりと、とても住みやすい街なのだ。


ロードさんは、すぐにこの街を離れず、

最初はこの付近で情報収集をするだろうと思い、繁華街へ向かった。

黒いふわふわの変わった服装をしているので、目撃情報を求めやすいと思ったのだ。

しかし、色々な場所を聞いて回ったが、手掛かりになるような話は聞けなかった。

すでに日は暮れ、空はオレンジ色から夜の藍へと色を変える。

多く行き交う人々の姿も、まばらになってきた。


「もう帰ろう」


結局目ぼしい情報はなく、街から帰る頃には、辺りはすでに暗くなっていた。

そして、あの公園に通りかかる。

ロードさんと初めて出会った場所。


「さすがに……いないよね?」


もしかしたら? という思いで公園に立ち寄る。

すると、木の上から何かの視線を感じた。

ふと、上を見上げ問いかけてみる。


「ロードさん?」


その言葉に反応し、木の枝から何かが飛び降りた。

一瞬期待したその姿は、ではなかった。

ドロドロとした液体が体から溢れ、着地した地面を濡らしていく。

猫の耳が生えたような、曇った緑色の蛙が犬の様に着地。

それを見た瞬間、体が脳へ危険だと伝える。

生物としての本能が、自分より強い生物の力を感じ取った。

なにかの本で読んだことがある。

動物は背を向けて逃げると襲ってくるのだとか。

逃げる時は、その生物に背を向けず、少しずつ後ろに下がる。

静かに、少しずつ、少しずつ、と距離を取ったが、沈黙を破ったのは、気味の悪い蛙だった。


「そんナニ警戒しナくていいよ」


??? え? 今喋った???


気味の悪い蛙が、聞き取りやすく人と同じ言語を話した。

その事に驚きを隠せない。


「別ニ取って喰おうって訳じゃナいさ、ただ、そノ宝具が欲しいだけだよ」


長い舌をシュルッと出し不気味に笑う。


「ごめんなさい。これはもう違う人にあげる約束をしているの」


恐怖で強張った体から、必死に声を絞り出す。

相手には恐怖が感じ取られてるであろうが、精一杯の虚勢を張り堂々と立つ。


「そうか、残念だ。じゃあ君を殺すネ」


その言葉の意味を理解する前に、長い鞭のような舌が首元を掠めた。

首からは微量の血が流れる。

舌は縄のように太く、先端はナイフのように鋭い。

胴を狙われていたら、穴が開いていた事だろう。

警戒して間合いを取っておいて正解だった。

あと数メートル距離が近かったら、首が飛んでいたかもしれない。

状況を理解した途端、体が動かなくなる。

脳をよぎった死の恐怖。恐怖が全身を支配する。

身体は鉛のように重く、不思議と体が寒くなり、汗もでてくる。

ほんの一瞬の出来事が、人の体感を狂わせた。


「あれをよく避けたネ。人間ニしては、いい反応速度だよ」


不気味な蛙はニタニタと笑ってる。

攻撃を外した事よりも、怯えた相手を殺せる事に、愉悦を感じているようだった。


「じゃあどこから落としていこうかナ? 右腕? 左腕? 右足? 左足? 下半身? 胴?

縦に真っ二つってノも面白いネ。その後にゆっくり宝具を回収させてもらうよ」


不気味な蛙は、思い思いに残忍な事を口にする。

しかし、蛙の言葉が頭に全然残らない。それほど余裕が無い。

死にたくない。ただそれだけが頭のすべてを支配していた。

生まれて初めて、死と真正面に向き合った瞬間。


「あ、あの……こ、これ」


私は手だけが勝手に動いていた。

震えた手でネックレスを胸元から出して取る。


「ん? それがナニ?」


「私の……お母さんを見つけてくれるなら……これを……」


「君を殺したほうが、早いよ」


私の言葉を割り込み言った蛙の一言が、静寂に消えていく。


「ほんとはネ、宝具を渡してくれれば、それでいいみたいナんだけどネ。

僕個人はネ、最初から君を殺す気で来たんだ」


その言葉に身を縮こまる。


「怯えた人間を殺すのは、実に心地がいい。

勝手に殺したら、色々言われるだろうけどネ。

まあ、宝具さえ手ニ入れれば、主は文句を言わナいだろう。

だからネ、僕ノ娯楽ノためニ死んでよ」


蛇の如く、蛇行する舌が槍のようになり、私目掛けて一直線へ向かう。

頭の中は真っ白で、五感もすべてシャットアウト。

恐怖のあまり、かわすことを諦め、目を閉じた。

目を閉じてから数秒が経った頃、聴覚が反応する。

まず聞こえてきたのは、肉が引き千切れる音。血が飛沫をあげる音だった。

そして、悲痛な叫び声。

阿鼻叫喚の中でも、確かに聞き分けられる声がした。


宝具それはもう俺のだ。勝手に交渉するな、人間」


数日前、聞いた事のある声。

真っ白だった頭は回転を始め、五感を取り戻す。

こんな時にまで嫌味な事を言うのかと、強く瞑った目をゆっくりと開く。

目の前には一人の少年がびちびちと動く

引きちぎった舌を手に持って涼しい顔で立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る