第2話 相反するふたり

「…………」


俺は白い空間の中に、一人佇んでいた。

辺り一面にはなにもなく、自分の影すらない。


「ロー……ド……」


誰かが、名前を呼んでいる。

聞いたことのあるような、ない様な、どこか懐かしいような、懐かしくないような。

ふと遠くを見ると、なにかが微笑んでいるような気がした。


「 げて」


なにか言っている。なんだ?

目と耳に意識を集中させたその時、プツリと糸が切れるように、なにかがそれを阻んだ。


目を覚ますと、そこは柔らかなベッドの上。

先ほどまで夢を見ていたような気がするが、何も覚えていない。

なにか引っかかるような気がしたが、辺一面のピンク色を見て思考が止まった。

パステルカラーで統一された、安らぐというより遊び部屋に近いような部屋。

大小さまざまな生物を模したぬいぐるみがあちらこちらに置かれていて

花のような甘い香りが漂っていた。


「なんだ? この趣味の悪い部屋……。

それに傷も癒えてやがる……」


自分の体を見回すと、あれほど傷ついた体も完全に癒えていた。

転移したまでは覚えてるが、それ以降の記憶がおぼろげだ。

人間界に来てから、何者かに助けられたような気がする。


「そうだ! あのおさげの女! 奴がなにかをしたはず……」


あの強大な力は人間界の術。

いや、それとも宝具か?

まさか、あの人間が宝具を……?

多くの疑問に頭を悩ませていると、突然ドアが開いた。


「あ、気づきました?」


入ってきたのは先ほどのおさげの少女だった。

背中まである量の多い桜色の髪。

その少しを、翡翠色の丸いアクセサリーで纏め、二つのおさげに結っている。

後ろ髪はまとめておらず、流れるように軽く揺れる。

服装は先程とは変わっており、ピンクと白のラフな軽装。

こちらの世界の寝室服だろうか?

大きな菖蒲色の目が物珍しそうにこちらを観察している。

実に、気に入らん。


「そこを動くな」


敵意の眼差しを込め、少女を強く睨みつけた。


「そんなに警戒しちゃって酷いなぁ~。せっかく、血まみれのところを助けてあげたのに~!」


頬を風船のように膨らまし、不満を垂れる。

そして俺の忠告を当たり前のように無視して

部屋の真ん中にある薄い板机の前に座った。


「お前は何者だ? ここはどこだ? 俺に何をした?」


数多くの疑問を不快の感情と共に投げかける。


「うわうわうわ、質問ばっかしないでくださいよー」


おどおどした後、こっちに向き合い一呼吸して、少女は口を開いた。


「えーっとですね! 私の名前は並木朔桜なみきさくらです!

ここはですね、私のお部屋です!

なにをしたかと言われたら、近くの公園からあなたを、私の家まで引きずってきました!」


一息で言い切り ふん!

と鼻息の聞こえそうな自慢げな顔でこっちを見ていた。


「あ、ちなみにコートはそこのハンガーに掛けてありますよ。

引きずって汚れちゃったんで掛けておいたんですが、なんか綺麗になってました。

不思議ですね、それ。それに、どこも破れてもないですよ! 安心です! 保証します!」


本当によく喋る女だな。

なんとも面倒臭い人間に助けられてしまったようだ。


「あなたのお名前は?」


子供に向けて問うかのような笑顔。

完全に舐められている。


「答える必要はない」


俺は女を冷たく一言で遮った。


「えーいいじゃないですか! 名前ぐらい! 減るもんじゃないし!

まさか、キラキラネームとか?」


言葉の意味はよくわからないが、バカにされたような気がして無言で睨みつける。


「いやいや! 冗談ですって! 名前知りたいなー、なーんて」


チラチラとワザとらしくこっちを見た。

こっちにも聞きたいことはある、少しは情報を開示しておくか。

若干少女のペースに乗せられ気味だが、渋々名を語る。


「俺はロード。ロード・フォン・ディオス」


「ロード? 外国人……デスカ?」


「外国人……? お前たちの表現だと、異世界人というべきだ」


「異世界人……? うーん、変わった人ですねあなた。洋服も変わってるし」


少女は、服掛けの黒鴉の衣に視線を移す。


「それは『黒鴉(コクア)の衣』だ」


「コクアノコロモ……変わったブランドですね……」


なにを言っているんだこいつ。

まあいい。言語は通じているということは、別世界でもちゃんと言葉は共通して通じるようだ。

聞けるだけこの世界の情報を聞いて、後は――――。


「ねぇ! あの~きいてますかぁ~」


目の前で手を振って視線を確認する。


「おい、やめろ。目障りだ、人間」


目の前の手を振り払うと、ムスッとした顔で抗議してくる。


「朔桜です! ていうかあなたも人間じゃないですか!」


「ただの人間ふぜいと一緒にするな。俺は人間と魔人の混血だ」


「(マ人? どっかの民族かな? でも、普通に日本語通じるし、

日本人とマ人の子って事だよね?)」


色々思考しているところに疑問をぶつける。


「人間、その宝具はどこで手に入れた? それは人間の手には余る代物――――」


「朔桜ですっ!」


「なんでもいい、答えろ人間」


「朔桜です!!!」


「おい、いいから答え――――」


「朔桜!!」


やたらと強情な人間だ。


「さ……朔桜……」


気迫に押され、渋々と名前を呼ぶ事にした。


「はいっ! 何でしょうか! ロードさん!」


すごく満足気の笑顔で返事をしてくる。

面倒くさい。実に苦手なタイプだ。

とにかく、こいつから情報を引き出さなければ。


「それは、どこで手に入れたものだ?」


朔桜の胸元を指差す。


「これですか? これはお母さんがくれたものなんですよ」


胸元からペンダントを持ち上げる朔桜。

それは、以前どこか見覚えのあるモノ。

黄色く輝くオーバルの大きな宝石。

中にはキラキラと模様が光り反射する、直径5センチほどの大きさのペンダント。

そしてそれを真近で確認すると、はっきりと思い出した。

やはりこれはだだのペンダントなんかじゃない。

紛れもない宝具だ。


「俺が倒れている時、それでなにをした?」


「いえ、特になにもしてないですよ? あ、そうえば耳を傾けた時、

ペンダントがあなたの顔に触れたぐらいですかね?

たしか、それからペンダントが光り出して、傷が治っていったかも」


間違いない。やはり、宝具【雷電池(エレクトロチャージャー)】だ。

魔界で“六宝ろくほう”と呼ばれる最高クラスの宝具。

それが、なぜ人間界に? 我が雷国エベレリオン黒極の地ゼノで管理されていたはずだが……まあ、この際どうでもいい。


「人間、それをよこせ」


右手を突出し、渡すように催促する。


「朔桜ですっ」


「朔桜、それをよこせ」


「絶対に嫌ですっっ!」


「……なら、奪うまでだ」


一瞬で朔桜と距離を詰め、無理やりペンダントを奪おうと、手を伸ばしたその瞬間

バリアのようなものが張られ、俺の手を弾き返した。

その動作に朔桜は唖然とする。


「これに触れないんですか?」


ペンダントをプラプラとさせる朔桜。

驚いた。術者の限定守護がかけられている。

しかも、かなり強力なものときた。


「お前以外は触れる事が出来ない守護みたいだな」


ご丁寧に探知にも引っかからない結界もかけてあるようだ。

こいつの母親はかなりの高等魔術師なのかもしれない。


「守護? でも公園では頬に触れてましたよ?」


「無意識や故意であれば、触れさせることぐらいはできるんだろう。

お前が故意的に渡すか、守護を掛けた奴を殺すかしないと解かれないだろうな」


そう言ってわざと不敵な笑みを浮かべ、挑発する。

俯いた朔桜から笑顔が消え、口調と雰囲気が一瞬にして変わった。


「お母さんを……殺すの?」


ピリピリとした空気が漂う。

見かけとは裏腹に意外と度胸はあるようだ。


「さあ、どうだろうな。それは、お前次第だ」


少しの沈黙。

何かを考えているのだろう。

朔桜は何かを決意したような面持ちでこちらをしっかりと見据える。


「このペンダントが何なのかは知らないけど、一つお願いがあります。

もし、叶えてくれたら、このペンダントをあげると約束しますからっ!」


「……言ってみろ」


「私の……私の、お母さんを探して」


朔桜は心の底の底から、自分の思いをくみ上げるように、静かに語りだした。

朔桜の話曰く、朔桜には八歳までの記憶がない。

両親も物心つく頃にはすでに居なかったようだ。

母親に育ててもらった記憶は朧気おぼろげに残っているみたいだが、

父親に関しては、一切思い出せないらしい。

母の事を祖母に聞いても、はぐらかされ続け、教えてもらえなかったそうだ。

次第に捨てられたのかと怖くなり、それ以上追及する事はしなかった。

だが、成長し真実を受け止められる精神と年齢になったと判断し、母に直接会って

理由を本人の口から聞きたいらしい。

願いを叶えてくれるのなら、ペンダントを渡すという条件だ。

俺はその切な願いを快く引き受けた。

命を助けられた事を恩に思っているだとか

ただ単に宝具が欲しいだけでも、朔桜の真摯な気持ちに動かされた訳でもない。

“母親を探したい”という願い。

それは俺がだった。

見知らぬ地で初めて出会った少女が、自分と同じ境遇である事に直感的なものを感じただけの事。

一人探すのが二人になっただけだ。大した手間ではない。

ただ、そんなことは悟られぬよう、朔桜の思いを受け、静かに首を縦に振ると

朔桜は呆気にとられたような間の抜けた顔をした。

なにせ、初めに突然睨みつけてくるような相手が

自分の条件を素直に受け入れるなんて、思いもしなかっただろう。


「まさか、こんなにあっさりと協力してくれるなんて思いませんでした……」


「別に、その程度のことで宝具が手に入るなんて、安い取引だと思っただけだ」


真意が見抜かれないよう、適当な言葉を繋いで話す。

朔桜はそんな姿を、机に肘を付き頬を預けるとニヤニヤしながら静かに眺めていた。

嫌な視線に気づき、すぐさま不快の念を込めた目で睨みつける。


「やだな~またそんな目しないでくださいよー」


「お前がそんな馬鹿にしたような目で、こっちを見ているのが不愉快でしょうがない」


「だってロードさん、なんかおかしくて……ぷっ」


朔桜はそれを皮切りにクスクスと笑いだした。

たぶん、朔桜はさっき言ったことが真意でないと気づいているだろう。

口数も多いし、態度も軽いが、心の根源はしっかりしている。

相手の心の内を、自然と透いて見て取れるのだろう。

そんな見た目と相違そういのある朔桜に、俺はいつの間にか警戒を解いていた。


「で、本題だ。母親は人間のようだが、人間界こっちにいるのか?」


「こっち? ああ、国内ってことですか? それも分かりません……。

なにせ本当に消息不明なもので……」


「手掛かりは一切無しってことか……。それ以外になにか母親が使ってたものはないか?」


「おばあちゃんとふたりで暮らしてたから、

ここにはお母さんのものは何もなくて。

あるのは、このペンダントだけです」


「じゃあ、その同居人はどこだ?」


今、この家内には、俺と朔桜の他に人の気配はしない。

どこかに行っているのかという意味合いで軽い気持ちで尋ねる。


「今頃は……天国、ですかね」


切なそうな笑顔で笑う朔桜。

その顔をみてこの話については多くを聞く事もないと悟った。

少しの沈黙の中、朔桜が思い出したかの様に口を開く。


「そういえば、なんで公園で倒れていたんですか?」


「家出して兵……いや、身内周りに酷くシバかれた……。みたいなもんだ」


嫌な事を思い出し、言葉を濁す。


「あまり深くは話したくない事なんですね」


俺は静かに頷く。

朔桜もそれを見て、深く追求する事はしなかった。

それから二人でゆっくりと冷めた茶をすすった後、俺はゆっくりと立ち上がった。


「そろそろ出る」


掛けてあった黒鴉の衣を羽織り、窓の鍵を開けるのに少し手こずりながらも

ガラガラと窓を開け、窓淵に足を掛けた。


「ちょっ!何してるの!?」


「世話になったな人間。何か親の情報が入ったら、また、いずれ現れる」


そう一言告げ、窓から飛び降りた。


「ちょ! ここ2階!! てっ……あれ? いない…」


――――――――――――

私は呆然と立ち尽す。

なんたって嵐のような出来事だったから。

コンビニにアイスを買いに行くだけのつもりで外に出たのに

途中の公園で見知らぬ少年を助けて、家まで連れてきてしまった。

なぜ、そんな事をしてしまったのか。正直、今でも分からない。

でもなぜか、彼を放っておく事ができなかったのだ。

その素性の知らぬ相手に、母親を探してもらう約束まで交わしてしまった。

不思議な事を言う彼に、何かが変わる期待をしてしまったのかもしれない。

結局、質問攻めにされて朔桜は、聞きたい事と、言いたい事が言えなかった。

コクアノコロモは、どこの国のブランドなのか。

マ人とは、どこの国の民族なのか。

そして私の名前は、朔桜ですと。

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